17
昼時の賑やかなファミリーレストラン。
その一角で、妙な沈黙が流れているテーブルがあった。
「………」
「………」
「…あー」
隣に座っているのは黙ってコップを傾ける国見、正面にいるのは困ったように眉を下げている影山。その2人の顔を見比べながら金田一は口を開く。
「えーっと、その、…ゲーセン楽しかったか?」
「…っ、あ、おう」
慌てたように答えた影山は、脇に並べてあったぬいぐるみの頭を撫でた。
「こいつら、取ってもらったし。ほかのも楽しかった」
「ならよかった」
そこでまた会話が途切れる。金田一は次の話題を必死に脳内で探した。
(というかお前も話せよ!)
隣でコーヒーを飲んでばかりいる国見の足をテーブルの下で軽く蹴飛ばす。ぴくりと震えて金田一を横目で睨んできた国見は、少し考えてから口を開き、
「ねえ、」
それだけ言って言葉に詰まった。こちらはこちらで緊張しているのがよく分かる状態だ。
「国見?」
呼びかけられた影山が首をかしげる。青みがかった瞳をじっと向けられ、国見は慌てて再び口を開いた。正面から見ればそれほど動揺していないように見えるだろうが、隣の金田一からは耳が赤くなっているのが見える。
「影山は、そういう物が好きなの」
国見の指したぬいぐるみに視線をやり、影山は嬉しそうに頷いた。
「母さんがこういうの好きで、昔からよく買ってたの見てたから、なんとなく」
うちにたくさんあるけど見ると欲しくなる、と言う影山を見て思わず口元が緩む。
「お前が可愛い物好きとか、全然知らなかったな」
知ろうともしてなかったのかもしれない、と思う。かつての彼への印象は、バレーのことばかりで、それ以外の趣味や好みなどについては知らないことが多い。
「…変って言われるかもしれねえって思って」
ほんのりと笑って影山が返事をする。
「家の外だと黙ってた。小学生のとき笑われたことあったし」
「あー、からかうやつ絶対いるよな」
(俺も、似合わないとか言ったかもしれない)
人の趣味をからかうのはその年頃の子供であればありがちだが、だからと言ってからかわれたほうが傷つかないわけではない。本人にとっては、黙っているほうが安心だったのだろう。
「今はもう隠してないの」
静かに話を聞いていた国見の質問に、影山は少し考えてから頷く。
「今はからかうやつ周りにいねえし。谷地さんとか清水先輩とマスコット見せ合ったりする」
「谷地さん…って、あのマネの子か」
「清水先輩? 3年の先輩だっけ」
「おう。マネージャーの、試合の時もいた人」
清水というマネージャーのことは、金田一も覚えていた。確かチームメイト達が美人だ美人だと騒いでいたはずだ。ついでに、なぜこのチームにはマネージャーがいないのか、と数人が真剣に議論していたという、わりとどうでもいい記憶もある。
「仲いいんだな」
「おう。2人とも優しい」
すっかり部に馴染んでいるらしい影山を見て、内心でほっとした。
中総体の後に話した時と同じく、そういう関係になれなかったことが悔しいと思う。当然のように一緒にいる烏野の面々がうらやましいとも思う。だが、
(よかった)
かつてとは違い、影山が笑ってチームメイトの話題を出すことに安堵するようにもなっていた。
スプーンに掬われたカレーが次々と口の中に消えていく。
「ちゃんと噛んでる?」
「ん」
「…噛んでないだろ」
「むしろ飲んでるよな」
「ん」
これはもう話を聞いてないな、と国見は判断した。それぞれが注文した食事が届いてから少ししか経っていないが、すでに影山のカレーは3分の1ほどがなくなっている。中学の頃も、給食でカレーが出たときの影山はこうだったので、この状態の時は周りの話が聞こえなくなっているということは分かっていた。
そんなわけで、
「…詰まらせないでよ?」
「ん」
