27
金田一が最初に見つけた時、影山は他のチームメイト達と何か話していた。その表情がひどく柔らかくて、それがうらやましくて、思わず声を掛けた。
そして試合が始まる前、クラスメイト達やどこかの高校生達に声をかけられているのを見て、いつからあんなに人気者になったのかと驚いた。
試合が始まると、影山はかつてとは比べ物にならないぐらい成長していて、やっぱり自分達とは違うんだ、と思ってしまいかけた。だが、影山に見合うだけの力を持った選手が、小さな太陽のような主将が、あのチームにはいた。それだけなら、あの主将もまた、自分達とは違うところにいるのだと、思ってしまったかも知れない。
(でも、あのチーム全員が、強かった)
影山と主将以外の4人は、技術も体力もまだまだ足りていないのは間違いない。それなのに、連携してこちらを追い詰めて、あるいは影山や主将の足元を支えて、活躍していて。
天才だから、と一線を引いていた金田一達にとって、あの4人の存在こそが、一番ショックだった。
「なあ」
「何」
「影山のところ、行くぞ」
だから、ちゃんと話をしたいと思った。天才でもなく、育ってもいない選手が影山と同じ場所で戦い、絆を作っているのを見てしまったから。
──自分達も、それが欲しいと、思った。
影山は戸惑っていた。逆行してから一番と言ってもいいほどに戸惑っていた。
「…、えっと」
「………」
目の前には何か言おうとして結局言葉が途切れる金田一と、黙ったままの国見がいる。どうして話しかけられたのかいまいち分かってない影山も、黙って金田一の言葉を待っていた。
だが。
(話が進まねえ…)
自分が何か言わないといけないのではないかと考え始めるほど、話はまったく動いていない。影山は、思い切って口火を切った。
「あー、久しぶりだな」
「ひっ、久しぶりだな!」
「…!」
驚いたのか声が裏返った金田一は、黙ったままびくっとした国見をつつく。
「お前…いい加減何か言えよ…!」
「…何を」
「なんでもいいから!」
何か小さな声で言い合い始めた元チームメイト達を見ながら、影山は少し考え、
「なあ、なんか飲まねえ?」
とりあえず、そばにあった自動販売機を指差した。
「「!」」
「うお!?」
ぴたっと言い合いをやめた2人が同時にこちらを見たのにびくりとすると、金田一がほっとしたように頷く。
「おう、なんか買うか」
「…いいけど」
国見も反応したことに安心しつつ、影山は自動販売機のほうに歩き出した。
「雪ヶ丘に、引っ越してたんだな」
「おう」
「転校って聞いて、びっくりしたぞ」
「あー…、わりと急だったからな」
それぞれ飲み物を買い、並んでベンチに座った3人は、ぽつぽつと言葉を交わしていた。最初は当たり障りのない話題を選んでいた金田一だったが、
「…楽しそうだな」
ずっと思っていたことをぽつんと言った。
「何が?」
「今のチームが、楽しいそうだって話」
急に投げかけられた言葉に首をかしげている影山を見て、国見が説明を付け足す。先程からあまり話していなかったが、同じことを考えていたらしい。
「ああ。楽しい」
何も迷うことなくさらりと返事をした影山を見て、胸がつきりと痛んだ。
「そう、だよな」
転校先の話を振るたびに少し嬉しそうに答えている影山は、今の学校のことが好きなのだと分かる。気のいい友人達やクラスメイト達、よく交流する女子バレー部の面々、そして──可愛がっている後輩達と、転校当初から仲が良い“日向”。
自分達が心の底にしまっている感情とは別物のようだが、影山にとっての“特別”であることは間違いないバレーボール部の5人のことが、どうしても羨ましいと思ってしまう。
国見をちらりと見ると、こちらはあからさまに不機嫌な空気を醸し出していた。
「ふうん、よかったじゃん」
「国見?」
相変わらず鈍感そうな影山でも、刺々しい口調になった国見にはさすがに気付いたらしい。眉をひそめたのを見て、金田一は慌てた。このままだと喧嘩になりかねない。
「お、おい国見!」
「何? よかったじゃんって言っただけだけど」
不機嫌さを隠そうともしない国見をなんとかしようと、金田一は迷いながら口を開き──、
「あのさ」
「なあ」
同時に影山が口を開いたことに瞳を瞬かせた。
理由も分からずにこんな態度を取られて影山が喧嘩腰にならないわけがないと、思っていた。なのに、
「大丈夫か?」
国見が不機嫌な理由は分かっていないようだが、影山の口調はぶっきらぼうながらも鋭さはない。心配そうに首をかしげる様子からして、本当に怒っていないらしい。
「…別に。何もないから」
国見もそれで気勢が削がれたらしい。ぷいと視線を背けたものの、口調が少し穏やかになった友人に、金田一はほっとした。
「なんかお前、穏やかになったか?」
「そうかもしれない」
あっさりとそう言った影山は、少し考えてから、俯いて持っていた缶を軽く握った。
「さっきの話」
「さっきの?」
「雪ヶ丘が楽しいってやつ。…雪ヶ丘はいいやつが多いから、楽しいんだと、思う」
そうだろうな、と金田一は拳を握りしめた。人間関係に恵まれた雪ヶ丘は居心地がいいのだろう。北川第一と違い、自分を除け者にされることがないのだから。
「でも、たぶん、北川第一にもいいやつは、いっぱいいた、と思う」
「………。え」
そっぽを向いたままだった国見が慌てたように振り向く。金田一も無意識に息をつめた。
