「谷地さーん!行こう!」

「あ、あ、うん!」

その時帰り支度をしていた1年5組の生徒達は、教室の入り口から飛んできた元気のいい声の主に一斉に視線を向けた。呼び声の主である小柄な少年に返事をし、少年よりさらに小柄な少女が椅子から立ち上がる。

「あ、日向」

「部活?」

何人かに話しかけられた小柄な少年は、にっと笑って頷く。

と、日向の後ろから、今度は長身の少年がぬっと顔を出した。

「影山くんも来てたんだ」

「いらっしゃーい」

「おう」

入り口付近にいた女子の歓待を受けた影山は、小さく笑う。途端に周囲から菓子を持った手が伸びてきた。

「飴いる?」

「チョコあるよ」

「!」

嬉しげに菓子を受け取っている影山の隣で日向が口を尖らせる。

「影山だけずるい」

「はいはい」

「日向もどうぞー」

「やった! ありがと!」

そうしてまんまと菓子をせしめている日向を見て、今度は影山が呆れ顔になった。

日向も影山も、入学してからの数日、ほぼ毎日谷地のところに顔を出している。明るい日向はもちろん、綺麗ではあるがきつめの顔立ちと長身のせいで周りをぎょっとさせていた影山も、その数日の間にすっかり5組の生徒と馴染みになった。

「お待たせしました!」

そうしているうちに荷物をまとめた谷地が教室から出て行き、男子2人もまた、1年5組から去った。






「やっと入れるな!」

「おう」

「うううう緊張してきた」

機嫌よく歩く日向が話しかけ、その後ろにいる影山がこれまた機嫌よく頷き、影山の隣を歩く谷地が硬い顔で胃をさする。

春休み中にすっかり仲良くなった3人は、現在、男子バレーボール部の活動場所である第二体育館に向かっていた。谷地はまだ入部届を出していないので今日は見学だが、日向と影山は1年の部活が解禁された時点で即座に入部届を出しているので、それが受理されれば部員になる。

「ほ、ほんとに怖い人いないよね…?」

「いないいない!」

「みんな優しい」

「わ、分かった…」

そんな話をしているうちに、日向達は第二体育館に到着した。

「しつれーしまーす」

「ああっ、待って心の準備が!」

靴を履き替えた日向が、声をかけながら扉を開ける。靴は履き替えたものの気構えがまったくできていなかった谷地がわたわたと制止しようとするが、それよりも日向が中に入るほうが早かった。だが、

「あ、まだ誰も来てない」

「やっぱりか」

「…え、あ、…そうなんだ」

“前回”と同じく、体育館にはまだ上級生が来ていなかった。“前回”では先に来ていた影山も“今回”は一緒にいるので、体育館は綺麗に片付けられた状態でがらんとしている。ひとまず心の準備をする余裕ができた谷地が溜め息をついた。

「中で待ってるか」

「そうだな!」

「え、いいのかな…?」

先に中に入ってしまった男子2人に続き、谷地もそろそろと入ってきた。物珍しげに体育館を見渡す。

「ここ、バレー部専用なんだよね? すごいなあ。中学の時はこんな広い場所を全部使える部活なんてなかったよ」

「俺らのとこもなかったな」

「つうか、体育館1つだった」

「うん、私のところもそうだったよ」

話しているうちに落ち着き始めた谷地だったが、日向がかばんからバレーボールを取り出したのを見て慌てて駆け寄った。

「え、え、勝手にバレーしてて大丈夫? 怒られない?」

本来はまだ部外者であるはずなのに中に入っているということへの気後れがあるらしい。心配そうな谷地に、日向はひらひらと手を振って見せた。

「ちょっとボール触ってるぐらいで怒られたりしないって」

「そ、そうか、な」

「勝手に道具使うわけじゃねえんだから問題ない」

「そうそう、使うのは俺のボール」

だからへーきへーき、とボールを構えた日向は、

「ほいっ」

影山にそのボールを放った。

「おう」

突然のパスにも関わらず、驚いた様子のない影山がボールを受ける。ぽん、と山なりに放たれ戻ってきたボールを、日向がもう一度返したその時。

「お、扉開いてる」

「ということはもう来てるのか」

「例の1年コンビっすか?」

「そうそう。…怖がらせるなよ?」

「そっそんなことしませんよ俺!」

外から聞こえてきた声に、影山はボールをそのままキャッチした。3人が入り口に視線を向けると、ちょうど入ってきた上級生達と目が合う。そして、

「じょっじょっじょしっ!?」

真っ先に声を上げたのは、“前回”と同じく菅原と澤村と共にやってきた田中だった。





「…あー、ごめんな、急に変な態度取られて」

「いいいいいえ大丈夫です部外者なのに入り込んですみませんんんん」

「いやいや、見学来たんだから入ってて良かったんだべ」

菅原に声をかけられた谷地が、高速で頭を下げた。

「マネが…増える…」

「まだ見学だぞ」

その脇で田中が感激に打ち震えており、呆れた顔の澤村にツッコまれている。

それは、日向も影山も、よく知っている空気だった。

「あの!」

日向が声を上げると、澤村と田中だけでなく、菅原と谷地もこちらを見る。隣に影山が並んだ。

「えっと、日向翔陽です!」

「影山飛雄っす。よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「あ、あ、えっと、」

2人の自己紹介を聞いて、谷地も慌てて隣に並ぶ。

「や、谷地仁花です! きょ、今日は見学に来ました! よろしくお願いしまっ、します!」

ぴょんと頭を下げた谷地は、そろりと顔を上げた。勢いのいい挨拶に、澤村達が笑う。

「おお、よろしくな」

「よろしくな! もうしばらくしたらほかのやつも来るから」

「礼儀正しいじゃねえか! 俺は気軽に田中先輩と呼んでいいぞ!」

「あーすぐ調子に乗るんだからお前はー」

「「田中先輩!」」

「た、たなか先輩?」

「…合わせなくていいからな?」

(…懐かしいな)

還ってきた、と思った。

雪ヶ丘は大事な場所だった。だが、日向と影山の、“変人コンビ”の原点は、ここなのだとずっと思っている。

だから、

(ただいま)

心の中で小さく、日向はそう呟いた。
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