終
そして、4月。
(懐かしいなー、この景色)
真新しい制服に着替えた日向は、しみじみとしながら椅子に座っていた。壇上では校長が話をしている。
現在彼がいる場所──烏野高校の体育館では、入学式の真っ最中だった。
周りのクラスメイト達は緊張している顔が多いが、日向は2度目であり、緊張する理由もなかったのでこっそりと周囲を眺める余裕がある。席が離れているため顔は見えないが、おそらく影山もそうだろう。
(や、あいつなら寝てるかもな)
身長の関係で日向はその様子が見えるほど近くに座っていたことがないので聞いた話でしかないが、中学の式典ではずっと居眠り常習犯だったらしい影山のことなので、またうとうとしている可能性のほうが高い。中学の時は教師に見付かる前に周りが起こしてくれていたらしいが。
そうしている間に校長の式辞が終わり、来賓や生徒会長、新入生の挨拶が入り、校歌斉唱に続き。
特に何事もなく、入学式は幕を閉じた。
「あー、なんか疲れた」
「眠かった」
「だろうな」
式の後に教室で担任から挨拶されたり連絡事項を聞いたりしたあと、ようやく解放された日向達は、ほかの新入生に混じって外に出た。そして、
「おーい」
ひらひらと手を振る菅原に出迎えられ、揃って瞳を瞬かせる。
「わ、スガさん」
「ちわっす」
こちらに歩いてきた菅原は、明るく笑って2人の肩をポンと叩いた。
「入学おめでとう!」
「「あざっす!」」
入学直後に上級生に話しかけられている日向達を、周りが珍しそうに眺めながら通り過ぎていく。
「でさ、日向も影山も、時間ある?」
「え、俺はもう帰るだけですけど」
「俺もです」
「よかった。なら、ちょっと一緒に来てくれないかな」
「…? はい」
「うっす」
何かあるのかと首をかしげながら2人が菅原について歩いていくと、待っていたのは澤村と清水、そして、
「「旭さん!」」
“前回”ではこの時期はすでに部から離れていたはずの東峰だった。
“前回”において東峰の心が一度折れてしまう原因だった試合は、“今回”でもあった。入試本番直前だった日向と影山はさすがに応援に行けず、気を揉んでいたのだが、結局試合の結果は変わらなかったらしい。菅原からのラインにはそれほど詳しいことは書いてなかったが、“鉄壁”と言われる伊達工業との試合で敗退したことは教えてくれた。
東峰についてのこと、“前回”と同じであれば彼と言い争いになったはずの西谷については、書いてなかったが。
2人が目を丸くしていると、東峰が照れたように笑った。
「日向も、影山も、ラインで何度も一緒にバレーするの楽しみにしてるって言ってただろ?」
「え、はい」
「言ってました」
こちらは本来なら東峰の事情を知らない立場なのであまり突っ込んだことは言えない。だから、何も知らないふりをして、“早く一緒にバレーがしたい”と言い続けていただけだったのだが。
昨日になって、東峰から、試合の話を、自分の心が折れた時のことを、教えられた。
──その試合のあとからずっと、バレー部に行ってなかったんだ
──だましててごめん
急にグループラインを作って2人を呼び込み、試合のことを告げた東峰に、影山はどう返事をすればいいのか、分からなかった。
もともと、それほど話し上手なわけではない自覚はある。だから、必死に考えた後、
──でも、俺は
──旭さんと、バレーしたいっす
言えたのはそんな言葉だけで、自分の言葉足らずが憎くなった。けれど、今ここに東峰がいるということは、何か影響があったのだろうか。影山は期待を込めて大柄な先輩の顔を見たが、
「本当のところ、まだ、部に戻る決心はついてない」
「…っ」
「…はい」
やはり当事者でもなんでもない2人からのラインではそこまでの影響力はなかったらしい。それは薄々予想はしていたことではあったものの、改めてそう言われると寂しかった。
しゅん、と眉を下げた影山達を見て、普段は慌てるだろう東峰は、ごめんな、と苦笑する。
「でも、ちゃんと、考えようと思う。逃げるばかりじゃなくて」
「…っ、は、い!」
「待ってます!」
「旭からラインのことは聞いた。ありがとう」
勢いよく頷いた2人に向かって、菅原が笑みをこぼす。
「正直、俺達ではこいつをここまで早く動かすことはできなかったと、思うんだ。こいつ、ほんっとにへなちょこだから」
「うっ、今回ばかりは否定できない」
「そんなことないです!」
「実際、ラインのことがあって考えが変わったんだろ?」
「でも、」
東峰が本当に決心をつけるには、菅原含め共に戦ってきたチームメイト達がいないといけないことは間違いない。あわあわと手を振る日向と、困って首をかしげる影山に向かって、澤村も笑う。
「本当に、ありがとうな」
「え、や、いえ」
「えっと」
あたふたする影山達を見て、清水がパンと手を叩いて注目を集めた。
「菅原、澤村。日向も影山も、困ってるから」
「あ…悪い」
「ごめんごめん。びっくりしたよな」
冷静に注意されて、2人は首をすくめる。
「大丈夫です」
「びっくりは、しましたけど」
日向と影山が首を振ると、菅原がチームメイト達を見た。
「じゃあ、仕切り直し」
「ああ」
澤村が頷いて、こちらに身体を向け直す。そして、
「2人とも、入学おめでとう。それから、」
澤村は穏やかに、菅原は明るく、東峰は照れたように、清水は静かに、笑った。
「「「「ようこそ、烏野へ」」」」
