29

日向は不機嫌だった。それも、澤村が見たことないほどに不機嫌だった。

「君達さ、雪ヶ丘中学だよね?」

「そうですけど」

不機嫌の理由はどうやら目の前にいる高校生らしい。何かあるのか、と澤村はその長身の高校生を見た。その後ろにはもう一人高校生がいたが、こちらは今のところ黙って様子を見ているらしい。

日向の素っ気ない返事に一瞬顔を引きつらせたものの、高校生は言葉を続けようとしたのか口を開いた。が、

「すみません、この子達に何か用でも」

基本的に人当たりのいいはずの日向の態度があまりにもおかしい。怪しんだ澤村が割って入ると、言葉だけは丁寧だが不審に思っていることが伝わったらしい。相手も嫌そうな顔をしながらも口調を切り替えた。

「いやそんな警戒されるようなことじゃないんですけど。ただ、雪ヶ丘のバレー部に後輩がいるから」

この場にいる5人について言っているわけではなさそうだ、と澤村は考える。つまりは北川第一にいた影山の先輩か、と結論付けたが。

「…はあ?」

「…それで、何か用ですか?」

日向だけでなくなぜか菅原まで顔をしかめて反応したのを見て、澤村は再度問いかけた。自分達よりも影山の事情に詳しい菅原の態度からして、単純に顔を出しにきた先輩、というわけではなさそうだ。

「何も。ただ、久しぶりに顔を見たかっただけですよ?」

「すみません、もう帰るんで。それから、」

いまいち感情の読めない笑顔でそう言った高校生に、日向の冷え切った声が応えた。立ち上がった日向は、大きな瞳をすうっと細める。途端に、その辺り一帯の空気が妙に重くなった。

「─一緒にあなたの“後輩”はここにはいません」

「なっ」

「いや、おい、」

小柄な中学生が発したとは思えない威圧感に、相手も一緒にいた高校生も唖然としている。それを無視して、日向がくるりと振り向いた。

「帰るぞー」

「えっ」

「は、はいっ」

返事をした1年達が、慌てて立ち上がった。1年達や泉、関向がそれぞれが荷物を持ち上げているのを確認しながら、日向が烏野の面々に頭を下げる。

「急にごめんなさい」

「いや、大丈夫だ」

「確かにそろそろ帰らないとなー」

「俺達も、途中までは一緒に帰るよ」

(影山とは別のところで合流できるだろう)

この場にいたくないならそれでいいか、と考えた澤村も荷物を持った。菅原と東峰もにこりと笑って立ち上がる。影山の荷物は、と視線を向けると、すでに清水が回収していた。

こうして、ぽかんとしている2人の高校生を置いて、一行はその場を去った。





「さっきの2人、例の“先輩”だよな?」

「そうです」

入り口のほうに移動しながら菅原が日向に声をかけている。

「例の?」

「影山を、孤立させてた人です」

澤村も会話に混じると、不機嫌なままの日向から答えが返ってきた。

「孤立…、確かに北一では仲がいい先輩はいなかったとは言っていたが」

単に人付き合いがあまり得意ではなかった、という以上のものがあるらしい。

「爪弾きにされてたんだよ」

菅原の補足に、澤村は思わず眉をひそめた。

「つまり、才能があるから嫉妬でもされたか」

「単純な嫉妬以上なものがありそうだけど…その辺り、影山もあんまり把握してない気がするんだよなあ」

菅原が首をかしげる。確かに、ただの嫉妬の対象なら、わざわざ影山と関わろうとするのはおかしい気がする。日向が肩をすくめた。

「あいつ鈍いし、今は気にしてないっていうか、興味ないらしいです」

「…影山が気にしてないならそれでいいが。そういうことなら、顔を合わせないほうがいいな」

「翔ちゃん」

澤村が納得したところで、泉から声がかかる。

「影山、正面口の外で待ってるって」

「おー、さんきゅ」

どうやら連絡を取っていたらしい泉が携帯をしまっている隣で、関向が背後を振り返った。

「…追いかけてきたり、しないよな」

「いやそこまでしたらさすがに気持ち悪いから」

泉が突っ込むと、うう、と関向が唸る。

「だってさあ、前追いかけてきたし」

「あれそんなに怖かったの?」

「でかい高校生に全力で追いかけられたら怖いっての! 影山が顔見た瞬間に逃げたのもあると思うけど、なんであんなに粘着されて…、あ」

何か思いついた顔で関向が、日向のほうを見る。

「翔陽、」

「たぶんコージーの想像してる内容で合ってる」

「………。それならもっと好かれる努力しろよ…」

はは、と乾いた笑いを漏らす関向を見て、なんか知らないけどアイデアロール成功? と泉が呟いた。





──例のあの人がいたから、俺たちがそっちに行くね

「まじかよ」

金田一達と別れて戻ろうとしていた影山は、泉からのラインに顔をひくつかせた。

とりあえず、現在地から近く、なおかつ分かりやすい正面口の外にいると返すと、すぐに了承が返ってくる。それを確認して、影山は正面口に移動した。

日向達から分かりやすいところにいようかと思ったが、あまり中から見えやすい場所にいると及川に見つかりそうな気がする。とは言え、集合場所の正面口から離れるわけにもいかない。結局、影山は入り口の脇にずれて待つことにした。

はたから見ると、やたらと用心している影山がおかしいのだが、本人は真剣だ。壁際にひっそりと佇んで日向達を待っていると、ほどなくして待ち人達が来た。

「おーい、帰るぞー」

「おう」

「荷物持ってきたよ」

手を振る日向の後ろで、清水がカバンを見せる。

「あざっす!」

駆け寄って荷物を受け取った影山の頭を、清水がぽんぽんと撫でた。

「大変だね」

「…はい」

何とも言えない顔で、影山は頷いた。





合流したことで気が抜けた影山も、正面口に背を向けているほかの面々も気付かない。

正面口のほうから、必死に避けている相手が出てきたことに。だから、

「やーっぱりこっちだった」

よく知っている声を聞いた瞬間、影山は凍りついた。関向が思わずといった様子で呻く。

「…及川さん」

「久しぶり」

にっこりと笑った及川は、“大王様”というよりも“大魔王様”に見えた。
1/1ページ
スキ