番外2―2

【日向・東峰ライン】

ひなひな:今日制服ができあがって
ひなひな:母さんと取りに行きました!
ひなひな:烏野の制服うれしいです!

旭:そっか
旭:本当にもうすぐになったなあ

ひなひな:はい!
ひなひな:入学すんの楽しみです( ´ ▽ ` )



旭:日向

ひなひな:はい

旭:バレー部のことなんだけど

ひなひな:はい



旭:ごめん
旭:何言いたかったか忘れた

旭:思い出したら言うな
旭:おやすみ

ひなひあ:はーい
ひなひな:おやすみなさい!




「言えなかった…!」

東峰は枕に突っ伏して呻いた。

せっかく言おうとしたのに、途中まで書き込もうとしてたのに。気付けば、書きかけた文章を消していた。

「言わないといけないのに」

時間がなくなってきている。日向達が入学すれば、もうごまかすことはできない。もし、東峰が何も言わないまま、日向も影山も何も知らないままバレー部に入部したら。

(軽蔑するだろうなあ)

バレー部にいるふりをして、逃げてしまった3年生のことを2人はどう思うだろうか。それを考えるだけで苦しい。そして、それ以上に、

(傷付く、よな)

あれほど慕ってくれている下級生を、傷付けたくはないと、東峰は思っている。だから、どうしても、入学式までに自分の状況を告白しないといけない。

「明日こそ、伝えよう」

東峰は決意を新たに、目を閉じた。





「言おうと、してくれた?」

画面を見つめながら、日向はぽつんと呟いた。

春休みが終わりに近付いているが、恐らく東峰はまだバレー部に戻っていない。ラインをするたびに文字上からでも分かるほど歯切れの悪い返事が返ってくるのは、隠し事をしているという負い目があるからではないかと思う。

そのたびに、こうして楽しみだと言うのは負担になるかもしれないと考え、それでも早く戻ってきてくれるかも知れないと思うとやめられなかった。だから、何も言わないで待つ、という選択肢は日向にはない。

けれど本当は、楽しみだと、一緒にバレーがしたいと言うだけでなく。

──知っていると、言いたい。

影山には東峰の事情を知っていることを言うわけにはいかないと言ったものの、相手が苦しんでいるのに気付きながらも知らないふりをし続けるのは大変なことだった。ましてや、相手は“前回”でも“今回”でも尊敬し、慕い続けている先輩だ。

知っている。部活に行っていないことも、その原因も、バレーが嫌いになったわけではないと言うことも。

分かっている。ある日突然現れてまとわりついたにも関わらず、日向と影山を大事に思ってくれていることも、そして、隠していることを知られて2人に嫌われたくないと思っていることも。

全部、分かっていると伝えて、だからそんなに隠していることを苦しまないで欲しいと、本当は伝えたい。

だが、なぜそんなことを知っているのか、うまい言い訳が思い当たらない。それに、東峰だけではなく、澤村も菅原も清水も何も言っていないということは、それは言いたくないことなのだろうと思う。だから、自分達が知らないふりをして、それをずっと隠し通すのが、一番いいという結論になってしまう。

けれど、

(ちゃんと、前に進んでるのかも知れない)

もし、東峰が言いかけていたことが自分のことであるなら。結局はごまかしてしまったにせよ、隠していたことを言おうとしてくれていたということだ。

この膠着状態が良いほうに動いてくれますように、と、日向は祈った。





それからまた数日が経った。

「言わないと」

東峰はずっと悩んでいた。

日向達に現状を告白しなくては、と決意したのに、いざ言おうとすると、書き込む指が止まる。ぐずぐずしている間に、入学式は明日に迫ってきてしまった。

(いい加減、不審に思ってるよな…)

ここのところ、言いかけては寸前で止まる、ということを繰り返している。『言いたいことが』『バレー部のことなんだけど』『ちょっと話があるんだけど』などと書いているのに、すぐに『忘れた』だの『やっぱりいい』だの言う、ということを続けていれば、誰だって不審に思う。

「………」

ぐるぐると思い悩んでから、東峰は携帯を見る。

「ちゃんと、言おう」

自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

(2人に何があったか話そう)

「自分のことを話して、もう一緒にバレーはできないって言おう」

そうして、彼はラインの画面を開いた。





【日向・影山・東峰ライン】

ひなひな:旭さん?
ひなひな:なんでグループラインなんですか?

かげかげ:何かあったんすか?

旭:うん
旭:2人に言わないといけないことがあって

かげかげ:言わないといけないこと

旭:うん
旭:その、実は



旭:俺は今、バレーをしてない
旭:部活に行ってない
旭:怖くなって、逃げたんだ





(言ってしまった)

部活に行っていないこと、その原因となった試合のこと、エースでありながらチームの道を切り開く光景が見えなくなってしまったこと、もうバレー部に戻る気がないこと。

それらを全部一気に書き込んだ東峰は、最後に謝った。

──だましててごめん

(もう、ラインもしないほうがいいだろうな)

菅原のように大騒ぎをしていたわけではないが、東峰にとっても日向達は大事な後輩だ。だから、離れてしまうのは寂しい。それでも、日向も影山も、こんな人間とは話したくはないのでは、と思ってしまう。

泣きたい気持ちになりながらも画面を伏せたその時。

軽やかな電子音が聞こえ、東峰は慌てて画面を見す。通知が来ているラインのアイコンを、震える指で押した。





かげかげ:旭さん
かげかげ:あの
かげかげ:俺は

かげかげ:でも、俺は
かげかげ:旭さんと、バレーしたいっす

ひなひな:俺も!
ひなひな:バレーしたいです!
ひなひな:あと
ひなひな:だましてたっていうか、言いたくなくてだまってただけだし
ひなひな:なんていうか
ひなひな:えっと
ひなひな:怒ってないです!




“前回”では真っ正直に意見を言った。今回でも、それを言えたらよかったのかも知れない。

(バレーしたい、しか言えなかった)

影山は布団に突っ伏す。

“前回”では、ある意味まだ他人だったのだと、実感した。意見しようにも、どうしても戻ってきてほしいという気持ちが先行してしまう。

「………」

これ以上何を言えばいいのか分からずに画面を見続けていた影山は、不意に鳴った電子音に瞳を瞬かせる。そして、

──ありがとう

画面に表示されていた東峰の言葉に、大きく息をついた。
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