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「解せぬ」

「…なんとなく察したが何がだ」

隣からぼそりと聞こえた声に、澤村は半眼になりながら返事をした。声の主である菅原は、ぐっと拳を握りしめてこちらを見る。

「なんで俺だけ初対面のときの反応が違ったんだ…!」

「お前が驚かせたからだろ」

「確かに急に声かけたからびっくりさせたかもしれないけど! なんでお前らみんなあんなににこにこ話しかけられるんだよ!」

「あいつらが素直でいい子だからだな」

「知ってる!」

「そこ即答なのな、お前」

この嘆きは何度も聞いているので、自然と澤村の反応も冷たいものになった。残念ながらまったくこたえた様子のない菅原は、じゃあどうすればよかったんだ! と頭を抱えている。

「過去に戻れるわけじゃあるまいし、諦めろ」

「ううう、そりゃ過去には戻れないからしょうがないんだけど…! しょうがないんだけど羨ましいいいいい」

「………」

これはもう何を言っても無駄だと悟った澤村は、隣の声を無視して視線を前に向ける。

「よし! お前ら! これから俺のことをノヤっさんと呼ぶことを許す!」

「「ノヤっさん!」」

そして、後輩2人に懐かれてそっくり返っている西谷を見て、額を押さえた。

(あとで日向と影山にあんまり調子に乗らせないように言っておくか)

西谷にとっては、高校生活の中では初めてできた後輩だ。そんな相手にすぐさま懐かれたのだからあの鼻高々な調子も分からないでもないが、ただでさえやかましい言動に拍車がかかっている。

そんな考えを巡らせる烏野バレー部主将は、今日も苦労人だった。





「あ、そうだ」

その後清水が来たこともあり、しばらくの間は田中や日向共々わあわあと騒いでいた西谷だったが、ふと、思い出したように澤村達を見る。

「旭さんは? 戻ってるんすか?」

「いや、」

戻ってない、と言いかけた澤村は、西谷の表情に気づいて少し言葉を変えた。

「今は、まだ戻ってない」

「でも逃げるのはやめてちゃんと考えるって言ってたからな、あいつ」

菅原がそう言葉を続けると、西谷はゆっくりとまばたきをしてから、肩の力を抜く。

「…あの、根性なし」

やれやれという調子ではあるものの、その声に怒りや悲しみはない。いつまでぐずぐず考えてるんすかね、と呆れたように言う西谷に、澤村は目を細めた。





「…何してるんだろう、あの人」

「さあ」

体育館に向かっていた山口と月島は、その途中で上級生らしき人物がうろうろしているのを発見した。体育館の方向に足を向けかけたと思いきや、すぐに引き返す様子は、明らかにおかしい。

「…あの」

「えっ」

あまりにも不審なので放っておくわけにもいかず、山口はそっと声をかけた。振り返った顔がかなりの強面だったせいで体がビクついたものの、困ったようにへにゃりと眉を下げている相手に、気を取り直して話しかける。

「えっと、第二体育館に何かご用ですか?」

「あ、え、えーっと、うん。君達は、バレー部の部員かな?」

「あ、はい」

「そ、そっか」

その上級生は顔に似合わず温厚そう、というか気弱そうにみえた。どうしよう、と思った山口だったが、不意にあることを思い出し、目を見開く。今考えたことが正しければ、彼を体育館まで連れて行くべきなのではないか。

「あの、よければ、体育館まで一緒に行きませんか」

思わずそう言ってから、月島の了承を取っていなかったことに気づいて慌てて振り向いた。

「ツッキーもそれでいい?」

「別にいいよ」

初対面の人間相手だからか、月島は明らかに営業スマイルになっていたが、そのいつも通りの態度に安心した山口は、改めて上級生に向き直る。

「え、あ、いや悪いよ」

「俺達も体育館に向かってる途中だったので大丈夫です」

「もうすぐ部活始まるので、部員に用事があるなら早めに行ったほうがいいですよ」

「…分かった、ありがとう」

2人の言葉におろおろと瞳をさまよわせた上級生は、なぜか観念したような顔で頷いた。

「ツッキー、ありがとう」

連れ立って歩き出しながら、山口は月島に小声で話しかける。

「何が」

「ツッキーが言ってくれなかったら、あの人、一緒に来てくれなかったかもしれないし」

「別に、あのままあそこで突っ立ってるのが嫌だっただけ」

その言葉も、月島の本心なのだろう。だが、山口がこの上級生を体育館に連れて行きたいのだということにも、気付いてくれたのだと思う。

「でも、助かったから」

だから、山口はただそう言った。





1年らしき2人と体育館まで行くことになってしまった東峰は、目的地が近づくにつれ鼓動が激しくなっていくのを感じていた。

日向達に戻ると宣言したからには、決意が崩れないうちに戻らなくてはいけない。そう思って体育館のそばまで来たものの、なかなか心の準備ができずに、結局下級生に声をかけてもらうという状況の情けなさに思わず溜め息が出そうになる。とは言え、このまま決心ができずに帰ってしまう前に部員に出会ったのは良かったのかもしれない。

「…あの、勘違いだったらごめんなさい。もしかして、バレー部の先輩ですか?」

と、2人の下級生のうち、優しげな顔をした少年のほうに話しかけられ、東峰は目を丸くした。部室には寄っていないので今の彼は制服姿なのだが、どこで判断したのだろうか。

「うん、そうだけど…、よく分かったね」

「あ、やっぱり」

人違いではなかったことにほっとしたのか、相手の顔が少し明るくなる。

「今日、日向と影山が話してたの思い出して、そうかなって思ったんですけど」

「あ、そっか、2人から聞いたのか」

ということは、懸命に一緒に行こうと言ってくれたのも、それが理由だったのかもしれない。もしそれが正しいとすれば、だいぶ恥ずかしい上に申し訳ない。だが、それ以上に、ありがたいな、と思う。

「あ、もうアップ始めてるかな」

「揃いも揃って早すぎ…」

前を歩く1年達は、慣れた様子で靴を履き替え、それからこちらを振り向いた。どうやら待ってくれるらしいと気づいた東峰は、慌ててシューズを取り出す。

靴を履き替え、2人のあとについて体育館に入ると、こちらに気づいた菅原が目を見開いた。

「…旭!」

思わず漏れたらしい声に反応したほかの部員達が一斉にこちらを向き、わっと声を上げる。

「旭さん!」

その中でひときわ大きな声を上げ、こちらに突進してきた西谷の姿を見て、東峰は少しだけ肩の力を抜いて微笑んだ。
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