3
日向の部屋に通された影山は、何とはなしに周りを見回していた。高校3年間、時々遊びに来ていたこの部屋は、なんだか懐かしい。
「紅茶淹れた」
「サンキュ」
紅茶とクッキーを持ってきた日向が、影山の前に座った。
「一応確認するけど」
「おう」
「俺の“前回”の記憶は、お前と話してたらトラックに突っ込まれたところまで。26歳だったはずなのに、気付いたら14歳だった」
「俺も同じだ。25歳だったのが、今朝起きたら13歳だった」
「やっぱ同時に戻ってきたんだな」
やれやれと頭を掻いた日向は、クッキーを摘まんでいる影山を見る。
「で、“前回”と違うのは、お前が引っ越してきたこと」
「ばあちゃんの家から近いかららしい」
「お前のばあちゃん、こっちのほうに住んでたっけ?」
「“前回”は違った」
「そこも違うんだなー」
“前回”とは少し違う世界なのかもしれない、と日向は考えた。
「探せばもっと違いがあるのかもな」
「そう言えば」
何かを思い出したらしい影山が、日向も見覚えがある携帯を取り出した。
「この携帯を買ってもらったの、“前回”よりも遅かったらしい」
「へえ。“前回”はいつだった?」
「“前回”は6月だったはずだ。先輩達が引退する前に買ってもらった。で、“今回”は買ってもらったのは夏休みに入ってかららしい」
「そんな細かい違い、よく気付いたよな」
2ヶ月ほどのずれでは、大して変化はないはずだ。日向が首をひねると、影山はいくつか操作してから携帯を見せてきた。
「…? アドレス帳?」
家族の連絡先しか入っていないらしいそれを見るが、特におかしいところはない。
「分かんねぇか?」
「うん。なんかおかしい?」
「おかしいっつうか、“前回”と違って金田一達の連絡先がない」
「…あー、そっか」
“前回”は、部活の連絡のためにも金田一と国見とは連絡先を交換したし、及川に勝手に登録されたりもしていた。
“今回”携帯を買ってもらったのは、すでに北一の部員ではなくなっている時期だ。わざわざ訊きには行かなかったのだろう。
「だから、向こうも俺の連絡先は知らねぇ」
「引っ越し先は?」
「どうなんだろうな。言ってねぇかも。俺だし」
「…それ、言ってて悲しくならねぇ?」
「いや別に」
自虐のような言葉に日向は微妙な顔になったが、言った本人はけろりとしている。何しろ、影山にとっては12年前の話だ。今更悲しいも何もない。
「…まあいいや。で、言ってないとしたら、向こうからしたらお前がどこに行ったか分かんないってことだよな」
「転校先ぐらいは知ってるかもな」
あっさりとそう言った影山に、日向は片眉を上げてみせた。
「お前、“前回”のらっきょ達とは結構仲良かったし、大王様達ともなんだかんだ話してたじゃん。いいの?」
「お前、いい加減らっきょ呼びはやめてやれ」
「いやもうなんか癖で」
妙なセンスの渾名で人を呼ぶのが昔からの日向の癖だったが、未だに直っていないらしい。
「まあ、そんなことより」
「そんなことで片付けられたぞ金田一」
「いーじゃんいーじゃん。…で、さっきの質問の答えは?」
「どっちにしろ、そのうち会うからな」
どこまでもらっきょ扱いの金田一に少々同情しながらも返事をした影山は、残っていた紅茶を飲み干した。それを眺める日向は、相手に気付かれない程度に苦笑する。
──いくらかずれがあっても、基本的には“前回”と同じ流れを辿っているならば。彼らのほうは、多少なりとも喪失感を味わっているのではないか。
無意識に人を惹き付けることがあった日向の相棒は、かつての先輩を含む数人に妙に意識され、執着されていた。
烏野にその執着心を見せる者はいなかったのもあり、特に大きな問題は起こらなかったが。
(向こうがどう思ってても、影山のほうはぜんっぜん意識してねぇけどなー)
