13
影山はぐったりとしているチームメイト達を見渡して口を開いた。
「俺はきれい? だから目立つ」
「うん」
疲れた顔で山口が頷く。
「だから、及川さんとかめんどくさくなる?」
「そういうこと」
日向が机に突っ伏したまま返事をした。
「でも、どうやったら目立たなくなるんだ?」
「…それは無理」
月島がうんざりした顔で答える。
「無理? なのか?」
「無理」
「影山はどうやったって目立つよ、きっと」
「だから、それを自覚して周りに気を付けろって言ってんだよ」
口々にそう言う3人に、影山はうう、と唸った。
「どうすればいいんだよ」
「とりあえず、変な態度取られたら警戒すること。ちゃんと周りに相談すること」
「今後ほかにも面倒な絡み方してくる人がいないとも限らないんだから」
「分かった」
「…本当に分かってる?」
「なんか変だったらお前らに言えばいいんだろ」
「別に俺らじゃなくて先輩達でもイズミンとかコージーでもいいけどとにかく言えよ。気のせいで済ませるなよ?」
「おう」
「よし」
「大丈夫かなあ」
「僕もう帰るから」
山口はまだ心配そうな顔をしているが、日向は一応これで終わりにするつもりらしい。月島に至ってはすでに荷物を持って立ち上がっている。
(人間関係って難しいな)
“前回”よりも人と関わるのはうまくなったのは間違いない。けれど、どうやら自分は人間関係がややこしくなりやすいらしい、ということも懸命に教えてくれた3人のおかげでなんとなく理解した。つまり、“影山を自覚させようの会”はある程度目標を達成したということになる。
(よく分かんねえけど相談すればいいから大丈夫だな)
──残念ながら、影山の危機感は相変わらず薄かったが。
「ねえ、日向」
「え?」
次の日、いつも通りチームメイト達と昼食を一緒に食べようと席を離れた日向は、なぜか顔を引きつらせたクラスメイトの女子に声をかけられた。どうかしたのかと首をかしげると、クラスメイトは廊下を指差す。
「な、なんか3年の人が来て、日向はいるかって」
そして、彼女はためらいがちに言葉を続けた。
「…大丈夫? 不良に目を付けられたとかなら周りに相談しなよ?」
「…あー」
自分のことを訪ねてきた相手が誰なのか察した日向は、ひらひらと手を振る。
「その人、怖い人じゃないから大丈夫」
「え、そ、そう?」
まだ疑わしそうな顔をしているクラスメイトを置いて、日向は廊下に出た。昼休みの廊下は賑やかだったが、扉付近だけは通行人に避けられているせいで、ぽっかりと空白ができている。その空白の中心で、肩身が狭そうにしている大柄な上級生を見つけ、日向は笑顔になった。
「旭さん! ちわっす!」
「あ、うん、久しぶり、日向」
上級生──東峰は、強面な見た目とは裏腹に温厚な笑顔を浮かべる。残念ながら、“今回”でもまだ体育館に顔を見せることはしていない東峰と顔を合わせるのはしばらくぶりだ。何を話そうかとそわそわと頭の中で考えていると、離れたところから影山の声が飛んできた。
「旭さん!」
どうやら、日向が来ないのでこちらまでやってきたらしい。
満面の笑みになっている日向と、笑顔を振りまくとまではいかないものの明らかに喜んでいる影山を見て、東峰も穏やかに目を細め、少しいいかな? と言った。
用事があるから遅れる、と山口にラインを送り、日向は影山と共に東峰に続いて廊下の端に向かう。突き当たりに着くと、東峰はくるりと振り返った。
「青城との試合、大丈夫だった?」
訊ねられた内容に影山が瞳をまたたかせる。
「あ、うっす。…あの、心配してくれたんすか?」
「それはもちろん」
心配してたよ、と言われて、影山は勢いよく頭を下げた。
「あざっす!」
今は顔を合わせることが少なくても、大事な先輩であることに変わりはない。そわそわとしている様子からして、来てくれてよかった、と思っているのがよく分かる。そして、
「旭さん」
珍しく、そっと声を上げた。
