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──及川さんが来てます

──花巻さんと松川さんはこっちに来れますか?

日向が花巻と松川にラインを送ったのは、菅原が前に出て及川と言い争っている時だった。

最初は自分が飛び出そうとしたのだが、菅原のほうが素早く動いたため、そちらは任せることにして自分はストッパーになりそうな相手に連絡をしていた。

しばらくして、一緒に観戦していたものの試合の後及川と岩泉とははぐれてしまった、という返事がきて、日向はほっとした。欲を言えば2人、というか及川を捕まえていてほしかった、というのが本音だが、すぐに来れる場所にいるというのはありがたい。

そして、

「及川! 岩泉!」

「何してんだよ!」

(ようやく来た)

ラインを送ってからしばらくして外に飛び出してきた2人を見て、日向は口の端を上げる。

様子がおかしい及川に周りは慌てていたが、“前回”でその片鱗を見ていた日向は驚かなかった。もちろんここまで様子がおかしかったのは初めてなので、花巻達の到着を密かに待ち望んでいたのだが。

「お前どうしたんだよ! 最近本当におかしいぞ!」

異常に思ったらしい花巻の顔が若干青い。松川は素早く及川の首根っこを引っ掴み、後ろに引き戻した。

「岩泉もだ! 及川ほどじゃないだけでお前もおかしいからな!?」

「…っ」

岩泉は自覚があったのか、花巻の咎める声に反論せずに黙っている。

「前からやたらトビオちゃんのこと気にしてるとは思ったけどな」

「前から…?」

松川の言葉に眉を吊り上げた澤村が、俯いているせいで表情が伺えない及川のほうを見る。

「…君らは関係者?」

「この子達の応援に来た者だ」

簡潔にそう答えた澤村に頷いた松川は、陰に隠されている影山に視線をちらりとやって迷うような顔をした。

「影山」

「うっす?」

その顔を見て何か察した清水が、影山に声をかける。

「先に行ってない?」

「でも」

「これ以上嫌な思いして欲しくないし、ああいうタイプとは話せば話すほど泥沼だから」

これまで黙っていた彼女も、実は相当怒っていたらしい。さらりとそう言いながら、影山ににこりと笑いかける。

「それに、あなたがこの場を離れないと後輩の子達も離れられないよ」

「あ、」

「せっかく年上が揃ってるんだから、あとは澤村達に任せて」

「うん、先に行ってて欲しいな」

(これは逆らえねーなこいつ)

畳み掛けるように言葉を続ける清水を見ながら、日向はこっそりそう思った。

元々身に染み付いた体育会系の性質上、目上の人間にはあまり逆らわない影山は、“今回”はまだ出会っていない1つ上の学年も含め烏野の先輩達には殊のほか弱い。

「…分かりました」

案の定、清水に加えて東峰にまでお願いされた影山はおとなしく頷いてこちらを振り向いた。

「行くぞ」

「「「「はい!」」」」

揃って返事をした1年達は、背後の高校生達を気にしながらも影山の周りに固まる。

「…バレー部、お前の影響出てるぞ」

「そのうち立派なセコムになりそう」

その光景を見た関向と泉がなんとも言えない顔をしたので、日向は胸を張って見せた。

「いいだろ」

「いいのか…?」

「…いいんじゃないかな、しっかり成長してるみたいだし」

と、そこで清水に連れられ、前方の影山達が歩き出した。

「待っ、」

続いて移動しようとした3人は、背後から聞こえた声に振り向く。声の主を睨みつけた日向は、そちらに一歩踏み出した。

「影山に、あれだけ、拒絶されて、まだ、何か、あるんですか?」

「…っ」

一言一言区切るようにして投げつけた言葉と、思い切り力を込めた視線に、及川が怯んだ。

「さっきも言いましたけど」

仁王立ちした日向は、静かに瞳を細める。

「あなたの“後輩”はここにはいません」

声を荒げず、静かに、けれど怒りを込めて、影山飛雄の唯一無二の相棒は言った。

「あいつは、雪ヶ丘バレー部のメンバーで、北川第一でも、青葉城西でもないです。──あなたにとって、ただの、“元”後輩でしかない」

「………」

その言葉に、反論がないのを確認して、日向達は今度こそ歩き出した。

「翔ちゃん」

「んー?」

「あの人、魂が口から抜けそうな顔になってたけどいいの?」

言い得て妙な泉の言葉に、日向は思わず笑う。

「あれぐらい言わないと分かんないだろ。分かんないままつながりを持とうとしたって、お互い苦しいだけだし」

正直なところ及川が苦しいだけなら放っておきたい日向だが、影山に余計な負担がかかるのは問題だ。

「でもさ、もう一人の岩泉さん? はそこまで悪い人じゃなさそうだったけどな」

関向の言葉に、泉が頷いた。

「確かに、止めてくれたね」

「あー、まあ」

北川第一では影山の味方とは言い難かったが、少なくともその自覚はしたようだし、離れようとする影山を引きとめようとはしなかったし、さらには及川に歯止めをかけていた。日向は、岩泉への心証を少し上方修正することにする。

「あ、みんな待ってる」

泉の言葉に前を見ると、先に行っていた影山達が3人を待って立ち止まっていた。

3人はそちらに向かってばたばたと駆け出した。





「…で、前からってどういうことなんだ?」

日向からの渾身の一撃を喰らった及川が沈み込んでるのを横目に、澤村は話を戻した。

「卒業したからそこまで関わりないはずなのにトビオちゃんの話題だけは次から次に出てきてさ」

「トビオちゃんが転校したって知った後なんてやたら荒れてて」

「そこまで気にしてたのにちゃんと後輩として扱ってあげなかった?」

「…ああ、そうだな」

怒りが収まらない菅原の声に反応したのは、岩泉だった。

「俺も、こいつも、自分のことばかりで影山を気遣わなかった。それなのに自分の感情ばかり押し付けようとしたんだ。だから、離れたいと思わせちまった」

自覚があるのか、と澤村は目を見開く。その反応を見て、岩泉は苦く笑った。

「本当は一言謝りたいんだけどな」

「…影山は、謝られたくないと思うぞ」

「分かってる。ここで無理に謝るのは自己満足だ」

だから、と彼は言葉を続ける。

「いつか、普通に関われるようになったら、その時に謝る」

「「………」」

花巻と松川が黙って頷き、未だに沈んでいる及川を見た。

「で、」

「こいつは?」

「そいつにもきっちり言い聞かせる。またちょっかいかけようとするんなら止める」

岩泉はそう言いながら、幼馴染みの襟首をつかむ。

「おい」

「ぐえっ」

必然的に首が締まったことで、及川が反応した。

「帰って頭冷やすぞ」

「岩ちゃん、」

「帰ったらまず一発殴るからな」

「は!?」

そのまま自分より長身の幼馴染みを引きずっていく岩泉を見送って、花巻と松川は烏野の面々に向き直る。

「うちのチームメイトが迷惑かけてすまんね」

「トビオちゃんにもよろしくな」

「いや、駆けつけてくれて助かった」

頭を下げてくる2人を止めながら、澤村はほっと息をついた。
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