10
及川のサーブをなんとか上げることができた烏野は、その後逆転されることなく第2セットを取った。当然ながら、観客からは悲鳴と残念そうな声が上がっていたが、それもすでに収まっている。
「及川がピンサーだったとは言え、負けるとは思わなかったな」
松川はそう言って肩をすくめた。日向や影山の実力は知っている面々が多かったとは言え、それはあくまでも2人のことだけだ。どうやら、今までは目立ってこなかっただけで、烏野というチーム自体が少々厄介らしい。
「面白いチームだった」
「だな」
花巻の言葉に頷き、松川は帰り支度をしている烏野の面々に目をやった。そして、
「こらどこ行く気だ」
そのそばを通り抜けようとした及川の肩をがしりと掴む。
「いや…その…」
すっと歩み寄ってきた花巻が反対の肩を掴んだ。
「言っとくけど、あの子らに近づこうとするなら問答無用で引きずり戻すって決めてるからな?」
「え」
「分かってるかどうか知らんがお前とあの子はな、今は近づかないのが一番健全だ」
「………」
「つうか、近づいたら最後、あの子より先に周りが本気で潰しにかかってくるぞ。…あー、ほら、変な動きしたのバレた」
その時ちょうど不穏な動きを察知したらしい日向がぐりんとこちらを向き、花巻は思わず引きつった笑顔を浮かべる。顔立ちはまだまだ幼い、可愛らしいものなのに、無表情で見つめられると体感温度が下がっていく気がした。
「おーい、日向」
「あ、はい!」
少しの間のあと、上級生らしい坊主の少年に呼ばれた日向がぱたぱたとそちらに向かい、思わず息をついた松川は隣をちらりと見る。
(…あー、前のがだいぶ影響してるな)
そして、青い顔になっている及川を見て、思わず遠い目になった。自業自得ではあるものの、あの小柄な1年が怖くなる気持ちは分からないでもない。
「とりあえず、岩泉呼ぶか」
「そうするか」
「え、ちょっ、岩ちゃんはやめ…っ」
ぎょっとしたように遮ろうとしてくる及川を押さえ、松川は岩泉がいる方向に顔を向ける。
「岩泉ー。及川がやらかしかけた」
途端、鬼の形相でこちらに向かってきた幼なじみを見て、及川が絶望した顔になった。
「影山!」
帰り支度をしている途中、声をかけられた影山は顔を上げた。
「金田一」
「よう」
「久しぶり。元気そうじゃん」
「おう、お前もな」
ひょいと隣に並んだ国見にも返事をして立ち上がる。そして、興味深げにこちらを見ている山口と、興味がないように見せようとしているが失敗している月島を振り返った。
「こいつらが中学の時のチームメイト」
「前言ってた2人だよね?」
山口の返事に頷いて、今度は金田一と国見に顔を向ける。
「同じ1年の月島と山口」
「よろしく」
「…どうも」
山口が先に頭を下げ、一拍遅れて月島も続いた。金田一と国見も頭を下げると、影山は首をかしげる。
「谷地さんは? さっきこっちにいなかったか?」
「さっき清水先輩に呼ばれて…あ、谷地さーん」
「ほえ!? は、はーい?」
山口に呼ばれてととと、と走ってきた谷地は、金田一達を見てびくりとした。
「あ、え、あ、こ、こんにちは!」
「は、え、っと、ちわっす」
ブンッと音がしそうな勢いで腰を折った谷地に釣られ、金田一が慌てて挨拶を返す。互いに挙動不審な2人を見た国見が、溜め息をついて金田一をこづいた。
「いでっ」
「慌てすぎ」
「ああああすいません私が慌てたせいでっ」
「いやいやいやそんなことは!」
「…大丈夫なの、これ」
「いつものことだし大丈夫」
すでに恒例になり始めている谷地の慌てように面食らっている友人達と眉を下げて笑っている山口を横目に、影山は周りを見渡す。
「日向」
「おー」
視線を巡らせた先にいた相棒を呼ぶと、返事をした日向はすぐにこちらに戻ってきたが、青葉城西の2人を見た途端むっとした顔になった。日向に気づいた2人も、一瞬むっとした顔を見せる。
「どーも」
「…どうも」
仕方なさそうな日向の挨拶に、同じく仕方なさそうな金田一が応えた。国見にいたっては、軽い会釈だけで済ませている。
妙に仲が悪そうな3人を谷地がおろおろと見守り、月島は呆れたように顔を逸らした。
「何してんだ?」
なんとも言えない空気になったことに気づいた影山が首をかしげる。
「「「なんでもない」」」
一斉にそう答えた3人を見て、実は気が合うんじゃないかな、と山口はひっそり思った。
1年達が交友を温めているらしい光景──よく見ると一部ギスギスしているが──を眺めながら、澤村は頬を緩めた。
試合が終わればすぐに帰るか、などと言っていたが、あの様子からしてさっさと引き離すのは可哀想だ。
「もう少し待ってから帰るか?」
でれでれと後輩達を眺めている菅原に声をかける。一拍してからはっとしたように振り向いた菅原は、慌てて頷いた。
「そうだな。せっかく嬉しそうにしてるし」
「…お前、最近ますますアレだよな」
アレってなんだ、と口を尖らす友人を放置し、澤村は視線を動かす。そして、何やら岩泉に殴られている及川を見て、うん、と頷いた。
「まあ、大丈夫そうだな」
「油断はできないけどな」
じっとりと2人をねめつけながら菅原が即答する。今の今まで可愛い後輩達に目尻を下げていたはずが、いつの間にか澤村が見ている相手に気付いたらしい。
(まあ、こっちでも気を付けておくか)