とりあえず影山がこちらの話を聞くようになるまで待つか、と国見は自分の皿に目を落とす。影山も金田一もボリュームのありそうなメニューを注文していたが、少食の部類に入る国見の昼食はサンドイッチだ。
値段のわりにはまあまあ味のいいサンドイッチを頬張っていると、金田一がこちらの皿を覗き込んでくる。
「何。そんなに見てもあげないけど」
「いや違うから! …じゃなくて、お前それだけで足りんのか? これ少しいるか?」
「むしろこれ以上いらない」
金田一が食べているシーフードドリアをこちらに寄越そうとするのを押し戻していると、影山が不意に顔を上げた。
「国見、それで足りんのか?」
「いやだからこれ以上入らな「これちょっと食うか?」…いる」
温玉の混ざったカレーをスプーンで差し出された国見は、一瞬で前言を撤回する。金田一が隣で半眼になったが気にしない。ついでにテーブルの下でしこたま蹴飛ばされたが、今の国見はとても寛大な気持ちになっていたので黙って受け入れることにした。
あー、と口を開けると、影山が口元までスプーンを運んでくれた。
「…うまい」
「うまいだろ、温玉のせ」
「まろやかになっていいね」
たまにはカレーもいいな、と国見はご機嫌で思う。隣からの視線が痛いが、とてもいい気分だ。
「…お前、そういうの、気にしないのかよ」
いくら国見を睨んでも効果がないと悟ったらしい金田一は、溜め息をつきながら影山に問いかける。影山は水を飲みながら不思議そうな顔をした。
「普通だろ? よくやるし」
「いや普通じゃ、…待て、よくやる?」
「…誰と?」
聞き捨てならない言葉に、浮き立っていた心がストンと落ち込む。
「日向とか、泉とか、関向とか。最近は山口とか、スガさんとか。月島はやりたがらねえけど」
「「………」」
優越感がガラガラと崩れる音が聞こえた気がした。頬を引きつらせている国見の肩を、金田一がポンと叩く。
そんな2人をよそに、影山は再びカレーに夢中になっていた。
その一角で、妙な沈黙が流れているテーブルがあった。
「………」
「………」
「…あー」
隣に座っているのは黙ってコップを傾ける国見、正面にいるのは困ったように眉を下げている影山。その2人の顔を見比べながら金田一は口を開く。
「えーっと、その、…ゲーセン楽しかったか?」
「…っ、あ、おう」
慌てたように答えた影山は、脇に並べてあったぬいぐるみの頭を撫でた。
「こいつら、取ってもらったし。ほかのも楽しかった」
「ならよかった」
そこでまた会話が途切れる。金田一は次の話題を必死に脳内で探した。
(というかお前も話せよ!)
隣でコーヒーを飲んでばかりいる国見の足をテーブルの下で軽く蹴飛ばす。ぴくりと震えて金田一を横目で睨んできた国見は、少し考えてから口を開き、
「ねえ、」
それだけ言って言葉に詰まった。こちらはこちらで緊張しているのがよく分かる状態だ。
「国見?」
呼びかけられた影山が首をかしげる。青みがかった瞳をじっと向けられ、国見は慌てて再び口を開いた。正面から見ればそれほど動揺していないように見えるだろうが、隣の金田一からは耳が赤くなっているのが見える。
「影山は、そういう物が好きなの」
国見の指したぬいぐるみに視線をやり、影山は嬉しそうに頷いた。
「母さんがこういうの好きで、昔からよく買ってたの見てたから、なんとなく」
うちにたくさんあるけど見ると欲しくなる、と言う影山を見て思わず口元が緩む。
「お前が可愛い物好きとか、全然知らなかったな」
知ろうともしてなかったのかもしれない、と思う。かつての彼への印象は、バレーのことばかりで、それ以外の趣味や好みなどについては知らないことが多い。
「…変って言われるかもしれねえって思って」
ほんのりと笑って影山が返事をする。
「家の外だと黙ってた。小学生のとき笑われたことあったし」
「あー、からかうやつ絶対いるよな」
