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「楽しみだー! な!」

「おう」

「ねえ、それ何回目だと思ってるの」

機嫌よく体を揺らす日向と、話を振られるたびにむずむずと口を動かして頷く影山を見て、月島が大きく溜め息をついた。

「だって楽しみだろ? 因縁の対決!」

「いや、因縁だのなんだのって言われても知らないし…」

待ち望まれた音駒との練習試合の日がやってきた。

だが、練習試合がまとまった時に話を聞かされただけの月島に取っては、因縁の相手だと言われてもさしてテンションは上がらない。むしろ、以前に聞いた話しか知らないはずの日向と影山がこれほど音駒と顔を合わせることを楽しみにしているほうがおかしいと思う。

「え、因縁とか宿敵とかカッコイイだろ」

「試合は全部楽しい」

「うわ、頭の悪そうな回答」

「「うるさい」」

バレー馬鹿共にわざわざレベルを合わせてツッコんでやった自分こそが馬鹿だった、と月島は溜め息をついた。

「…まあ、でも、今回は特別だけどな」

「何が、…」

何が特別なのかと訊こうとした月島は、ひどく懐かしそうな2人を見て思わず声を途切れさせる。

「またその顔」

「「え?」」

ずっと気になっていたせいか、そんな言葉がぽろりと漏れた。自覚がなかったのか、日向達は揃って首をかしげる。

「しょっちゅう何か遠く見てるの、自覚ないわけ?」

「え、…あー」

「そんな顔してたか?」

困ったような顔をする2人を見ていると、月島もそれ以上は踏み込みにくくなった。

「…まあ、いいけど」

誰にでも言いたくないことはある。月島も、この2人に自分の思っていることをすべて話せるかと言われれば、それは無理だ。というか、むしろこの2人に不用意に何か言うととんでもない方向に動き出しそうで怖い。

「チームメイトならなんでも話せるとかあり得ないし」

「言いにくいことがあるなら、言わないでいいよってことだよ」

「わざわざ補足しなくていいから」

横から口を出した山口を睨み付ける。残念ながら、最近妙に図太くなった幼馴染みには効き目が薄かったようで、あはは、と笑い声が返ってきたが。

「つーきーしーまー」

「ちょ、何」

山口に気を取られている間に、日向が背後に忍び寄っていた。

「いいやつだなお前ー!」

勢いよく背中を叩かれ、月島は思わずむせる。

「痛い」

「へへへ」

頭を叩いてやろうとすると、軽やかに逃げられた。少し離れたところでけらけらと笑う日向に溜め息をつく。

「毎回毎回、こっちが心配してやってんのに」

本当に心配のしがいのない同輩だ、と思った。

「なんか言ったか?」

日向は距離のせいで月島の声は聞こえなかったようだが、影山には聞き取られていたらしい。ひょこりと顔を覗き込まれて眉間にしわを寄せる。

「なんでもない」

「え、なんだ?」

何か勘付いたらしい日向が勢いよく戻ってきた。月島は思わず頭を抱えそうになる。影山ほど鈍感なのは周りが困るが、日向の勘のよさはこれはこれで面倒くさい。

「なんでもないってば」

「日向、そろそろちゃんと並べ、…って、あ」

「あ」

呆れ顔で注意しかけた澤村が、ふと前方を見る。つられたようにそちらに顔を向けた山口も声をあげた。

月島が顔を向けると、少し離れたところに赤いジャージの集団がいる。ちゃっかり列に戻ってきた日向が、あ、音駒だー、と呑気な声を漏らした。

「笑われてるんだケド」

「ごめんごめん」

逆立った髪の長身の少年が吹き出しているのが見え、月島は思わず日向を睨む。

こうして、カラスとネコの再会は、少し間が抜けたものになった。





さてどうするか、と日向は考える。

音駒は厄介な相手だ。この時期のまだまだ未熟な烏野では、日向と影山が逆行者であることを考えても、楽に勝てるとは言えない。

「なあ、どこで仕掛ける」

隣にしゃがみ込んだ影山が小声で話しかけてきた。

「んー、やっぱり真っ先にぶつけるか?」

「でも向こうはあいつがいる」

影山がちらり、と赤いユニフォームの中で元気よく動き回っている長身を見る。ああ、と日向は頷いた。

音駒には、“前回”の試合中、初見であるはずの変人速攻に試合中に慣れてしまった犬岡がいる。“前回”のあの時はまだ目をつむるほうの速攻だったとは言え、2人の最大の武器を先に見せてしまってもいいのか、というのが影山の考えらしい。

「作戦会議かー?」

上から降ってきた声に顔を上げると、菅原が覗き込んでいた。

「どこで速攻出すかって話してて」

「お? 今回は開幕で叩き込むのはなし?」

これまでのやり方だとそうしてたよな? と首をかしげられ、影山が頷く。

「先に見せたら慣れるかもしれないっす」

「…そう、か?」

不思議そうな顔をする菅原は、そういえば変人速攻が壁にぶつかる状況に出会っていないのだと2人は思い出す。“今回”でこれまでに日向達がした試合は中総体の1戦と青葉城西との練習試合のみで、どちらも変人速攻は最初から最後まで有効な武器だった。

「まあ、音駒はどんなチームなのか話でしか聞いてないからなんとも言えないけど」

が、そんな後輩達の内心を知ってか知らずか、菅原はさらりと言葉を続ける。

「出し惜しみできる相手でもないと思うぞ」

2人は思わず目を見開いた。

「あ…はい」

「そうっすね」

「あれ、すんなり納得したな」

じゃあやっぱり最初から全力でぶつけるか、と2人は頷き合った。

なまじ周りよりも長い時間を過ごしているせいで、少し考えすぎるようになっていたのかも知れないと反省する。

「出し惜しみはらしくないので!」

「最初から出します」

ある程度慣れられてしまうことまで織り込んだ上で使えばいい。そもそも、まだまだ発展中のこのチームの中で、そんな出し惜しみをするほうが敗北を引き寄せかねない。

何よりも、そんなやり方は“自分達らしくない”。

元気よく立ち上った2人を見て、菅原が満足そうに頷いた。
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