「部活、来ないすか?」
「………」
「みんな、待ってます。普段なんにも言わないけど」
「…そうだね」
眉を下げた東峰だったが、その話題を避けようとする気配はない。もしかしたら、“前回”よりも力になれているのかもしれない、と日向は思う。少しの沈黙のあと、東峰がふっと笑った。
「入学式の時の約束通り、よく考えたよ」
「…はい」
「やっぱりバレーから離れることはできないし、あのチームから離れることもできないと思った」
実はこっそり練習続けてたんだ、と照れくさそうに続けられた言葉に、2人は目を見開く。
「え、じゃあ」
「戻ってきて、くれるんすか」
「うん…まあ、1人、かなり怒ってるかもしれないやつがいるけど」
“今回”ではまだ出会っていない西谷のことだろう、と日向は当たりをつけた。
「…その、怒ってるかもしれない先輩も、戻ってきてほしいって思ってます、絶対」
「そう、だね。ちゃんと行くよ」
本人を知らないはずの日向が断言してしまうのはおかしいのかもしれないが、東峰は不思議に思わなかったらしい。微笑んで頷く彼は、もしかしたらきっかけを探していたのかもしれなかった。
だから、
「はい!」
「待ってます!」
日向も、影山も、ことさら力強く頷いて見せた。
その日の放課後。
「そろそろか」
「たぶん」
日向と影山はネットを張り終えたコートでパスの練習をしつつ、扉を気にしていた。
「早く、来ねーかな」
「もう来るだろ」
体こそ動かし続けているものの、2人とも意識は常に入り口の方向に向いている状態だ。おかげで、時々ボールがおかしな方向に飛ぶ。
「「…!」」
と、外から足音が聞こえ、日向達は勢いよくそちらを見る。取り落としたボールがポンと床で跳ねたが、開け放たれた戸口にいそいそと近寄る2人は気づかない。
「ちわっす!」
「お?」
先に入り口から顔を覗かせた日向は、今まさに靴を履き替えていた小柄な姿を見つけ、勢い込んで声をかける。
声をかけられて驚いたらしい西谷が、目を丸くして顔を上げた。
「俺はきれい? だから目立つ」
「うん」
疲れた顔で山口が頷く。
「だから、及川さんとかめんどくさくなる?」
「そういうこと」
日向が机に突っ伏したまま返事をした。
「でも、どうやったら目立たなくなるんだ?」
「…それは無理」
月島がうんざりした顔で答える。
「無理? なのか?」
「無理」
「影山はどうやったって目立つよ、きっと」
「だから、それを自覚して周りに気を付けろって言ってんだよ」
口々にそう言う3人に、影山はうう、と唸った。
「どうすればいいんだよ」
「とりあえず、変な態度取られたら警戒すること。ちゃんと周りに相談すること」
「今後ほかにも面倒な絡み方してくる人がいないとも限らないんだから」
「分かった」
「…本当に分かってる?」
「なんか変だったらお前らに言えばいいんだろ」
「別に俺らじゃなくて先輩達でもイズミンとかコージーでもいいけどとにかく言えよ。気のせいで済ませるなよ?」
「おう」
「よし」
「大丈夫かなあ」
「僕もう帰るから」
山口はまだ心配そうな顔をしているが、日向は一応これで終わりにするつもりらしい。月島に至ってはすでに荷物を持って立ち上がっている。
(人間関係って難しいな)
“前回”よりも人と関わるのはうまくなったのは間違いない。けれど、どうやら自分は人間関係がややこしくなりやすいらしい、ということも懸命に教えてくれた3人のおかげでなんとなく理解した。つまり、“影山を自覚させようの会”はある程度目標を達成したということになる。
(よく分かんねえけど相談すればいいから大丈夫だな)
──残念ながら、影山の危機感は相変わらず薄かったが。
「ねえ、日向」
「え?」
次の日、いつも通りチームメイト達と昼食を一緒に食べようと席を離れた日向は、なぜか顔を引きつらせたクラスメイトの女子に声をかけられた。どうかしたのかと首をかしげると、クラスメイトは廊下を指差す。
