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まだまだ寒いとは言え、少しずつ春めいてきたある日。

その日は──、宮城県内の公立高校入試の、合格発表だった。

「あああああ緊張する!」

「うううるせえぞボゲ!」

そんなわけで、受験生である日向と影山も、合否を確認しに烏野まで来ていた。ちなみに、泉も関向も別の公立校を選んだため、今日は一緒ではない。

「いやでも“前回”の分あるから“今回”のほうが分かったし“今回”のほうが勉強がんばったし…」

「先生は自信持っていいっつってたし…」

試合では冷静な2人も、こと勉強関連となると相変わらず弱い。“前回”の積み重ねがある分“今回”では成績が上がっていたことと、受験勉強は烏野の先輩達に見てもらっていたことで烏野の偏差値には多少余裕を持って到達していたし、本番でも緊張はしたものの大した失敗はしていないはずなのだが。

「腹痛くなってきた…」

「………」

二度目だろうがなんだろうが受験というのは緊張する。滑り止めの私立受験は2人とも同じ高校を受けて合格しているのだが、入りたいのは烏野だ。

(入れる、はず、だよな)

影山はそう思いながら、ぐっと拳を握り締める。弱腰では運が逃げる、とクラス担任に言われたことを思い出しながら、なんとか自分を落ち着かせようとした。

「入れる合格できる絶対合格してバレー部入ってバレーする」

隣でぶつぶつと呟いている日向は、先ほどから腹をさすっている。緊張すると腹を下す癖がこんなところで戻ってくるとは本人も思わなかっただろう。

見ていると自分まで腹痛を起こしそうだったので、影山は合格発表が張り出される校舎の壁に視線を向けた。そして、

「…! 日向!」

大きな紙を持って歩いてくる人影を見て、うつむいて自分に暗示をかけていた相棒を呼ぶ。驚いて顔を上げた日向は、紙を張り出している職員を見て息を吐いた。

「…きた」

さすがに肝が据わったのか静かになった日向は、すでにほかの受験者が壁に押し寄せてるのに苦笑して、こちらに視線を向ける。

「あそこに混じったら怪我しそうだな」

「…少し待ってから行くか」

離れたところで人の波が収まるのをしばらく待っていた2人は、ふと人波から見知った少女が弾き出されるのを目撃して目を丸くした。案外勢いが良かったのか、そのまま尻餅をついた彼女に、影山達は慌てて駆け寄る。

「ちょ、大丈夫っすか」

「怪我しなかった!?」

「へ? あ、は、はひ!」

よろよろと立ち上がった少女──谷地は、突然かかった声に目を丸くして背筋を伸ばした。

「だだだだ大丈夫ですすいません!」

「大丈夫ならいいけど…ってか謝る必要ないし」

「怪我しなかったならそれで」

「いいいいいいえ! 私なんぞがそんな心配をしていただく価値なんてないので! すいません!」

やたらと勢いよく首を振り、振りすぎたのか少しよろめいている谷地は、初対面であれば面食らっただろうが、あいにくと影山も日向も“前回”ですっかり慣れてしまっている。

「ぶっふ、そんな慌てなくても…っ」

「おい、笑うな…っ」

思わず吹き出した2人は、気付けばいくぶん緊張が解けていた。





谷地が落ち着くのを待っていると、貼り出された紙の前の人の勢いが収まり始めた。これならそばまで近寄っても問題なさそうだと思った2人は、なんとはなしにそのまま谷地と共に移動する。

「うううううありますようにありますようにありますように」

影山達から離れて進学クラスの合格者番号のほうに谷地が歩いていく。離れていくときに、ぶつぶつと呟く声が聞こえた。

「あるはずあるはずあるはずあるはず」

傍らの日向も、背伸びをして自分の番号を探しながらひたすら呟いている。その声を聞き流しながら、影山も自分の受験番号を探し始めた。

そして、

「あ…!」

すでに暗記してしまった番号を見付け、影山の鼓動が速くなる。慌てて受験票の控えを取り出して見比べ、

「あった!」

今度こそ声を弾ませた。その直後、

「見付けた!」

日向も自分の番号を指差して声を上げる。何度も受験票の控えと張り紙を見比べ、間違いないのを確認して拳を握りしめた。

「や…った…!」

そして、日向は影山を見上げて笑う。

「受かったな!」

「おう!」

にっと笑い合い、後ろの邪魔にならないようにその場を離れる。

「谷地さん、どうなったかな」

「“前回”と同じなら受かってるだろ」

どうしても気になって、2人はそのまま谷地を待った。

いくらも経たないうちに、人混みの中から小柄な姿が押し出されてくる。こちらに気付いたらしい谷地は、やはり合格していたらしい。先ほどよりもずいぶんと明るい顔でこちらにぱたぱたと寄ってきた。

「受かりました!」

「俺も!」

「全員受かってたな」

笑顔を向けられて、日向と影山も笑顔を返すと、谷地は目を丸くしてから慌てたように頭を抱える。

「ああああすいません慣れ慣れしい口を聞いてしまいましたお二人のファンに殺られる…!」

「いやいやいやファンなんていないから!」

「つうか、こんなところで殺られるも何もないと思うんすけど」

「すいませんすいませんんんん」

「いや、ちょ、」

このまま土下座しそうになっている谷地を影山が慌てて押し留める。

「おーい、落ち着いてー」

「なんも怖いことないっすよ?」

しばらく周りの視線を集めながらわあわあと騒いでいた3人だったが、やがて日向がよしっと声を上げる。

「俺、日向翔陽!」

「…? 影山飛雄っす」

「ひょ!? えええええっと、あの、谷地仁花でふ!」

日向の唐突な自己紹介に、目を丸くしながらも影山が続くと、谷地も慌てて名乗る。突然何を言い出すのかと、影山と谷地が揃って首をかしげていると、視線を受けた日向が明るく笑ってみせた。

「せっかくみんな受かったんだし、これからよろしくな! というわけでかしこまる必要も土下座する必要もなし!」

「え、え、え、あ、うん!」

日向の勢いに呑まれた谷地がこくこくと頷くのを見ながら、影山は思わず感心する。このある種強引で相手を簡単に巻き込んでしまうコミュニケーション方法は、日向の得意技だ。

先ほどまでおろおろしていた谷地も、日向の勢いのおかげで少し落ち着きを取り戻したらしい。へにゃ、と眉を下げて笑ってみせた。

「えっと、じゃあ、日向くんも、影山くんも、これからよろしくね」

「うっす。よろしく」

「俺は呼び捨てでいいからなー!」

「あ、うん、よろしく日向!」

「よろしく!」

「えっと、あと、」

ぺこんと頭を下げた谷地は、影山に身体を向ける。

「ええと、影山くんも、敬語いらないよ?」

「え、…あー、分かった」

“前回”でずっと敬語を付けていた癖が出ていたらしい。

完全に無意識だった影山は、頭を掻いて頷いた。けらけらと笑っている日向の頭を軽く叩いたものの、影山の顔は自然と穏やかになる。

懐かしい仲間に再び会えたことが、とても、嬉しかった。
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