20
烏養をコーチとして迎えてから時は経ち──、いよいよインターハイに向けて合宿が始まった。
「朝から晩までずっと一緒とか…」
「いーじゃんいーじゃん」
「で、でも楽しそうだよね」
「だよな!」
「………」
「え、えと、私は、ちょっと、楽しみだったんだけど…」
「…はあ。まあ、いいケド」
ぶつくさと文句を言う月島に日向が絡んでいき、隣で控えめに谷地がフォローを入れている。4月の始めから一緒にいたおかげで、全力で絡みにいく日向だけでなく、谷地もほかの部員達と馴染んできていた。
「影山」
「ん?」
そんな光景を眺めていた影山は、山口に声をかけられ、きょとりと首をかしげる。
「あ、特に用事があったわけじゃないんだけど、楽しそうだね」
そう言われて、影山は自分の口元が緩んでいることに気づいた。
「あー、んー、まあ」
この光景を見て楽しくなったのは、“前回”との差を比べていたからなので、説明がしづらい。
「谷地さん、仲良くなったなって」
言葉を濁して答えると、山口はなるほどと頷く。
「そういえば、影山達は前から仲がいいんだっけ。友達が馴染めるかどうかって気になるよね」
「おう」
どうやらうまい具合に解釈してくれたらしい山口に、影山は内心ほっとした。“前回”に関わることをごまかすのは、自分よりも日向のほうがまだ得意だ。と言っても、日向もそれほど上手ではないが。
と、山口がぷっと吹き出した。
「ツッキー、楽しそう」
影山が改めて同輩達に視線を向けると、小柄な2人がそばで笑っているのを見て、仏頂面をする月島が目に入る。だが、
「確かに」
「ね?」
よくよく見れば、少し、目元が柔らかい。月島は月島で、ちゃんと馴染んでいるのだと、感じ取れる光景だった。
「これから、楽しみだな」
「練習、きついだろうけどね」
「でも楽しみだろ?」
「それはもちろん」
少し気弱そうに笑った山口も、わくわくしているのが分かる。
一番大事なのはチームの力の向上だが、もっと仲良くなれたらいい、と影山はこっそり目標を作った。
「うちの1年、仲いいよな」
「それは同意するがその手の物はなんだ」
「携帯」
「いや、そうだけど! そこじゃない!」
「なんで1年に向けて構えてるんだ…」
にこにこと爽やかに微笑んでいる菅原は、顔だけ見れば後輩達の交流を暖かく見守っている良き先輩というだけだが、その手に握られた携帯のカメラはしっかりと1年達を写している。相変わらず可愛い後輩に対しては色々と箍が外れている菅原に、東峰が思わず頭を抱え、澤村は溜め息をついた。
「ほら、思い出作りだべ」
「なら盗撮するな」
「盗撮って、人聞きの悪い」
まるで俺が犯罪者みたいだ、と菅原は文句を言うが、澤村としてはそもそも本人達に黙って撮るなと言いたい。
「じゃあ、分かった。撮らせてもらってくるな」
「いや、そういう意味でも、…まあ、いいか」
スキップでもしそうな勢いで後輩達に向かっていく菅原を見送り、澤村はもう一度溜め息をついた。本人達の知らない写真が増えるよりも本人達が認識している写真が増えるほうがだいぶましだろう。
「おーい、みんなこっち向けー」
嬉しそうな菅原の声に、後輩達がぱっと振り返る。その瞬間を捉えるように、シャッター音が響いた。
突然撮られた1年達の反応は様々だ。日向はすかさずピースサインを出してみせたが影山と山口はきょとりとしているし、月島は嫌そうに顔をしかめている。谷地は目を丸くして固まったあと、慌てて少し跳ねていた髪を押さえた。
その光景をパシャパシャと撮りまくっている友人を見ながら、なんであれで後輩達に慕われているんだろう、と澤村は少し遠い目になる。
「菅原」
「あ、データは後で送るからな」
「うん、よろしく」
いつの間にかそばに来ていた清水とサムズアップを交わす菅原は、ある意味とても輝いていた。
