25
ボールが飛んでくる。
(苦しい)
疲労で動かなくなり始めた脚を必死で動かし、厚木はボールの下に滑り込んだ。綺麗なレシーブではなかったものの、すぐに影山がボールを受け、トスを上げる。
トスが上がった先にいた日向がボールを打ち込み、1点。一度点を奪い返され、北川第一は25点になっていたが、雪ヶ丘の得点も25点になり両チームは再び並んだ。
「よし! 同点!」
まだまだ元気な主将の声を聞きながら、厚木は乱れた息を整えようとする。
(苦しい。疲れた。足が痛い)
初めての試合は想像以上に体力を使い、厚木もほかの1年もすでにふらふらになっていた。3年2人もそれはよく分かっているらしく、それまで以上に動き回り、動きが鈍っている1年達の分をカバーしている。
すでに第一セットは取られていて、このセットを落とせば負ける。6人中4人が体力の限界が来ていて、なおかつ交代要員がいない。点は取れているが、雪ヶ丘の立場は苦しいままだ。
けれど、それでも。
(まだ、動ける。苦しいけど、動ける)
技術も体力もまったく足りないが、根性と負けん気だけはある。
それが1年達の、そして雪ヶ丘の、最大の武器だった。
「森! ナイッサー!」
日向の声を聞きながら、森はボールを構えた。
とにかく相手のコートに入るようにと丁寧に打ち込んだボールは、無事にネットを越える。
まだまだ失敗することもあるサーブは、正直苦手だ。けれど、相手に点を奪われなければ、自分が連続して打つことになる。だから、
(このまま、交代しないまま、第二セットが終わればいい)
サーブが苦手だろうがなんだろうが、もう北川第一に1点だって取らせたくないと、思っていた。──なのに。
「く、そ!」
綺麗にレシーブされたボールは、そのまま綺麗な速攻へと繋がった。コートの端ぎりぎりに打ち込まれたボールを拾い損ね、森は歯噛みする。
「「すいません!」」
「や、俺もブロックできなかった! 悪い!」
ボールに一番近かったのは森と厚木だ。ブロックに走ったものの間に合わなかった日向に頭を下げると、あっさりとそう言われ笑い掛けられる。
「次は点取るぞ!」
「「はい!」」
真っ直ぐな声に背中を押され、森は再び前を向いた。
そして、今度は相手のサーブが飛んでくる。
「ゔっ」
半ば転ぶような体制になり変な声が漏れたものの、今度は森のレシーブが間に合った。
低いながらも浮き上がったボールを川島が高く上げ、それを影山が打ち込む。打ち込まれたボールはそのまま床に叩き──付けられなかった。
「っ、」
今度は、北川第一の選手が床に落ちかけたボールを掬い上げる。跳ね上がったボールがセッターの元に渡るのを目で追いながら、森は再び構えた。
バチン、という音と共に、ブロックに飛んだ日向の手にボールが当たった。
「ワンタッチ!」
声を上げた日向に応え、鈴木はボールを拾い上げる。だが、勢いの付きすぎてしまったボールはそのままネットを越え、
「あ!」
越えようとしたところで飛び出した相手側の選手──影山が金田一と呼んでいたことを鈴木は覚えていた──にボールが押し込まれかけ、影山がすんでのところで逆に押し込んだ。
「チッ」
そのボールがまたもや拾われ、影山が舌打ちする。
ぎりぎりのラリーが続くコートを観客が息を呑んで見守る中、北川第一からまたもや速攻が出た。
「このっ」
今度はそれなりに分かりやすい速攻で、懸命に飛び上がった川島がボールを弾く。戻ってきたボールを相手方のセッターが拾った。
「崩した!」
歓声が上がる中、ボールが飛んでいった先にいた選手が動き、トスを上げる。それを受けた選手が床を蹴るのを見た鈴木は身構えた──が。
「は」
「え」
先程の仕返し、とでも言うように。
その手はぽん、と軽くボールを叩いた。
ぽん、と北川第一の選手──国見が、ボールを叩いた。軽く押し出されたボールは、見事に川島の頭上を越える。
咄嗟に影山は手を出したが、その手に弾かれたボールは、そのままサイドラインを越え、落ちた。
一拍して、北川第一の応援団から歓声が上がる。それは、北川第一の勝利に沸く声だった。
(負けた、のか)
“前回”で何度も経験したことがある、だが何度体験しても慣れることのない敗北の感触に、影山は静かに瞳を閉じる。
「…あ」
耳に届いた小さな声に振り返ると、鈴木が尻餅をついていた。ぱちぱちと数回まばたきをした瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「鈴木」
「せん、ぱ、い」
「整列するぞ」
座り込んだままぼろぼろと泣き出した後輩に、影山はそっと声を掛ける。頷いた鈴木がふらふらと立ち上がった隣で、厚木と森がしゃくり上げる。
「川島ー」
日向も、ネット際で凍りついていた川島の背中とトントンと叩いて整列を促していた。のろのろと振り向いた川島は、呆然とした顔をしている。
「先輩、お、れ、」
「…今はとにかく挨拶な」
顔をくしゃりと歪めた川島の肩をポンと叩いて日向が笑い掛けた。途端に川島の涙腺が決壊する。
「は、い…っ」
まだ幼い顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる後輩の背中を押して影山の隣に並ばせ、日向も反対側に並んだ。
「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」
スコアに示されている数字は雪ヶ丘が25、北川第一は27。
拍手の音が鳴り響く中、雪ヶ丘バレーボール部の試合は終わった。
