11
近付くなと言われた。
来るなとばかりに睨まれた。
迷惑をかけるなと叱られた。
けれど、彼が帰る支度を終え、体育館から出て行くと、追いかけずにはいられなかった。
「…なあ、影山」
「ん?」
バスへと戻っていく烏野と共に外に出てきた金田一が、ふと口を開いた。影山が視線を向けると、言いずらそうに言葉を続ける。
「及川さんのことなんだけどさ、その、…前になんかあったのか?」
「まあな」
頷いた影山は、どこまで説明するか少し迷った。金田一も、黙って会話を聞いている国見も、あまりごまかすと却って心配させてしまう気がする。けれど、詳しく話をして、2人が及川に対して気まずい思いを抱えてしまうようなことは起きてほしくない。
「中総体の時、ちょっとめんどくさく絡まれた」
「めんどくさいって、普段よりも?」
それまで黙っていた国見からの質問に、若干ためらってから答える。
「あの時の及川さん、なんかおかしかった」
どう説明すればいいか分からずにただそう言うと、国見は眉をしかめた。
「おかしかった?」
「なんつうか…何をしでかすか、分からない、感じ」
我ながら失礼な言い方だと影山は思ったが、金田一が納得したように頷く。
「あ、そんな感じだ」
「そんな感じ?」
「なんか、前からおかしい感じっていうか不安定っていうか、そんな印象あったんだけど、」
「確かに何かやらかしそうな雰囲気あった。この前とか」
金田一が迷いながら言い出した先を、国見が引き継いだ。
「この前?」
「金田一が及川さんにお前のこと聞かれた時」
「あー、態度変だったけど何も言われなかったって言ってたやつ?」
「そう。こいつがだいぶびびってた時」
え、と影山は瞳をまたたかせる。金田一が慌てたように国見の肩を掴んで揺すった。
「…なんっっで言うんだよそれ!」
「は? 何、隠してたの」
どうせバレるのに、と国見は呆れた目を向ける。
「う、いや恥ずかしいだろ…」
「金田一」
視線をさまよわせる金田一の前に、影山はひょいと回り込んだ。
「やっぱ迷惑かけたか? 言うなって頼んだの」
それがトラブルの元になったとしたら申し訳ない。心配になって顔を覗き込むと、金田一は勢いよく首を横に振る。
「迷惑じゃねえ! …や、確かにびびったけど」
国見の無言のジト目に耐え切れず付け加えた金田一は、少ししょげていた影山の肩を慌てて叩いた。
「大丈夫だって! 結局なんも言われなかったし! むしろ雰囲気がおかしかった以外変わったことなかったし!」
一生懸命にフォローしてくれる友人に瞳をまたたかせ、影山は笑みをこぼす。
「さんきゅ」
「…おう」
「………」
「いっで!」
照れたように頭をかいた金田一は、なぜかその後国見にどつかれ、悲鳴を上げていた。
「…君の相棒が取られるわけじゃないんだからその顔やめたらどうなの」
「取られるとか思ってないから。ただ気に食わないだけだから」
「即答…」
影山達が話しているのをむくれた顔で見ていた日向は、そばにいた月島と山口に呆れた顔をされ、ますます不満顔になる。
「邪魔してないんだからいいだろ」
こうして少し離れたところから見守るだけで済ませている時点で褒めて欲しいぐらいだ。そう言うと、月島が嫌そうに眉をしかめる。
「こっちにとってはその表情が邪魔なんだけど」
「いいじゃんかー」
「日向って変なところで心狭いよね…」
「うっ」
ふいっと顔をそむけた日向だったが、山口にまで少し困ったように言われるとさすがに視線をさまよわせた。
「…自重します」
「うん、そうしてあげて」
多少おとなしくなった日向に、山口はうんうんと頷く。いつの間にか強く出るようになった幼馴染みに、月島がこっそりと笑った。
むう、と頬を膨らませながらも、このまま今日が終わればいい、と日向は思う。
「あ」
「うっわ」
──残念ながら、すぐに門のそばで待ち構えている人影を見つけることになったせいでその願いは叶わなかったが。
