12
「おい、クソ川」
「………」
結局想う相手には逃げられ、ふてくされた顔のまま引きずり戻されてきた及川は、仁王立ちの岩泉の前で正座させられていた。その様子を少し離れたところから見守りつつ、花巻は息をつく。
「なんか起きる前でよかった」
「岩泉がストッパーになるならそれに越したことはないよな」
松川が頷いた。
以前のことを知っているだけに、2人は岩泉のことも心配だったのだが、この様子なら大丈夫そうだ。
「…お前、もう自覚してんだろ」
その時、岩泉がぽつんともらした言葉に、2人はそちらに意識を戻した。視界の隅で、下級生達が心配そうにこちらを見ている。
「このままあいつを追いかけ回したって何も進まない。ますますあいつに避けられるだけだ」
「…そんなことない」
「ある。お前が気付かないふりしてるだけだ。…前までは、俺も考えないようにしてたから同罪だけどな」
「………」
及川がぐっと唇を噛み締めた。
「でも、」
「中総体の時、言われただろ。もう“先輩と後輩の関係”はない」
それはすでになくなってしまっている関係性だ。本当は、その関係性を盾に無理やり近づこうとすること自体がおかしい。
「…だったら」
普段の余裕たっぷりな態度からは考えられない、絞り出すような声が、ぽつりと落ちる。
「もう、あいつと関わることができないってことになるじゃん」
(すがっていた関係性を、もうないものと見なしたくなかったんだろうな)
このままでは、つながりはこじれていくばかりだと分かってはいるだろうに、と花巻は内心ため息をついた。
「…そうだな」
少しの間のあと、ひどく静かな声で、岩泉は返事をする。
「あいつが──影山が、もう新しい関係を作りたくないんだ。それぐらい、俺達の関係は、こじれちまったんだ」
これからどうなるかは分からない。だが、少なくとも、今の影山はこじれた関係を修復するよりも断ち切ることを選んだのだから。
「大丈夫?」
「…あ?」
山口が声をかけると、ぼんやりとしていた影山は一拍してから少し驚いたように反応した。
「さっきから元気ないように見えるんだけど」
「そんなことねえけど」
不思議そうに首をかしげる様子からして、本当に違うらしい。勘違いしたのが恥ずかしくなった山口は、苦笑いして頭をかいた。
「なんか、ぼんやりしてたからさ」
「…なんでだろうって考えてた」
「ん?」
唐突な言葉に思わず影山の顔を見る。
「なんで、俺がいいんだ?」
「えっと」
「あの元先輩のこと?」
進まない会話に焦れたらしい月島が口を挟んできた。
「おう」
「なんで君に執着するかって?」
「しゅうちゃく?」
「…なんで君にべたべたしたがるかって?」
めんどくさそうに言い直した月島に、影山は頷く。
「別に、俺じゃなくてもいいだろ」
「…それ本気で言ってる?」
「?」
「こいつ前からぜんっぜん自覚しないから」
と、それまで黙っていた日向が口を挟んだ。
「何がだよ」
「自分がどう見えるかってこと、本当にまったく自覚してないわけ?」
「はあ?」
意味が分からないとばかりに首をかしげる影山を見て、月島は渋い顔になる。山口も、思わず口の端をひきつらせた。
「…ちょっとは自覚してもらったほうが、いいんじゃないかな…?」
自分の魅力に無頓着なままでは危険な気がする。そう言うと、今度は日向が渋い顔をした。
「“前回”にもかなり言ってるんだけどな」
「前回?」
「なんでもない」
首を振った日向を、訳が分からないという顔をしている影山がつつく。
「なんの話してんだ」
「お前が超にぶいって話ー」
「んぬん」
自分が鈍感だという自覚はさすがにあるらしく、影山は妙な呻きをもらしたものの反論しなかった。
「で、これ何の集まりなわけ」
月島がぼそりと呟く。
現在、4人は山口の家に集合していた。山口が注いでくれた麦茶を飲んでいた日向が返事をする。
「影山に少しでも自覚させようの会」
「…帰っていい?」
「まあまあまあ」
「す、少しは付き合ってあげよう?」
嫌そうな顔で立ち上がった月島の腕を、両側から日向と山口が掴む。しばらく引っ張り合っていた3人だったが、結局月島が諦めて座り直した。