(苦しい)
疲労で動かなくなり始めた脚を必死で動かし、厚木はボールの下に滑り込んだ。綺麗なレシーブではなかったものの、すぐに影山がボールを受け、トスを上げる。
トスが上がった先にいた日向がボールを打ち込み、1点。一度点を奪い返され、北川第一は25点になっていたが、雪ヶ丘の得点も25点になり両チームは再び並んだ。
「よし! 同点!」
まだまだ元気な主将の声を聞きながら、厚木は乱れた息を整えようとする。
(苦しい。疲れた。足が痛い)
初めての試合は想像以上に体力を使い、厚木もほかの1年もすでにふらふらになっていた。3年2人もそれはよく分かっているらしく、それまで以上に動き回り、動きが鈍っている1年達の分をカバーしている。
すでに第一セットは取られていて、このセットを落とせば負ける。6人中4人が体力の限界が来ていて、なおかつ交代要員がいない。点は取れているが、雪ヶ丘の立場は苦しいままだ。
けれど、それでも。
(まだ、動ける。苦しいけど、動ける)
技術も体力もまったく足りないが、根性と負けん気だけはある。
それが1年達の、そして雪ヶ丘の、最大の武器だった。
「森! ナイッサー!」
日向の声を聞きながら、森はボールを構えた。
とにかく相手のコートに入るようにと丁寧に打ち込んだボールは、無事にネットを越える。
まだまだ失敗することもあるサーブは、正直苦手だ。けれど、相手に点を奪われなければ、自分が連続して打つことになる。だから、
(このまま、交代しないまま、第二セットが終わればいい)
サーブが苦手だろうがなんだろうが、もう北川第一に1点だって取らせたくないと、思っていた。──なのに。
「く、そ!」
綺麗にレシーブされたボールは、そのまま綺麗な速攻へと繋がった。コートの端ぎりぎりに打ち込まれたボールを拾い損ね、森は歯噛みする。
「「すいません!」」
「や、俺もブロックできなかった! 悪い!」
ボールに一番近かったのは森と厚木だ。ブロックに走ったものの間に合わなかった日向に頭を下げると、あっさりとそう言われ笑い掛けられる。
「次は点取るぞ!」
「「はい!」」
真っ直ぐな声に背中を押され、森は再び前を向いた。
そして、今度は相手のサーブが飛んでくる。
「ゔっ」
半ば転ぶような体制になり変な声が漏れたものの、今度は森のレシーブが間に合った。
低いながらも浮き上がったボールを川島が高く上げ、それを影山が打ち込む。打ち込まれたボールはそのまま床に叩き──付けられなかった。
「っ、」
今度は、北川第一の選手が床に落ちかけたボールを掬い上げる。跳ね上がったボールがセッターの元に渡るのを目で追いながら、森は再び構えた。
バチン、という音と共に、ブロックに飛んだ日向の手にボールが当たった。
「ワンタッチ!」
声を上げた日向に応え、鈴木はボールを拾い上げる。だが、勢いの付きすぎてしまったボールはそのままネットを越え、
「あ!」
越えようとしたところで飛び出した相手側の選手──影山が金田一と呼んでいたことを鈴木は覚えていた──にボールが押し込まれかけ、影山がすんでのところで逆に押し込んだ。
「チッ」
そのボールがまたもや拾われ、影山が舌打ちする。
ぎりぎりのラリーが続くコートを観客が息を呑んで見守る中、北川第一からまたもや速攻が出た。
「このっ」
今度はそれなりに分かりやすい速攻で、懸命に飛び上がった川島がボールを弾く。戻ってきたボールを相手方のセッターが拾った。
「崩した!」
歓声が上がる中、ボールが飛んでいった先にいた選手が動き、トスを上げる。それを受けた選手が床を蹴るのを見た鈴木は身構えた──が。
「は」
「え」
先程の仕返し、とでも言うように。
その手はぽん、と軽くボールを叩いた。
ぽん、と北川第一の選手──国見が、ボールを叩いた。軽く押し出されたボールは、見事に川島の頭上を越える。
咄嗟に影山は手を出したが、その手に弾かれたボールは、そのままサイドラインを越え、落ちた。
一拍して、北川第一の応援団から歓声が上がる。それは、北川第一の勝利に沸く声だった。
(負けた、のか)
“前回”で何度も経験したことがある、だが何度体験しても慣れることのない敗北の感触に、影山は静かに瞳を閉じる。
「…あ」
耳に届いた小さな声に振り返ると、鈴木が尻餅をついていた。ぱちぱちと数回まばたきをした瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「鈴木」
「せん、ぱ、い」
「整列するぞ」
座り込んだままぼろぼろと泣き出した後輩に、影山はそっと声を掛ける。頷いた鈴木がふらふらと立ち上がった隣で、厚木と森がしゃくり上げる。
「川島ー」
日向も、ネット際で凍りついていた川島の背中とトントンと叩いて整列を促していた。のろのろと振り向いた川島は、呆然とした顔をしている。
「先輩、お、れ、」
「…今はとにかく挨拶な」
顔をくしゃりと歪めた川島の肩をポンと叩いて日向が笑い掛けた。途端に川島の涙腺が決壊する。
「は、い…っ」
まだ幼い顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる後輩の背中を押して影山の隣に並ばせ、日向も反対側に並んだ。
「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」
スコアに示されている数字は雪ヶ丘が25、北川第一は27。
拍手の音が鳴り響く中、雪ヶ丘バレーボール部の試合は終わった。