少しでも試合を勝ち抜くための力を付けるために、練習は熾烈を極めた。
「お疲れ様です」
練習の合間に汗を拭っていた烏養は、隣にやってきた武田に視線を向ける。
「なあ、先生」
「はい?」
「あいつら、一体どこから探してきたんだ?」
「2人共、自分からここに来てくれたんですよ」
烏養が言う“あいつら”とは日向と影山のことだ。音駒と練習試合をすることになったという話に釣られてコーチを引き受けた日、自分が入っている町内会チームを引き連れて現烏野バレー部の実力を見に行った時から、2人の飛び抜けた技術は気になっていた。
「あのとんでもねえ速攻はいつからやってるんだ」
「あれはうちに来る前からです」
中学時代にはすでに使いこなしてたそうです、と付け加える武田に、烏養は思わず顔を引きつらせる。
「そんなすさまじいのがいたら、白鳥沢なり青城なりに引っ張られてもよさそうなもんだが」
「ああ、やっぱりそれぐらいすごいんですね。中総体は初戦敗退で推薦は1つしか来なかったらしいんですが」
「初戦敗退ぃ?」
バレーのことは目下勉強中だと言う武田は呑気に頷いているが、烏養からすれば謎は増えるばかりだ。
「強豪校出身でもなく、あの技術か…」
思わず自分の思考に沈み込みそうになった烏養だったが、
「お前らー! あいかわらずキレッキレだなオイ!」
「俺も負けねえからな!」
「「ウス!」」
田中と西谷が日向達に絡んでいったのを見て、不意に我に返る。よく言えば賑やか、悪く言えばやかましい上級生達に絡まれて明るく笑う2人に、武田が目を細めた。
「飛び抜けた能力を持っている子というのは爪弾きにされかねないんですが、あの子達が異物として扱われたことはないんですよね」
「…そうだな」
どれほど高い技術を見せつけても、ああして笑い合っているのは、2人の不思議な魅力もあるだろう。だが、
「いいチームだな」
それを当たり前のような顔をして受け入れているチームそのものが、実は一番すごいのかもしれない。
「朝から晩までずっと一緒とか…」
「いーじゃんいーじゃん」
「で、でも楽しそうだよね」
「だよな!」
「………」
「え、えと、私は、ちょっと、楽しみだったんだけど…」
「…はあ。まあ、いいケド」
ぶつくさと文句を言う月島に日向が絡んでいき、隣で控えめに谷地がフォローを入れている。4月の始めから一緒にいたおかげで、全力で絡みにいく日向だけでなく、谷地もほかの部員達と馴染んできていた。
「影山」
「ん?」
そんな光景を眺めていた影山は、山口に声をかけられ、きょとりと首をかしげる。
「あ、特に用事があったわけじゃないんだけど、楽しそうだね」
そう言われて、影山は自分の口元が緩んでいることに気づいた。
「あー、んー、まあ」
この光景を見て楽しくなったのは、“前回”との差を比べていたからなので、説明がしづらい。
「谷地さん、仲良くなったなって」
言葉を濁して答えると、山口はなるほどと頷く。
「そういえば、影山達は前から仲がいいんだっけ。友達が馴染めるかどうかって気になるよね」
「おう」
どうやらうまい具合に解釈してくれたらしい山口に、影山は内心ほっとした。“前回”に関わることをごまかすのは、自分よりも日向のほうがまだ得意だ。と言っても、日向もそれほど上手ではないが。
と、山口がぷっと吹き出した。
「ツッキー、楽しそう」
影山が改めて同輩達に視線を向けると、小柄な2人がそばで笑っているのを見て、仏頂面をする月島が目に入る。だが、
「確かに」
「ね?」
よくよく見れば、少し、目元が柔らかい。月島は月島で、ちゃんと馴染んでいるのだと、感じ取れる光景だった。
「これから、楽しみだな」
「練習、きついだろうけどね」
「でも楽しみだろ?」
「それはもちろん」
少し気弱そうに笑った山口も、わくわくしているのが分かる。