見た感じ怪しい素振りはないものの用心するに越したことはない、と結論付けて、澤村は荷物の片付けに戻った。
「及川がピンサーだったとは言え、負けるとは思わなかったな」
松川はそう言って肩をすくめた。日向や影山の実力は知っている面々が多かったとは言え、それはあくまでも2人のことだけだ。どうやら、今までは目立ってこなかっただけで、烏野というチーム自体が少々厄介らしい。
「面白いチームだった」
「だな」
花巻の言葉に頷き、松川は帰り支度をしている烏野の面々に目をやった。そして、
「こらどこ行く気だ」
そのそばを通り抜けようとした及川の肩をがしりと掴む。
「いや…その…」
すっと歩み寄ってきた花巻が反対の肩を掴んだ。
「言っとくけど、あの子らに近づこうとするなら問答無用で引きずり戻すって決めてるからな?」
「え」
「分かってるかどうか知らんがお前とあの子はな、今は近づかないのが一番健全だ」
「………」
「つうか、近づいたら最後、あの子より先に周りが本気で潰しにかかってくるぞ。…あー、ほら、変な動きしたのバレた」
その時ちょうど不穏な動きを察知したらしい日向がぐりんとこちらを向き、花巻は思わず引きつった笑顔を浮かべる。顔立ちはまだまだ幼い、可愛らしいものなのに、無表情で見つめられると体感温度が下がっていく気がした。
「おーい、日向」
「あ、はい!」
少しの間のあと、上級生らしい坊主の少年に呼ばれた日向がぱたぱたとそちらに向かい、思わず息をついた松川は隣をちらりと見る。
(…あー、前のがだいぶ影響してるな)
そして、青い顔になっている及川を見て、思わず遠い目になった。自業自得ではあるものの、あの小柄な1年が怖くなる気持ちは分からないでもない。
「とりあえず、岩泉呼ぶか」
「そうするか」
「え、ちょっ、岩ちゃんはやめ…っ」
ぎょっとしたように遮ろうとしてくる及川を押さえ、松川は岩泉がいる方向に顔を向ける。
「岩泉ー。及川がやらかしかけた」
途端、鬼の形相でこちらに向かってきた幼なじみを見て、及川が絶望した顔になった。
「影山!」
帰り支度をしている途中、声をかけられた影山は顔を上げた。
「金田一」
「よう」
「久しぶり。元気そうじゃん」
「おう、お前もな」
ひょいと隣に並んだ国見にも返事をして立ち上がる。そして、興味深げにこちらを見ている山口と、興味がないように見せようとしているが失敗している月島を振り返った。
「こいつらが中学の時のチームメイト」
「前言ってた2人だよね?」
山口の返事に頷いて、今度は金田一と国見に顔を向ける。
「同じ1年の月島と山口」
「よろしく」
「…どうも」
山口が先に頭を下げ、一拍遅れて月島も続いた。金田一と国見も頭を下げると、影山は首をかしげる。
「谷地さんは? さっきこっちにいなかったか?」
「さっき清水先輩に呼ばれて…あ、谷地さーん」
「ほえ!? は、はーい?」
山口に呼ばれてととと、と走ってきた谷地は、金田一達を見てびくりとした。
「あ、え、あ、こ、こんにちは!」
「は、え、っと、ちわっす」
ブンッと音がしそうな勢いで腰を折った谷地に釣られ、金田一が慌てて挨拶を返す。互いに挙動不審な2人を見た国見が、溜め息をついて金田一をこづいた。
「いでっ」
「慌てすぎ」
「ああああすいません私が慌てたせいでっ」
「いやいやいやそんなことは!」
「…大丈夫なの、これ」
「いつものことだし大丈夫」
すでに恒例になり始めている谷地の慌てように面食らっている友人達と眉を下げて笑っている山口を横目に、影山は周りを見渡す。
「日向」
「おー」
視線を巡らせた先にいた相棒を呼ぶと、返事をした日向はすぐにこちらに戻ってきたが、青葉城西の2人を見た途端むっとした顔になった。日向に気づいた2人も、一瞬むっとした顔を見せる。
「どーも」
「…どうも」
仕方なさそうな日向の挨拶に、同じく仕方なさそうな金田一が応えた。国見にいたっては、軽い会釈だけで済ませている。
妙に仲が悪そうな3人を谷地がおろおろと見守り、月島は呆れたように顔を逸らした。
「何してんだ?」
なんとも言えない空気になったことに気づいた影山が首をかしげる。
「「「なんでもない」」」
一斉にそう答えた3人を見て、実は気が合うんじゃないかな、と山口はひっそり思った。
1年達が交友を温めているらしい光景──よく見ると一部ギスギスしているが──を眺めながら、澤村は頬を緩めた。
試合が終わればすぐに帰るか、などと言っていたが、あの様子からしてさっさと引き離すのは可哀想だ。
「もう少し待ってから帰るか?」
でれでれと後輩達を眺めている菅原に声をかける。一拍してからはっとしたように振り向いた菅原は、慌てて頷いた。
「そうだな。せっかく嬉しそうにしてるし」
「…お前、最近ますますアレだよな」
アレってなんだ、と口を尖らす友人を放置し、澤村は視線を動かす。そして、何やら岩泉に殴られている及川を見て、うん、と頷いた。
「まあ、大丈夫そうだな」
「油断はできないけどな」
じっとりと2人をねめつけながら菅原が即答する。今の今まで可愛い後輩達に目尻を下げていたはずが、いつの間にか澤村が見ている相手に気付いたらしい。
(まあ、こっちでも気を付けておくか)
見た感じ怪しい素振りはないものの用心するに越したことはない、と結論付けて、澤村は荷物の片付けに戻った。