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なんか見られてる、と呟いた幼馴染みに、黒尾は思わず体育館の奥にいる烏野の面々に視線を向けた。

「確かに」

黒尾がそちらを向いたことに気付いたらしく、真逆の色合いの大きな瞳が2対、驚いたようにまたたく。

「…ずっと見てるってわけじゃないんだけど。さっきから、ときどきこっち見る」

「なんか気になることでもあんのか?」

目立つという点では、先ほどからやかましく動き回っている犬岡や山本のほうが上だろう。孤爪ばかりを見ている理由が分からない。

「1年っぽいな、あれは」

ずいぶんと小柄な少年と、長身ではあるがまだまだ幼い顔立ちの少年の2人組みは、どういうわけだか妙にきらきらとした視線を孤爪に向けていた。別に睨まれたり敵意を剥き出しにされたりしているわけではないので、山本辺りなら調子に乗りそうだが、孤爪には少々視線が痛すぎるらしい。

「ちょっと、クロがあの視線受けててよ」

「あーはいはい」

黒尾が長身であるのをいいことに、その陰に隠れてしまった幼馴染みに、思わず苦笑いがこぼれる。

さてどう反応するかな、と烏野のほうに視線をやると、心なしかしょぼんとした顔になっている2人がいた。

(なんとなく悪いことしてる気分になるな)

残念そうに視線を外してチームメイトの輪の中に戻っていった少年達を眺め、黒尾はやれやれと肩をすくめる。

試合の後に時間があれば、どうにか孤爪を引きずってあの2人に話しかけてみようか、と考えた。





しょっぱなからでいいんだな、と確認すると、2人は元気よく頷いた。

「真っ先にぶつけます」

「いつも通り、いきます」

よし、と澤村は頷く。未知の相手ではあるが、慎重になりすぎて押し負けるより、攻撃の手を緩めないほうが勝機はあるはずだ。

それにしても、と思う。

(落ち着いてるな)

まだまだ経験の少ない1年達の中で、日向と影山の冷静さは貴重だ。不安は伝播するがそれは逆も同じで、何かと緊張しがちな谷地も含め、1年5人はずいぶんと落ち着いているようだった。

「まあ、2人の速攻が止められたとして」

澤村はちらりとチームを見渡す。

「それだけがうちの武器じゃないからな」

視線を受けた東峰がビクついた。それを見逃さなかった菅原が脇腹に拳を叩き込んだせいで、体を折り曲げる。

「いったっ」

「へたれてる気配を察知」

「だからってそんな勢いよく攻撃しなくても…!」

言い合う2人から視線を引き剥がし、日向達に向かって笑って見せた。

「…ああー、まあ、とにかく、2人でなんとかする必要なんかこれっぽっちもない。むしろ、そんなことしでかされるほうが問題だ」

「「はい!」」

元気な返事からは不安は感じ取れなかったので、先輩の威厳は保てたのだろう、たぶん。

そんな真面目な──一部くだらない──やり取りをしている間にも時間は流れる。

音駒との練習試合が始まったのは、それからすぐのことだった。





ネットの向こう側でボールが上がる。

そのボールの下で構えた1年らしきセッターの隣を、オレンジ色の頭が勢いよく駆け抜けた。

(何を、…!?)

セッターがボールに触れるよりも前に、その少年は勢いよく飛び上がる。まるで、背中に羽でもあるかのように。足を止めてはいけないのに、動かなくてはいけないのに、黒尾はほんの一瞬、目の前の光景に瞳を吸い寄せられ、動きを鈍らせた。

それは、本当に一瞬のことだ。だが、たったそれだけで、向こうに取っては十分だったのだろう。

その瞬間、セッターが放ったボールは、吸い寄せられるように少年の手のひらの前に到達した。

バシン、と音を立て、音駒の面々の間をすり抜けるようにして床で跳ねたボールを、頬を引きつらせながら振り返る。

一拍置いて、烏野側が歓声を上げた。山本が悔しげに顔をしかめる。犬岡が瞳をきょろりと動かして、笑顔を振りまく小柄な少年に視線を当てた。

そこでようやく、黒尾は大きく息を吐く。

「…っは、はは」

思わず乾いた笑いが漏れた。こわ、と内心で呟く。

幼馴染みの様子を伺うと、こちらは目を少し見開いているものの、あまり動揺を見せていない。ただ、セッターを務めている黒髪の1年を静かに観察しているようだった。

「あの2人、とんでもないな」

「うん。あんなの、普通は無理。それに、」

そこまで言った孤爪は、すっと小柄なミドルブロッカーに視線を移す。

「技術だけじゃなくて、あの気迫が、1年らしくない。…クロも呑まれてたでしょ」

ちらりと視線を向けられて、黒尾は肩をすくめた。残念ながら、その言葉は否定できない。

「とにかく、変なチーム」

「試合、楽しくなりそうだな」

「そうかな…」

まさか、こんなに面白いチームと練習試合ができるとは。思わず口の端を釣り上げた黒尾を見て、孤爪が溜め息をついた。





その後も、日向と影山の速攻を始めとして、烏野の攻撃がうまい具合にはまり、試合は有利なまま進んだ。だが。

(観察されてるな)

ちらりちらりと烏野側の様子をうかがっている。

相手のセッターのそんな様子が、コートの外からは見えていた。

「菅原さん?」

ついつい瞳をすがめたことに気付いたらしい。山口がきょとんとした顔で覗き込んでくる。

「いやあ、見られてるなって思ってさ」

「見られて?」

「相手のセッター、さっきからこっちを観察してる」

「えっ」

目を丸くして音駒のほうをまじまじと見る山口に、思わず笑いが漏れた。

「そんなにじろじろ見てると気付かれるぞー」

実際のところ気付かれたところで特に何があるというわけでもないが、山口は慌てて視線を逸らす。

「えっと、それで、観察されてるってことは、これから反撃がくるかもってことですか?」

「たぶん」

コートに入っていなくても、菅原達が暇なわけではない。

これから試合がどう動くのか。まだまだこれから動き出しそうな雰囲気がある音駒に、こちらがどれだけリードできるのか。考えることはたくさんあって、

「わくわくするな」

「はい?」

──それが、とても楽しかった。
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