21

「「………」」

「大丈夫か?」

午後の練習が終わり、全員で移動してきた食堂は、わいわいと賑やかだ。

そんなテーブルの片隅で、げっそりとしている月島と山口を見つけ、日向は首をかしげる。

「…あはは」

「………」

山口は引きつった笑いをこぼしたが、月島からはいつもの皮肉すら返ってこない。これは本格的に参っているな、と思ったものの、明日もひたすら動き回ることを考えれば食べなくていいとは言えない。

「食わねえのか?」

日向の隣に着席した影山が瞳をまたたかせる。

「食欲…ない…」

「むしろなんでそんな平気なわけ…」

山口が泣きそうな声で答えた。月島のほうは影山の茶碗に山盛りになっている白米を見て、若干後ろに身を引いている。

「食欲ないのは分かるけど食べろー。味噌汁ならまだいけるだろ?」

最初から固形物は苦しいだろうと、日向はできる限り柔らかい声で味噌汁を勧めた。小さく唸った山口は、それでも自分の椀を持ち上げる。

味噌汁を一口飲むと、山口の顔が少し緩んだ。それで気力が出たらしく、ほかの皿に箸を伸ばす。

この調子なら山口のほうは大丈夫だろうと、日向は月島に視線を向けた。

「月島ー」

「………」

目が合った途端、月島はそっぽを向く。食べたくない、という無言の意思表示に思わず吹き出しかけた日向は、慌てて堪えた。子供のような仕草が面白かったのだが、ここでヘソを曲げられては困る。

「食べないと明日倒れるぞ」

「…分かってる」

ふて腐れたように月島が答えた。頭では分かっているが食べたくない、ということだろう。

「月島」

と、それまで黙って食べていた影山が顔を上げた。

「別に急がなくていいから」

食えるまで付き合う、と続けた影山に、月島はうっと言葉を詰まらせる。

「そんなこと言われると、さすがに良心にくるんだけど」

「…? なんでだ?」

本人としては特に良心に訴えかける気はなかったらしい。不思議そうな顔をしつつじっと見つめてくる影山に根負けした月島は、ちびちびと味噌汁を飲み始めた。

(相変わらずすげー)

相棒が無意識に与える影響に感心した日向は、ぐっと親指を立てて見せる。影山は不思議そうな顔のままサムズアップを返してきた。





「日向」

風呂に入った後、廊下を歩いていた日向は、後ろから呼び止められて振り向いた。

「大地さん?」

同じくもう風呂に入った後なのだろう、若干髪が湿っている澤村が笑って手招きしてくる。何か用だろうかとそばに寄ると、ひょい、と大きな手が伸びてきた。わしわしと軽く頭を撫でられた。

「えーっと?」

流れが読めずに大量のクエスチョンマークを浮かべる日向を見て、澤村は目を細めた。

「晩飯の時、見てたぞ」

おつかれさん、と言われ、ようやく撫でられている理由が分かった日向はああ、と頷く。

「あいつら、こっちが食べさせようとすれば、ちゃんと食べるんです」

それは“前回”で、月島達と過ごすうちに気づいたことだ。

食べなくてはならないのは理解している、けれど食べる気力がどうしても湧かない。そうなってしまうと、自分で気力を奮い立たせるのはなかなか難しい、らしい。日向は同じような経験をしたことはないので、そう推測しているだけだが。

「だから、食べる理由を作ってやればなんとかなります」

言われたから食べる、という受動的な理由でも、一度食べ始めればなんとか食べ続けることができることが多い。特に山口は素直に食べ始めるので、それほど苦労はしない。

「あ、でも、月島は影山が言ったほうが効果あったっぽいですけど」

「ああ、さっき影山もスガにベタ褒めされてたな」

きっと勢いよく頭を撫でくり回されていたんだろうな、と日向は思った。このチームの副主将は、いつ何時でも全力でスキンシップをしかけてくる。

「お前らが1年を取りまとめるような形になってくれて助かるよ」

最後にぽんぽんと軽く頭を叩かれ、それから手が離れた。

少しコーチのところに行ってくる、という澤村と別れ、日向はほんの少し赤くなった頬をかく。

「あー…、すごいなー」

逆行して精神的には年上になったはずなのだが、“先輩”という存在にはなかなか叶わないと実感した。





ふわりと風が吹き、ランニングをするべく外に出た影山は、思わず瞳を細める。

今は早朝、まだほとんどのチームメイトは夢の中だ。

「いい天気になりそうだな!」

隣で伸びをする相棒は、もちろん例外だが。

「おう」

短く返事をして、影山は足を踏み出す。ほぼ同時に走り出した日向が、楽しそうに笑った。

「合宿っていいよな!」

「“今回”だと、初めてだな」

“前回”では高校、大学、そしてプロになってからを含めると、数え切れないほどあった合宿だが、逆行してきてからは初めてだ。

「ずっとバレーしてられるってサイッコー!」

月島辺りに聞かれれば呆れられるような言葉に、影山は大きく頷く。バレーができるのはいいことだ。ボールに触る時間が長ければ長いほど嬉しい。

「それにさ、」

不意に、日向がぴょんと跳ねるように先行し、くるりと振り返る。

「こういうの、好きだ!」

「俺も、楽しい」

日向が言う“こういうの”が何を指しているのかはすぐに分かり、影山はもう一度大きく頷いた。

例えば、布団に入った時、周囲から小さな話し声や寝息が聞こえたり。

例えば、みんなが起き出してきた時、挨拶する声が聞こえたり。

そういう音や気配が影山は好きだし、日向も気に入っているのだろう。

「これからさ、こうやってみんなで一緒にいること、もっと増えるよな」

「東京にも行くしな」

「その前に音駒のみんなと会えるし! 楽しみだー!」

ひょこひょこと跳ねるようにしてスピードアップした日向を追いかけつつ、影山は空を仰ぐ。

まだ完全には明るくなっていないものの、空はすっきりと晴れていた。
1/1ページ
スキ