「俺が、分かってなかっただけで」
そう言って影山は、少し困ったように笑った。
そして試合が始まる前、クラスメイト達やどこかの高校生達に声をかけられているのを見て、いつからあんなに人気者になったのかと驚いた。
試合が始まると、影山はかつてとは比べ物にならないぐらい成長していて、やっぱり自分達とは違うんだ、と思ってしまいかけた。だが、影山に見合うだけの力を持った選手が、小さな太陽のような主将が、あのチームにはいた。それだけなら、あの主将もまた、自分達とは違うところにいるのだと、思ってしまったかも知れない。
(でも、あのチーム全員が、強かった)
影山と主将以外の4人は、技術も体力もまだまだ足りていないのは間違いない。それなのに、連携してこちらを追い詰めて、あるいは影山や主将の足元を支えて、活躍していて。
天才だから、と一線を引いていた金田一達にとって、あの4人の存在こそが、一番ショックだった。
「なあ」
「何」
「影山のところ、行くぞ」
だから、ちゃんと話をしたいと思った。天才でもなく、育ってもいない選手が影山と同じ場所で戦い、絆を作っているのを見てしまったから。
──自分達も、それが欲しいと、思った。
影山は戸惑っていた。逆行してから一番と言ってもいいほどに戸惑っていた。
「…、えっと」
「………」
目の前には何か言おうとして結局言葉が途切れる金田一と、黙ったままの国見がいる。どうして話しかけられたのかいまいち分かってない影山も、黙って金田一の言葉を待っていた。
だが。
(話が進まねえ…)
自分が何か言わないといけないのではないかと考え始めるほど、話はまったく動いていない。影山は、思い切って口火を切った。
「あー、久しぶりだな」
「ひっ、久しぶりだな!」
「…!」
驚いたのか声が裏返った金田一は、黙ったままびくっとした国見をつつく。
「お前…いい加減何か言えよ…!」
「…何を」
「なんでもいいから!」
何か小さな声で言い合い始めた元チームメイト達を見ながら、影山は少し考え、
「なあ、なんか飲まねえ?」
とりあえず、そばにあった自動販売機を指差した。
「「!」」
「うお!?」
ぴたっと言い合いをやめた2人が同時にこちらを見たのにびくりとすると、金田一がほっとしたように頷く。
「おう、なんか買うか」
「…いいけど」
国見も反応したことに安心しつつ、影山は自動販売機のほうに歩き出した。
「雪ヶ丘に、引っ越してたんだな」
「おう」
「転校って聞いて、びっくりしたぞ」
「あー…、わりと急だったからな」
それぞれ飲み物を買い、並んでベンチに座った3人は、ぽつぽつと言葉を交わしていた。最初は当たり障りのない話題を選んでいた金田一だったが、
「…楽しそうだな」
ずっと思っていたことをぽつんと言った。
「何が?」
「今のチームが、楽しいそうだって話」
急に投げかけられた言葉に首をかしげている影山を見て、国見が説明を付け足す。先程からあまり話していなかったが、同じことを考えていたらしい。
「ああ。楽しい」
何も迷うことなくさらりと返事をした影山を見て、胸がつきりと痛んだ。
「そう、だよな」
転校先の話を振るたびに少し嬉しそうに答えている影山は、今の学校のことが好きなのだと分かる。気のいい友人達やクラスメイト達、よく交流する女子バレー部の面々、そして──可愛がっている後輩達と、転校当初から仲が良い“日向”。
自分達が心の底にしまっている感情とは別物のようだが、影山にとっての“特別”であることは間違いないバレーボール部の5人のことが、どうしても羨ましいと思ってしまう。
国見をちらりと見ると、こちらはあからさまに不機嫌な空気を醸し出していた。
「ふうん、よかったじゃん」
「国見?」
相変わらず鈍感そうな影山でも、刺々しい口調になった国見にはさすがに気付いたらしい。眉をひそめたのを見て、金田一は慌てた。このままだと喧嘩になりかねない。
「お、おい国見!」
「何? よかったじゃんって言っただけだけど」
不機嫌さを隠そうともしない国見をなんとかしようと、金田一は迷いながら口を開き──、
「あのさ」
「なあ」
同時に影山が口を開いたことに瞳を瞬かせた。
理由も分からずにこんな態度を取られて影山が喧嘩腰にならないわけがないと、思っていた。なのに、
「大丈夫か?」
国見が不機嫌な理由は分かっていないようだが、影山の口調はぶっきらぼうながらも鋭さはない。心配そうに首をかしげる様子からして、本当に怒っていないらしい。
「…別に。何もないから」
国見もそれで気勢が削がれたらしい。ぷいと視線を背けたものの、口調が少し穏やかになった友人に、金田一はほっとした。
「なんかお前、穏やかになったか?」
「そうかもしれない」
あっさりとそう言った影山は、少し考えてから、俯いて持っていた缶を軽く握った。
「さっきの話」
「さっきの?」
「雪ヶ丘が楽しいってやつ。…雪ヶ丘はいいやつが多いから、楽しいんだと、思う」
そうだろうな、と金田一は拳を握りしめた。人間関係に恵まれた雪ヶ丘は居心地がいいのだろう。北川第一と違い、自分を除け者にされることがないのだから。
「でも、たぶん、北川第一にもいいやつは、いっぱいいた、と思う」
「………。え」
そっぽを向いたままだった国見が慌てたように振り向く。金田一も無意識に息をつめた。
「俺が、分かってなかっただけで」
そう言って影山は、少し困ったように笑った。