よく分かっていないまま連れてこられた影山は、その様子を見ながら首をかしげる。
「何してんだ?」
思わず尋ねると、月島が深々と息を吐いた。
「何って、君のために引き戻されたんですケド」
「よく分かんねえけどため息ついてると幸せ逃げるぞ」
「誰のせいだと…ああもう」
疲れたように眼鏡の位置を直し、月島は頬杖をつく。
「で、コレをどうやって自覚させるって?」
「コレ言うな」
「とにかく言い聞かせるしか思いつかないけど」
「それじゃ自覚しねーぞこいつ」
「デスヨネー」
今度はなぜか、3人が一斉にため息をついた。1人取り残された影山は、むっとする。
「何言ってんのか分かんねえけど、すげえ馬鹿にされてるのは分かるぞ」
「君のために知恵絞ってるんだからちょっと黙ってて」
「うぬん」
ぴしゃっと言われて口をつぐんだ影山は、おとなしく麦茶を飲んだ。
「…影山さ」
と、うんうんと唸っていた山口が、口を開く。
「えっと、自分が目立つっていう自覚はある?」
「目立つ…? なんか、見られてる気がするっつうのはあるけど」
「それが目立ってるってこと。実際注目されてるんだから、見られてるって思うのは当たり前」
「…なんでだ?」
自分にはバレーぐらいしかないのに、何が目立つのだろうか。首をひねると、山口はなぜか困り顔になり、それからぐっと身を乗り出した。
「チームメイトにこんなこと言うの恥ずかしいんだけど、」
「おう?」
「影山って綺麗なんだよ。すっごく」
「…おう?」
「バレーしてる時は特にだけど、そうじゃない時も、ちょっとした仕草が綺麗で目を引くから、人を引き寄せる」
「………。そうか?」
思わず日向と月島を見ると、月島が無言で頷き、日向はジト目になる。
「だから、前からそう言ってんじゃん」
「何ふざけてんのかと思ってたぞ」
頭を抱えて日向は上を向いた。
「これ、教えるの長引くぞ…」
「やっぱり帰っていい?」
「待って待ってツッコミが減るの困るよツッキー!」
(なんか、賑やかだな)
再び攻防を始めた3人を前に、影山は呑気にそう思いつつ麦茶のコップをかたむけた。
「………」
結局想う相手には逃げられ、ふてくされた顔のまま引きずり戻されてきた及川は、仁王立ちの岩泉の前で正座させられていた。その様子を少し離れたところから見守りつつ、花巻は息をつく。
「なんか起きる前でよかった」
「岩泉がストッパーになるならそれに越したことはないよな」
松川が頷いた。
以前のことを知っているだけに、2人は岩泉のことも心配だったのだが、この様子なら大丈夫そうだ。
「…お前、もう自覚してんだろ」
その時、岩泉がぽつんともらした言葉に、2人はそちらに意識を戻した。視界の隅で、下級生達が心配そうにこちらを見ている。
「このままあいつを追いかけ回したって何も進まない。ますますあいつに避けられるだけだ」
「…そんなことない」
「ある。お前が気付かないふりしてるだけだ。…前までは、俺も考えないようにしてたから同罪だけどな」
「………」
及川がぐっと唇を噛み締めた。
「でも、」
「中総体の時、言われただろ。もう“先輩と後輩の関係”はない」
それはすでになくなってしまっている関係性だ。本当は、その関係性を盾に無理やり近づこうとすること自体がおかしい。
「…だったら」
普段の余裕たっぷりな態度からは考えられない、絞り出すような声が、ぽつりと落ちる。
「もう、あいつと関わることができないってことになるじゃん」
(すがっていた関係性を、もうないものと見なしたくなかったんだろうな)
このままでは、つながりはこじれていくばかりだと分かってはいるだろうに、と花巻は内心ため息をついた。
「…そうだな」
少しの間のあと、ひどく静かな声で、岩泉は返事をする。
「あいつが──影山が、もう新しい関係を作りたくないんだ。それぐらい、俺達の関係は、こじれちまったんだ」
これからどうなるかは分からない。だが、少なくとも、今の影山はこじれた関係を修復するよりも断ち切ることを選んだのだから。
「大丈夫?」
「…あ?」
山口が声をかけると、ぼんやりとしていた影山は一拍してから少し驚いたように反応した。
「さっきから元気ないように見えるんだけど」