及川の顔を見た瞬間、背筋がぞくりとした山口は、思わず立ち止まりかけた。
試合中はただただその実力と迫力に圧倒されていた。だからこそ薄れていた恐怖心のようなものが、今になってじんわりとよみがえる。
「行くぞ」
と、日向が影山のほうに駆け寄り、その手を引いた。
「ん」
頷いた影山は、金田一と国見に手を振り、慣れた様子で引っ張られていく。2人と共に、谷地と清水、田中がバスへと移動していった。
声をかけるまでもなく逃げられそうになり、慌てた及川が一歩踏み出したが、すぐさま目の前を澤村と菅原が遮る。
「「「………」」」
少しの間、無言で睨み合っていた3人だったが、やがて及川がにっこりと笑った。
「どいてくれる?」
「はあ? 今の状況分かって言ってんのか?」
ドスの効いた声で菅原が返事をする。澤村は無言のままだが、額のシワが増えた。
「少し話したいだけなんだけど」
「却下」
「…親じゃあるまいし過保護すぎない? 相手も高校生なのに」
さすがにいらいらした顔になった及川に向かって、澤村が口を開く。
「安心しろお前にだけだ」
冷え切った声に、残っていた2年達が一斉に頬を引きつらせる。自分に向けられていなければ頼もしいとは言え、怖いものは怖い。
「…ねえ、ちょっと」
と、月島が金田一達に小声で話しかけた。さすがに驚いたのか、目を丸くして自分達の主将を見つめていた2人は、ぱっと月島を振り返る。
「そっちの3年に連絡取れないの?」
「…! 今連絡する」
慌てたように金田一が携帯を取り出した。だが、すぐに顔を上げて体育館の方向を見る。
「もうこっちに向かってる、って」
「え、誰が「クソ川あああああああああああああ!」
突然、周囲に響き渡った怒声に、山口の質問はかき消された。恐ろしい勢いで迫ってくる岩泉を発見して、国見が肩をすくめる。
「たぶん、解決した」
「…あ、そうなんだ」
(確かにあの調子ならなんとかなるだろうな…)
山口は思いっきり蹴飛ばされている及川を見て乾いた笑いをこぼした。
来るなとばかりに睨まれた。
迷惑をかけるなと叱られた。
けれど、彼が帰る支度を終え、体育館から出て行くと、追いかけずにはいられなかった。
「…なあ、影山」
「ん?」
バスへと戻っていく烏野と共に外に出てきた金田一が、ふと口を開いた。影山が視線を向けると、言いずらそうに言葉を続ける。
「及川さんのことなんだけどさ、その、…前になんかあったのか?」
「まあな」
頷いた影山は、どこまで説明するか少し迷った。金田一も、黙って会話を聞いている国見も、あまりごまかすと却って心配させてしまう気がする。けれど、詳しく話をして、2人が及川に対して気まずい思いを抱えてしまうようなことは起きてほしくない。
「中総体の時、ちょっとめんどくさく絡まれた」
「めんどくさいって、普段よりも?」
それまで黙っていた国見からの質問に、若干ためらってから答える。
「あの時の及川さん、なんかおかしかった」
どう説明すればいいか分からずにただそう言うと、国見は眉をしかめた。
「おかしかった?」
「なんつうか…何をしでかすか、分からない、感じ」
我ながら失礼な言い方だと影山は思ったが、金田一が納得したように頷く。
「あ、そんな感じだ」
「そんな感じ?」
「なんか、前からおかしい感じっていうか不安定っていうか、そんな印象あったんだけど、」
「確かに何かやらかしそうな雰囲気あった。この前とか」
金田一が迷いながら言い出した先を、国見が引き継いだ。
「この前?」
「金田一が及川さんにお前のこと聞かれた時」
「あー、態度変だったけど何も言われなかったって言ってたやつ?」
「そう。こいつがだいぶびびってた時」
え、と影山は瞳をまたたかせる。金田一が慌てたように国見の肩を掴んで揺すった。
「…なんっっで言うんだよそれ!」
「は? 何、隠してたの」
どうせバレるのに、と国見は呆れた目を向ける。
「う、いや恥ずかしいだろ…」
「金田一」