(懐かしいなー、この景色)
真新しい制服に着替えた日向は、しみじみとしながら椅子に座っていた。壇上では校長が話をしている。
現在彼がいる場所──烏野高校の体育館では、入学式の真っ最中だった。
周りのクラスメイト達は緊張している顔が多いが、日向は2度目であり、緊張する理由もなかったのでこっそりと周囲を眺める余裕がある。席が離れているため顔は見えないが、おそらく影山もそうだろう。
(や、あいつなら寝てるかもな)
身長の関係で日向はその様子が見えるほど近くに座っていたことがないので聞いた話でしかないが、中学の式典ではずっと居眠り常習犯だったらしい影山のことなので、またうとうとしている可能性のほうが高い。中学の時は教師に見付かる前に周りが起こしてくれていたらしいが。
そうしている間に校長の式辞が終わり、来賓や生徒会長、新入生の挨拶が入り、校歌斉唱に続き。
特に何事もなく、入学式は幕を閉じた。
「あー、なんか疲れた」
「眠かった」
「だろうな」
式の後に教室で担任から挨拶されたり連絡事項を聞いたりしたあと、ようやく解放された日向達は、ほかの新入生に混じって外に出た。そして、
「おーい」
ひらひらと手を振る菅原に出迎えられ、揃って瞳を瞬かせる。
「わ、スガさん」
「ちわっす」
こちらに歩いてきた菅原は、明るく笑って2人の肩をポンと叩いた。
「入学おめでとう!」
「「あざっす!」」
入学直後に上級生に話しかけられている日向達を、周りが珍しそうに眺めながら通り過ぎていく。
「でさ、日向も影山も、時間ある?」
「え、俺はもう帰るだけですけど」
「俺もです」
「よかった。なら、ちょっと一緒に来てくれないかな」
「…? はい」
「うっす」
何かあるのかと首をかしげながら2人が菅原について歩いていくと、待っていたのは澤村と清水、そして、
「「旭さん!」」
“前回”ではこの時期はすでに部から離れていたはずの東峰だった。
“前回”において東峰の心が一度折れてしまう原因だった試合は、“今回”でもあった。入試本番直前だった日向と影山はさすがに応援に行けず、気を揉んでいたのだが、結局試合の結果は変わらなかったらしい。菅原からのラインにはそれほど詳しいことは書いてなかったが、“鉄壁”と言われる伊達工業との試合で敗退したことは教えてくれた。
東峰についてのこと、“前回”と同じであれば彼と言い争いになったはずの西谷については、書いてなかったが。
2人が目を丸くしていると、東峰が照れたように笑った。
「日向も、影山も、ラインで何度も一緒にバレーするの楽しみにしてるって言ってただろ?」
「え、はい」
「言ってました」
こちらは本来なら東峰の事情を知らない立場なのであまり突っ込んだことは言えない。だから、何も知らないふりをして、“早く一緒にバレーがしたい”と言い続けていただけだったのだが。
昨日になって、東峰から、試合の話を、自分の心が折れた時のことを、教えられた。
──その試合のあとからずっと、バレー部に行ってなかったんだ
──だましててごめん
急にグループラインを作って2人を呼び込み、試合のことを告げた東峰に、影山はどう返事をすればいいのか、分からなかった。
もともと、それほど話し上手なわけではない自覚はある。だから、必死に考えた後、
──でも、俺は
──旭さんと、バレーしたいっす
言えたのはそんな言葉だけで、自分の言葉足らずが憎くなった。けれど、今ここに東峰がいるということは、何か影響があったのだろうか。影山は期待を込めて大柄な先輩の顔を見たが、
「本当のところ、まだ、部に戻る決心はついてない」
「…っ」
「…はい」
やはり当事者でもなんでもない2人からのラインではそこまでの影響力はなかったらしい。それは薄々予想はしていたことではあったものの、改めてそう言われると寂しかった。
しゅん、と眉を下げた影山達を見て、普段は慌てるだろう東峰は、ごめんな、と苦笑する。
「でも、ちゃんと、考えようと思う。逃げるばかりじゃなくて」
「…っ、は、い!」
「待ってます!」
「旭からラインのことは聞いた。ありがとう」
勢いよく頷いた2人に向かって、菅原が笑みをこぼす。
「正直、俺達ではこいつをここまで早く動かすことはできなかったと、思うんだ。こいつ、ほんっとにへなちょこだから」
「うっ、今回ばかりは否定できない」
「そんなことないです!」
「実際、ラインのことがあって考えが変わったんだろ?」
「でも、」
東峰が本当に決心をつけるには、菅原含め共に戦ってきたチームメイト達がいないといけないことは間違いない。あわあわと手を振る日向と、困って首をかしげる影山に向かって、澤村も笑う。
「本当に、ありがとうな」
「え、や、いえ」
「えっと」
あたふたする影山達を見て、清水がパンと手を叩いて注目を集めた。
「菅原、澤村。日向も影山も、困ってるから」
「あ…悪い」
「ごめんごめん。びっくりしたよな」
冷静に注意されて、2人は首をすくめる。
「大丈夫です」
「びっくりは、しましたけど」
日向と影山が首を振ると、菅原がチームメイト達を見た。
「じゃあ、仕切り直し」
「ああ」
澤村が頷いて、こちらに身体を向け直す。そして、
「2人とも、入学おめでとう。それから、」
澤村は穏やかに、菅原は明るく、東峰は照れたように、清水は静かに、笑った。
「「「「ようこそ、烏野へ」」」」