「そんなことねえけど」
不思議そうに首をかしげる様子からして、本当に違うらしい。勘違いしたのが恥ずかしくなった山口は、苦笑いして頭をかいた。
「なんか、ぼんやりしてたからさ」
「…なんでだろうって考えてた」
「ん?」
唐突な言葉に思わず影山の顔を見る。
「なんで、俺がいいんだ?」
「えっと」
「あの元先輩のこと?」
進まない会話に焦れたらしい月島が口を挟んできた。
「おう」
「なんで君に執着するかって?」
「しゅうちゃく?」
「…なんで君にべたべたしたがるかって?」
めんどくさそうに言い直した月島に、影山は頷く。
「別に、俺じゃなくてもいいだろ」
「…それ本気で言ってる?」
「?」
「こいつ前からぜんっぜん自覚しないから」
と、それまで黙っていた日向が口を挟んだ。
「何がだよ」
「自分がどう見えるかってこと、本当にまったく自覚してないわけ?」
「はあ?」
意味が分からないとばかりに首をかしげる影山を見て、月島は渋い顔になる。山口も、思わず口の端をひきつらせた。
「…ちょっとは自覚してもらったほうが、いいんじゃないかな…?」
自分の魅力に無頓着なままでは危険な気がする。そう言うと、今度は日向が渋い顔をした。
「“前回”にもかなり言ってるんだけどな」
「前回?」
「なんでもない」
首を振った日向を、訳が分からないという顔をしている影山がつつく。
「なんの話してんだ」
「お前が超にぶいって話ー」
「んぬん」
自分が鈍感だという自覚はさすがにあるらしく、影山は妙な呻きをもらしたものの反論しなかった。
「で、これ何の集まりなわけ」
月島がぼそりと呟く。
現在、4人は山口の家に集合していた。山口が注いでくれた麦茶を飲んでいた日向が返事をする。
「影山に少しでも自覚させようの会」
「…帰っていい?」
「まあまあまあ」
「す、少しは付き合ってあげよう?」
嫌そうな顔で立ち上がった月島の腕を、両側から日向と山口が掴む。しばらく引っ張り合っていた3人だったが、結局月島が諦めて座り直した。
よく分かっていないまま連れてこられた影山は、その様子を見ながら首をかしげる。
「何してんだ?」
思わず尋ねると、月島が深々と息を吐いた。
「何って、君のために引き戻されたんですケド」
「よく分かんねえけどため息ついてると幸せ逃げるぞ」
「誰のせいだと…ああもう」
疲れたように眼鏡の位置を直し、月島は頬杖をつく。
「で、コレをどうやって自覚させるって?」
「コレ言うな」
「とにかく言い聞かせるしか思いつかないけど」
「それじゃ自覚しねーぞこいつ」
「デスヨネー」
今度はなぜか、3人が一斉にため息をついた。1人取り残された影山は、むっとする。
「何言ってんのか分かんねえけど、すげえ馬鹿にされてるのは分かるぞ」
「君のために知恵絞ってるんだからちょっと黙ってて」
「うぬん」
ぴしゃっと言われて口をつぐんだ影山は、おとなしく麦茶を飲んだ。
「…影山さ」
と、うんうんと唸っていた山口が、口を開く。
「えっと、自分が目立つっていう自覚はある?」
「目立つ…? なんか、見られてる気がするっつうのはあるけど」
「それが目立ってるってこと。実際注目されてるんだから、見られてるって思うのは当たり前」
「…なんでだ?」
自分にはバレーぐらいしかないのに、何が目立つのだろうか。首をひねると、山口はなぜか困り顔になり、それからぐっと身を乗り出した。
「チームメイトにこんなこと言うの恥ずかしいんだけど、」
「おう?」
「影山って綺麗なんだよ。すっごく」
「…おう?」
「バレーしてる時は特にだけど、そうじゃない時も、ちょっとした仕草が綺麗で目を引くから、人を引き寄せる」
「………。そうか?」
思わず日向と月島を見ると、月島が無言で頷き、日向はジト目になる。
「だから、前からそう言ってんじゃん」
「何ふざけてんのかと思ってたぞ」
頭を抱えて日向は上を向いた。
「これ、教えるの長引くぞ…」
「やっぱり帰っていい?」
「待って待ってツッコミが減るの困るよツッキー!」
(なんか、賑やかだな)
再び攻防を始めた3人を前に、影山は呑気にそう思いつつ麦茶のコップをかたむけた。