きちんと影山と向き合わずに孤立させたから悪いのだと、日向は心の中で舌を出した。
「紅茶淹れた」
「サンキュ」
紅茶とクッキーを持ってきた日向が、影山の前に座った。
「一応確認するけど」
「おう」
「俺の“前回”の記憶は、お前と話してたらトラックに突っ込まれたところまで。26歳だったはずなのに、気付いたら14歳だった」
「俺も同じだ。25歳だったのが、今朝起きたら13歳だった」
「やっぱ同時に戻ってきたんだな」
やれやれと頭を掻いた日向は、クッキーを摘まんでいる影山を見る。
「で、“前回”と違うのは、お前が引っ越してきたこと」
「ばあちゃんの家から近いかららしい」
「お前のばあちゃん、こっちのほうに住んでたっけ?」
「“前回”は違った」
「そこも違うんだなー」
“前回”とは少し違う世界なのかもしれない、と日向は考えた。
「探せばもっと違いがあるのかもな」
「そう言えば」
何かを思い出したらしい影山が、日向も見覚えがある携帯を取り出した。
「この携帯を買ってもらったの、“前回”よりも遅かったらしい」
「へえ。“前回”はいつだった?」
「“前回”は6月だったはずだ。先輩達が引退する前に買ってもらった。で、“今回”は買ってもらったのは夏休みに入ってかららしい」
「そんな細かい違い、よく気付いたよな」
2ヶ月ほどのずれでは、大して変化はないはずだ。日向が首をひねると、影山はいくつか操作してから携帯を見せてきた。
「…? アドレス帳?」
家族の連絡先しか入っていないらしいそれを見るが、特におかしいところはない。
「分かんねぇか?」
「うん。なんかおかしい?」
「おかしいっつうか、“前回”と違って金田一達の連絡先がない」
「…あー、そっか」
“前回”は、部活の連絡のためにも金田一と国見とは連絡先を交換したし、及川に勝手に登録されたりもしていた。
“今回”携帯を買ってもらったのは、すでに北一の部員ではなくなっている時期だ。わざわざ訊きには行かなかったのだろう。
「だから、向こうも俺の連絡先は知らねぇ」
「引っ越し先は?」
「どうなんだろうな。言ってねぇかも。俺だし」
「…それ、言ってて悲しくならねぇ?」
「いや別に」
自虐のような言葉に日向は微妙な顔になったが、言った本人はけろりとしている。何しろ、影山にとっては12年前の話だ。今更悲しいも何もない。
「…まあいいや。で、言ってないとしたら、向こうからしたらお前がどこに行ったか分かんないってことだよな」
「転校先ぐらいは知ってるかもな」
あっさりとそう言った影山に、日向は片眉を上げてみせた。
「お前、“前回”のらっきょ達とは結構仲良かったし、大王様達ともなんだかんだ話してたじゃん。いいの?」
「お前、いい加減らっきょ呼びはやめてやれ」
「いやもうなんか癖で」
妙なセンスの渾名で人を呼ぶのが昔からの日向の癖だったが、未だに直っていないらしい。
「まあ、そんなことより」
「そんなことで片付けられたぞ金田一」
「いーじゃんいーじゃん。…で、さっきの質問の答えは?」
「どっちにしろ、そのうち会うからな」
どこまでもらっきょ扱いの金田一に少々同情しながらも返事をした影山は、残っていた紅茶を飲み干した。それを眺める日向は、相手に気付かれない程度に苦笑する。
──いくらかずれがあっても、基本的には“前回”と同じ流れを辿っているならば。彼らのほうは、多少なりとも喪失感を味わっているのではないか。
無意識に人を惹き付けることがあった日向の相棒は、かつての先輩を含む数人に妙に意識され、執着されていた。
烏野にその執着心を見せる者はいなかったのもあり、特に大きな問題は起こらなかったが。
(向こうがどう思ってても、影山のほうはぜんっぜん意識してねぇけどなー)
きちんと影山と向き合わずに孤立させたから悪いのだと、日向は心の中で舌を出した。