視線をさまよわせる金田一の前に、影山はひょいと回り込んだ。
「やっぱ迷惑かけたか? 言うなって頼んだの」
それがトラブルの元になったとしたら申し訳ない。心配になって顔を覗き込むと、金田一は勢いよく首を横に振る。
「迷惑じゃねえ! …や、確かにびびったけど」
国見の無言のジト目に耐え切れず付け加えた金田一は、少ししょげていた影山の肩を慌てて叩いた。
「大丈夫だって! 結局なんも言われなかったし! むしろ雰囲気がおかしかった以外変わったことなかったし!」
一生懸命にフォローしてくれる友人に瞳をまたたかせ、影山は笑みをこぼす。
「さんきゅ」
「…おう」
「………」
「いっで!」
照れたように頭をかいた金田一は、なぜかその後国見にどつかれ、悲鳴を上げていた。
「…君の相棒が取られるわけじゃないんだからその顔やめたらどうなの」
「取られるとか思ってないから。ただ気に食わないだけだから」
「即答…」
影山達が話しているのをむくれた顔で見ていた日向は、そばにいた月島と山口に呆れた顔をされ、ますます不満顔になる。
「邪魔してないんだからいいだろ」
こうして少し離れたところから見守るだけで済ませている時点で褒めて欲しいぐらいだ。そう言うと、月島が嫌そうに眉をしかめる。
「こっちにとってはその表情が邪魔なんだけど」
「いいじゃんかー」
「日向って変なところで心狭いよね…」
「うっ」
ふいっと顔をそむけた日向だったが、山口にまで少し困ったように言われるとさすがに視線をさまよわせた。
「…自重します」
「うん、そうしてあげて」
多少おとなしくなった日向に、山口はうんうんと頷く。いつの間にか強く出るようになった幼馴染みに、月島がこっそりと笑った。
むう、と頬を膨らませながらも、このまま今日が終わればいい、と日向は思う。
「あ」
「うっわ」
──残念ながら、すぐに門のそばで待ち構えている人影を見つけることになったせいでその願いは叶わなかったが。
及川の顔を見た瞬間、背筋がぞくりとした山口は、思わず立ち止まりかけた。
試合中はただただその実力と迫力に圧倒されていた。だからこそ薄れていた恐怖心のようなものが、今になってじんわりとよみがえる。
「行くぞ」
と、日向が影山のほうに駆け寄り、その手を引いた。
「ん」
頷いた影山は、金田一と国見に手を振り、慣れた様子で引っ張られていく。2人と共に、谷地と清水、田中がバスへと移動していった。
声をかけるまでもなく逃げられそうになり、慌てた及川が一歩踏み出したが、すぐさま目の前を澤村と菅原が遮る。
「「「………」」」
少しの間、無言で睨み合っていた3人だったが、やがて及川がにっこりと笑った。
「どいてくれる?」
「はあ? 今の状況分かって言ってんのか?」
ドスの効いた声で菅原が返事をする。澤村は無言のままだが、額のシワが増えた。
「少し話したいだけなんだけど」
「却下」
「…親じゃあるまいし過保護すぎない? 相手も高校生なのに」
さすがにいらいらした顔になった及川に向かって、澤村が口を開く。
「安心しろお前にだけだ」
冷え切った声に、残っていた2年達が一斉に頬を引きつらせる。自分に向けられていなければ頼もしいとは言え、怖いものは怖い。
「…ねえ、ちょっと」
と、月島が金田一達に小声で話しかけた。さすがに驚いたのか、目を丸くして自分達の主将を見つめていた2人は、ぱっと月島を振り返る。
「そっちの3年に連絡取れないの?」
「…! 今連絡する」
慌てたように金田一が携帯を取り出した。だが、すぐに顔を上げて体育館の方向を見る。
「もうこっちに向かってる、って」
「え、誰が「クソ川あああああああああああああ!」
突然、周囲に響き渡った怒声に、山口の質問はかき消された。恐ろしい勢いで迫ってくる岩泉を発見して、国見が肩をすくめる。
「たぶん、解決した」
「…あ、そうなんだ」
(確かにあの調子ならなんとかなるだろうな…)
山口は思いっきり蹴飛ばされている及川を見て乾いた笑いをこぼした。