「な、なんか3年の人が来て、日向はいるかって」
そして、彼女はためらいがちに言葉を続けた。
「…大丈夫? 不良に目を付けられたとかなら周りに相談しなよ?」
「…あー」
自分のことを訪ねてきた相手が誰なのか察した日向は、ひらひらと手を振る。
「その人、怖い人じゃないから大丈夫」
「え、そ、そう?」
まだ疑わしそうな顔をしているクラスメイトを置いて、日向は廊下に出た。昼休みの廊下は賑やかだったが、扉付近だけは通行人に避けられているせいで、ぽっかりと空白ができている。その空白の中心で、肩身が狭そうにしている大柄な上級生を見つけ、日向は笑顔になった。
「旭さん! ちわっす!」
「あ、うん、久しぶり、日向」
上級生──東峰は、強面な見た目とは裏腹に温厚な笑顔を浮かべる。残念ながら、“今回”でもまだ体育館に顔を見せることはしていない東峰と顔を合わせるのはしばらくぶりだ。何を話そうかとそわそわと頭の中で考えていると、離れたところから影山の声が飛んできた。
「旭さん!」
どうやら、日向が来ないのでこちらまでやってきたらしい。
満面の笑みになっている日向と、笑顔を振りまくとまではいかないものの明らかに喜んでいる影山を見て、東峰も穏やかに目を細め、少しいいかな? と言った。
用事があるから遅れる、と山口にラインを送り、日向は影山と共に東峰に続いて廊下の端に向かう。突き当たりに着くと、東峰はくるりと振り返った。
「青城との試合、大丈夫だった?」
訊ねられた内容に影山が瞳をまたたかせる。
「あ、うっす。…あの、心配してくれたんすか?」
「それはもちろん」
心配してたよ、と言われて、影山は勢いよく頭を下げた。
「あざっす!」
今は顔を合わせることが少なくても、大事な先輩であることに変わりはない。そわそわとしている様子からして、来てくれてよかった、と思っているのがよく分かる。そして、
「旭さん」
珍しく、そっと声を上げた。
「部活、来ないすか?」
「………」
「みんな、待ってます。普段なんにも言わないけど」
「…そうだね」
眉を下げた東峰だったが、その話題を避けようとする気配はない。もしかしたら、“前回”よりも力になれているのかもしれない、と日向は思う。少しの沈黙のあと、東峰がふっと笑った。
「入学式の時の約束通り、よく考えたよ」
「…はい」
「やっぱりバレーから離れることはできないし、あのチームから離れることもできないと思った」
実はこっそり練習続けてたんだ、と照れくさそうに続けられた言葉に、2人は目を見開く。
「え、じゃあ」
「戻ってきて、くれるんすか」
「うん…まあ、1人、かなり怒ってるかもしれないやつがいるけど」
“今回”ではまだ出会っていない西谷のことだろう、と日向は当たりをつけた。
「…その、怒ってるかもしれない先輩も、戻ってきてほしいって思ってます、絶対」
「そう、だね。ちゃんと行くよ」
本人を知らないはずの日向が断言してしまうのはおかしいのかもしれないが、東峰は不思議に思わなかったらしい。微笑んで頷く彼は、もしかしたらきっかけを探していたのかもしれなかった。
だから、
「はい!」
「待ってます!」
日向も、影山も、ことさら力強く頷いて見せた。
その日の放課後。
「そろそろか」
「たぶん」
日向と影山はネットを張り終えたコートでパスの練習をしつつ、扉を気にしていた。
「早く、来ねーかな」
「もう来るだろ」
体こそ動かし続けているものの、2人とも意識は常に入り口の方向に向いている状態だ。おかげで、時々ボールがおかしな方向に飛ぶ。
「「…!」」
と、外から足音が聞こえ、日向達は勢いよくそちらを見る。取り落としたボールがポンと床で跳ねたが、開け放たれた戸口にいそいそと近寄る2人は気づかない。
「ちわっす!」
「お?」
先に入り口から顔を覗かせた日向は、今まさに靴を履き替えていた小柄な姿を見つけ、勢い込んで声をかける。
声をかけられて驚いたらしい西谷が、目を丸くして顔を上げた。