28

国見にとって、影山はいつも厄介な存在だった。はっきり言って、自分とは性格的に合わない存在と言ってもいい。

けれど、合わないだけであれば、それはそれで気にしないようにすればいいだけだ。

それができなかったのは──バレーをする影山があまりにも輝いていて、綺麗で、惹かれてしまったからだった。

(だから、厄介だ)

イライラさせられるのに、惹かれてしまう。合わないだけなら、お互いに近付かなければいい。なのに、距離を感じると傷付いてしまう。どうしてこちらを見てくれないのかと、思ってしまう。

それでも、このまま一緒にいられると思っていた。

そんな根拠もない自信が破られ、影山が連絡先も何も知らせずに転校してしまった時は、本当にショックで。ようやく再会したと思えば、影山が見たこともない柔らかな顔を見せていたのも、転校先のことを楽しそうに話すのも、ひどく羨ましくて、またイライラした。

意固地になっている自覚はある。けれど、もう意地を張りすぎて、国見自身どうすればいいのか分からなくなっていた。





「………。え」

自分の声が、思ったよりも大きく響いた。

「俺が、分かってなかっただけで」

そう言った影山の顔を、国見はぽかんと眺める。こちらが突っかかった時に怒らなかったことも驚いたが、これはそれ以上の衝撃だった。

「…お前、どうしたの」

思わず呟いた国見に、青みがかった瞳が真っ直ぐに向けられる。

「ちゃんと分かってたわけじゃねえけど、ずっと、お前らと離れてる気がしてた」

こちらが一歩引いていたことは伝わってしまっていたらしい。

(…当たり前か)

いくら鈍感でも、あれだけ周りから排除されていれば伝わるに決まっている。どんな天才でも、影山は心のないロボットではなく、人間なのだから。

「………」

何を言えばいいのか分からずに俯きかけた、その時。

「それって、俺が壁を作ってたんだと、思う」

「「は!?」」

壁を作られたのではなく、自分が作っていたのだと言う影山に、国見も金田一も目を剥いた。

「雪ヶ丘に行ったら、いいやつばっかりだったから。北一に悪いやつばっかり固まってるわけねえし。俺が、壁作って、いいやつに気付けなかっただけだと思う」

ぽつぽつと言われる言葉は、相変わらずあまり頭が良さそうなものではなかったが。それでも言いたいことは分かった。

「…どうして」

どうしてそんなにも冷静なのか。どうしてあれほど傷付けられる場所にいたのに、自分が悪かったと言うことができるのか。

言葉に詰まって、国見は口をはくはくと開閉させた。

「お前、ほんとに、」

同じく何か言いかけた金田一も言葉を途切れさせたが。

「うお!? 金田一!?」

急に影山が慌てた声を出す。国見がそちらを見ると、金田一はいつの間にかぼろぼろと泣き出していた。

「ごめん、なあっ」

「何がだよ!」

「ほんとは、俺が、壁、作ってた…!」

「…!」

今度は影山が息を飲む。大きな瞳をさらに大きく見開いている影山に向かって、金田一は、血を吐くように言葉を続けた。

「天才だから、俺らと違うところに立ってるって思ってた。お前が、怖かった」

「…俺も」

たまらなくなって、国見も口を開く。

「怖かった。どんどんバレーがうまくなっていくお前が。それに、お前が、綺麗すぎて、怖かった」

国見も、影山の才能がずっと怖かった。そして──、そんな彼に魅入られていく自分が怖かった。だから、遠ざけて、傷付けて。

「壁を作って、お前を傷付けてた。…ごめん」

目を丸くしたままの影山に向かって、頭を下げる。金田一も、涙をぐいと拭って頭を下げた。

「いい」

返答はあまりにもあっさりとしていて、2人は一瞬何を言われたか分からずに瞳を瞬かせる。

「え…」

「は?」

顔を上げると、そこには、呑気にジュースの残りを飲んでいる影山がいた。

「その時はよく分かってなかったし、今はもう気にしてねえ」

空になったのか、ジュースの缶を隣に置いた影山は、そう言って頭を掻く。

「つうか、大会で会うと思ってたし、それまでは関係ねえかなって」

「「うっ」」

さらりと関係ない発言をされて、2人は呻いた。分かってはいたことだが、影山からはまったく意識されていないらしい。

「…? 大丈夫か?」

「…大丈夫」

溜め息をついた国見は、きょとんとしている影山に視線を戻した。

意識はされていないが、嫌われているわけでもない。これから関係を作り直すことができる。

「影山」

「おう」

「連絡先、知りたいんだけど」

「あ! 俺も!」

「分かった」

いつの間に笑顔が上手になったのか柔らかく笑って見せた影山に、国見も金田一も、目元を緩めた。





「どうなったかな」

「翔陽…気にしすぎだろお前…」

影山達が戻ってくるのを待っている間、残された雪ヶ丘と烏野の面々もなんとはなしに固まって過ごしていた。何度も3人が歩いて行った方向を見る日向を、関向が呆れた顔で眺める。

「だってさー」

「そんな心配しないといけない相手には見えなかったけどなあ」

「ううう、そうなんですけど」

近くに座っていた東峰にまで訝しげに首をかしげられ、日向がむうっと膨れたその時。

「あ! いた!」

「………」

近くから聞き覚えのある声がして、日向は思い切り顔を引き攣らせた。正直とても振り向きたくない。視界の隅で、関向がこそこそと東峰の陰に移動した。

声が聞こえなかった振りをして放っておこうかと一瞬考えたが、

「ごめん君達、ちょっといいかな?」

「えっ、あ、はい!」

明らかに日向達に向かって掛けられた声に一番近くにいた鈴木が反応してしまい、そうもいかなくなった。

「…はい、なんですか?」

こうなったら影山達が戻ってくる前に追い払おうと、日向は声の主──及川に顔を向けた。
1/1ページ
スキ