番外2―3

東峰は携帯の画面を見つめていた。

「どうして」

ぽつんと漏らした声が妙に響いた気がして、東峰は思わず肩を震わせる。

すべてを白状した。もうバレーをしないとまで言ってしまった。なのに、日向も影山も、それでも一緒にバレーをしたいのだと言う。

どうしてだろうと思う。

チームから、頼りにされることから、──“烏野のエースである”ことから、逃げ出した。しかも、それを黙って、部活に行っているようなふりをしていた。

それを聞いてなお、バレーがしたいと言ってくれて、騙したことを“だまってただけ”と言ってくれる。それは、東峰が想像していた状況とはまったく違った。

しばらく呆然としていた彼は──不意に思い当たった、日向達の態度のわけに、ふっと目を見開く。





(そうか)

どうしても何も、自分が日向や影山の立場だとしても同じ反応をしている。もし自分が、先輩からこんなことを告げられたとして、軽蔑するだろうか。離れるだろうか。

──きっと、それでも一緒にバレーがしたいと、思うはずだ。

(それぐらい、懐かれてるって、思っていいのかな)

それでもいいと言ってくれるぐらい、2人に慕われているのだと、改めて気付いた。

「逃げ道を塞がれたなあ」

ここまで慕われていると自覚した時点で、逃げ回ることはできない。

もちろん、あの試合で見えなくなった、道を切り開くイメージが、急に見えてきたわけではない。だが、これまでの思考を停止した状態ではいけないと思った。これから、どうすればいいのか、もう一度考え直さなくては。

考え直さなくてはいけない状況になったにも関わらず、重いものが詰まっているようだった心は、ずいぶんと軽くなっていた。

少しの間、瞳を閉じていた東峰は、またラインの画面を開く。

そして、軽く考えてから『ありがとう』とだけ書き込み、2人分の既読が付くのを確認してから携帯を置いた。





【日向・影山ライン】

ひなひな:旭さん試合のこと言ってくれたな!

かげかげ:おう
かげかげ:でも
かげかげ:言いたいこと全然うまく言えなかった
かげかげ:つーか何言いたかったか分かんなくなっちまって
かげかげ:(´・ω・`)

ひなひな:俺も
ひなひな:でもちゃんと言ったよな!
ひなひな:うまく言えてなかったけど
ひなひな:バレーしたいって言ったし、怒ってないって言った!

かげかげ:…バレーほんとにしたいんだって
かげかげ:伝わったと思うか?

ひなひな:伝わった!
ひなひな:たぶん!

かげかげ:たぶん

ひなひな:おう、たぶん
ひなひな:でも何も言えないままよりずっといいだろ!

かげかげ:そうだな
かげかげ:よかった

かげかげ:なんか
かげかげ:きゅうにねむ句なって北

ひなひな:お前いつもいきなり寝るよな
ひなひな:おやすみ
ひなひな:あ!明日は母さんが車出すって
ひなひな:そっちは?

かげかげ:倒産が
かげかげ:とうさんが
かげかげ:出すって

かげかげ:寝る
かげかげ:おやすみ





【烏野バレー部3年生】

旭:あの
旭:ちょっといいかな
旭:もう部活は行かないって言ってたけど

旭:その
旭:もう一度考え直そうと思ってる

旭:それで、今日入学式だから
旭:日向と影山にも直接そう言いに行く
旭:ずいぶん心配かけたから



スガ:旭!?

スガ:あれ既読つかない!?

大地:もう行ったのか
大地:どっちにしろ俺達も顔出しに行く予定だったしな
大地:向こうで捕まえよう

スガ:そうだな!
スガ:言い逃げとかさせないからな!



潔子:どこにいるか分からないんじゃ?

大地:あ

スガ:大丈夫大丈夫行けば分かる!

大地:それでいいのかおい



潔子:既読つかなくなった

大地:…まあ
大地:正面玄関のほうにいると思うぞ





「旭!」

玄関の外に佇んでいた東峰は、自分に向かって駆けてくる足音に一瞬肩を震わせてから振り返った。そして、見知った面々を見付け、へにゃりと眉を下げる。

「お前! 言い逃げ禁止!」

土煙が上がりそうな勢いで走ってきた菅原は、東峰の目の前まで行くとビシッと指を突きつけた。突然指を突きつけられたほうは、反射的に後ろに仰け反りながらわたわたと頷く。

「ご、ごめん!」

「急に考え直すってなんだよ! 嬉しいけど! 言い逃げして既読付けなくなるのはずるい!」

「うっ、はい」

「どうせ俺達の反応が怖かったとかなんだろうけど! 知ってるけど!」

「うう、その通りです…」

「旭。本当に来てたんだな」

「よかった」

追いついた澤村と清水にそう言われ、東峰は頭を掻く。

「うん、…その、来ないと、って思ったから」

「来ないと?」

要領を得ない言葉に3人は首をかしげたが、東峰の視線が校舎──正確には、入学式が終わって1年達が移動したはずの教室棟に向いているのを見て、はっとした顔になった。

「それって、日向達の話?」

「ラインで、何度も、一緒にバレーしたいって言ってくれて」

それで、と東峰は照れたように微笑む。

「本当はそう言われても、戻らないと思ってたんだけど。…ずっと行ってないってことを白状しても、一緒にバレーしたいって言われたから」

「そんなことが」

澤村が目を見開いた。彼も日向達とは春休み中もラインをしていたが、東峰のことはどうしても言えなかった。それは菅原や清水もだ。だが、東峰自身が伝えることを選び、日向も影山も、それをきちんと受け止めてくれていた。

それは、きっと、

「好かれてんなあ、うらやましい」

「え、スガもすごく懐かれてるよ」

それほど慕われているのだろうと、澤村は思う。

彼らのエースは、普段はへなちょこであっても、芯は強い。そして日向も影山も、当事者ではない──ある意味では簡単に東峰を責めることもできる立場であるにも関わらず、責めるのでも呆れるのでもなく、バレーがしたいと言ってくれているのだと言う。

それほどまでに真っ直ぐな敬愛をくれる後輩を、無下にするような性格ではない東峰は、“考え直す”という選択肢を視野に入れることができた。

「…助けられちゃったね」

「ああ、そうだな」

「………」

清水と澤村は思わず笑い、東峰も恥ずかしげに視線を彷徨わせながらも笑う。そして、

「…よかった」

その光景に、少し泣きそうになりながら微笑んだ菅原は、東峰の背中をバシンと叩いた。

「ほら、そろそろ1年達が出てくるから移動するべ。入学初日からお前にびびらされるなんてかわいそうだろ」

「確かにな」

「ひどくない!?」

「とりあえず、そっちのほうにいればいいかな」

「じゃあ、俺が2人を呼びに行くな」

「えっ…スルーされた…」

わいわいと話す4人は、以前の雰囲気を取り戻し始めていた。





「びっくりするかな」

菅原が1年2人を呼びに行ったのを待っていると、清水がふと呟いた。

「東峰がいるって知らないだろうし」

「うん、まあ、そうだね」

東峰は、門に向かう新入生の集団を眺めながら答える。

あのやり取りは、顔を合わせないライン上でのもので、直接会うのは本当に久しぶりだ。だが、少し緊張しながらも、不思議と不安は感じなかった。

その時、

「無事に見付けたらしいな」

澤村がそう言いながらひょいと手を上げた。正面玄関前から戻ってくる菅原の後ろに、オレンジ色と黒が並んでいる。

日向と影山が目を丸くするのを見た東峰は、自然と口元を緩めた。
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