(俺も、似合わないとか言ったかもしれない)
人の趣味をからかうのはその年頃の子供であればありがちだが、だからと言ってからかわれたほうが傷つかないわけではない。本人にとっては、黙っているほうが安心だったのだろう。
「今はもう隠してないの」
静かに話を聞いていた国見の質問に、影山は少し考えてから頷く。
「今はからかうやつ周りにいねえし。谷地さんとか清水先輩とマスコット見せ合ったりする」
「谷地さん…って、あのマネの子か」
「清水先輩? 3年の先輩だっけ」
「おう。マネージャーの、試合の時もいた人」
清水というマネージャーのことは、金田一も覚えていた。確かチームメイト達が美人だ美人だと騒いでいたはずだ。ついでに、なぜこのチームにはマネージャーがいないのか、と数人が真剣に議論していたという、わりとどうでもいい記憶もある。
「仲いいんだな」
「おう。2人とも優しい」
すっかり部に馴染んでいるらしい影山を見て、内心でほっとした。
中総体の後に話した時と同じく、そういう関係になれなかったことが悔しいと思う。当然のように一緒にいる烏野の面々がうらやましいとも思う。だが、
(よかった)
かつてとは違い、影山が笑ってチームメイトの話題を出すことに安堵するようにもなっていた。
スプーンに掬われたカレーが次々と口の中に消えていく。
「ちゃんと噛んでる?」
「ん」
「…噛んでないだろ」
「むしろ飲んでるよな」
「ん」
これはもう話を聞いてないな、と国見は判断した。それぞれが注文した食事が届いてから少ししか経っていないが、すでに影山のカレーは3分の1ほどがなくなっている。中学の頃も、給食でカレーが出たときの影山はこうだったので、この状態の時は周りの話が聞こえなくなっているということは分かっていた。
そんなわけで、
「…詰まらせないでよ?」
「ん」
とりあえず影山がこちらの話を聞くようになるまで待つか、と国見は自分の皿に目を落とす。影山も金田一もボリュームのありそうなメニューを注文していたが、少食の部類に入る国見の昼食はサンドイッチだ。
値段のわりにはまあまあ味のいいサンドイッチを頬張っていると、金田一がこちらの皿を覗き込んでくる。
「何。そんなに見てもあげないけど」
「いや違うから! …じゃなくて、お前それだけで足りんのか? これ少しいるか?」
「むしろこれ以上いらない」
金田一が食べているシーフードドリアをこちらに寄越そうとするのを押し戻していると、影山が不意に顔を上げた。
「国見、それで足りんのか?」
「いやだからこれ以上入らな「これちょっと食うか?」…いる」
温玉の混ざったカレーをスプーンで差し出された国見は、一瞬で前言を撤回する。金田一が隣で半眼になったが気にしない。ついでにテーブルの下でしこたま蹴飛ばされたが、今の国見はとても寛大な気持ちになっていたので黙って受け入れることにした。
あー、と口を開けると、影山が口元までスプーンを運んでくれた。
「…うまい」
「うまいだろ、温玉のせ」
「まろやかになっていいね」
たまにはカレーもいいな、と国見はご機嫌で思う。隣からの視線が痛いが、とてもいい気分だ。
「…お前、そういうの、気にしないのかよ」
いくら国見を睨んでも効果がないと悟ったらしい金田一は、溜め息をつきながら影山に問いかける。影山は水を飲みながら不思議そうな顔をした。
「普通だろ? よくやるし」
「いや普通じゃ、…待て、よくやる?」
「…誰と?」
聞き捨てならない言葉に、浮き立っていた心がストンと落ち込む。
「日向とか、泉とか、関向とか。最近は山口とか、スガさんとか。月島はやりたがらねえけど」
「「………」」
優越感がガラガラと崩れる音が聞こえた気がした。頬を引きつらせている国見の肩を、金田一がポンと叩く。
そんな2人をよそに、影山は再びカレーに夢中になっていた。