一番大事なのはチームの力の向上だが、もっと仲良くなれたらいい、と影山はこっそり目標を作った。
「うちの1年、仲いいよな」
「それは同意するがその手の物はなんだ」
「携帯」
「いや、そうだけど! そこじゃない!」
「なんで1年に向けて構えてるんだ…」
にこにこと爽やかに微笑んでいる菅原は、顔だけ見れば後輩達の交流を暖かく見守っている良き先輩というだけだが、その手に握られた携帯のカメラはしっかりと1年達を写している。相変わらず可愛い後輩に対しては色々と箍が外れている菅原に、東峰が思わず頭を抱え、澤村は溜め息をついた。
「ほら、思い出作りだべ」
「なら盗撮するな」
「盗撮って、人聞きの悪い」
まるで俺が犯罪者みたいだ、と菅原は文句を言うが、澤村としてはそもそも本人達に黙って撮るなと言いたい。
「じゃあ、分かった。撮らせてもらってくるな」
「いや、そういう意味でも、…まあ、いいか」
スキップでもしそうな勢いで後輩達に向かっていく菅原を見送り、澤村はもう一度溜め息をついた。本人達の知らない写真が増えるよりも本人達が認識している写真が増えるほうがだいぶましだろう。
「おーい、みんなこっち向けー」
嬉しそうな菅原の声に、後輩達がぱっと振り返る。その瞬間を捉えるように、シャッター音が響いた。
突然撮られた1年達の反応は様々だ。日向はすかさずピースサインを出してみせたが影山と山口はきょとりとしているし、月島は嫌そうに顔をしかめている。谷地は目を丸くして固まったあと、慌てて少し跳ねていた髪を押さえた。
その光景をパシャパシャと撮りまくっている友人を見ながら、なんであれで後輩達に慕われているんだろう、と澤村は少し遠い目になる。
「菅原」
「あ、データは後で送るからな」
「うん、よろしく」
いつの間にかそばに来ていた清水とサムズアップを交わす菅原は、ある意味とても輝いていた。
少しでも試合を勝ち抜くための力を付けるために、練習は熾烈を極めた。
「お疲れ様です」
練習の合間に汗を拭っていた烏養は、隣にやってきた武田に視線を向ける。
「なあ、先生」
「はい?」
「あいつら、一体どこから探してきたんだ?」
「2人共、自分からここに来てくれたんですよ」
烏養が言う“あいつら”とは日向と影山のことだ。音駒と練習試合をすることになったという話に釣られてコーチを引き受けた日、自分が入っている町内会チームを引き連れて現烏野バレー部の実力を見に行った時から、2人の飛び抜けた技術は気になっていた。
「あのとんでもねえ速攻はいつからやってるんだ」
「あれはうちに来る前からです」
中学時代にはすでに使いこなしてたそうです、と付け加える武田に、烏養は思わず顔を引きつらせる。
「そんなすさまじいのがいたら、白鳥沢なり青城なりに引っ張られてもよさそうなもんだが」
「ああ、やっぱりそれぐらいすごいんですね。中総体は初戦敗退で推薦は1つしか来なかったらしいんですが」
「初戦敗退ぃ?」
バレーのことは目下勉強中だと言う武田は呑気に頷いているが、烏養からすれば謎は増えるばかりだ。
「強豪校出身でもなく、あの技術か…」
思わず自分の思考に沈み込みそうになった烏養だったが、
「お前らー! あいかわらずキレッキレだなオイ!」
「俺も負けねえからな!」
「「ウス!」」
田中と西谷が日向達に絡んでいったのを見て、不意に我に返る。よく言えば賑やか、悪く言えばやかましい上級生達に絡まれて明るく笑う2人に、武田が目を細めた。
「飛び抜けた能力を持っている子というのは爪弾きにされかねないんですが、あの子達が異物として扱われたことはないんですよね」
「…そうだな」
どれほど高い技術を見せつけても、ああして笑い合っているのは、2人の不思議な魅力もあるだろう。だが、
「いいチームだな」
それを当たり前のような顔をして受け入れているチームそのものが、実は一番すごいのかもしれない。