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あの後、母に急かされて慌てて身支度を整えた影山は、わけが分からないまま荷造りの仕上げをしていた。
(日向のほうはどうなってるんだろうな…)
一緒に事故に遭ったのだから、一緒に戻ってきているのか。それとも、戻ってきてはいないのか。
引っ越しが済んだら確認に、と思ったところで、引っ越し先を知らないことに気が付いた。
「母さん」
「何?」
「引っ越し先ってどこ?」
呆れた様子の母が、顔を覗かせた。
「忘れたの? 雪ヶ丘って言ってるでしょう」
「雪ヶ丘!?」
「今更なんで驚くの」
本当にバレー以外興味ないんだから、とぶつぶつ言っている母を余所に、影山は考え込んでいた。
(雪ヶ丘ってことは、日向の家にもすぐ行けるな)
とりあえず、遠すぎて日向に会うことすらままならないということはないようだ。
少しほっとしていると、窓から引っ越しのトラックが見えた。ややあってチャイムが鳴り、母がばたばたと階段を下りていく。それを何とはなしに見送った影山は、再び考え込んだ。
(引っ越すなら、転校もするよな。北一のバレー部とはお別れか)
金田一や国見とバレーができなくなるのは寂しいものの、少しほっとする影山である。
“前回”の記憶があるのだから、中学での失敗を繰り返す気はない。精神年齢は20代半ばなのだから、中学生に対して大人気なく腹を立てることも少ないだろう。
それでも、部の空気を気付かないうちに悪くしていたらと思うと、北川第一のバレー部でプレーするのは気が進まなかった。
(それよりは雪ヶ丘のバレー部で、…そういやバレー部ないんだったか)
相変わらずバレー馬鹿である影山にとって、バレー部がないことは大問題だったが、
(まあ、日向とはできるし)
割と呑気に考えて、
「荷造り終わった!?」
──考えていたところで思考を遮られた。
逆行しているという衝撃から立ち直った日向はまず、今がいつなのか確認した。
「12年前の8月かー。てことは、14歳だよな」
部屋に掛かっている中学の制服からしても、間違いない。8月ならば夏休みだ。つまり、
「影山がどうなってるかもすぐ確認に行ける!」
「あんた何言ってるの?」
朝食をとりながら突然叫んだ息子を母が訝しげに眺めたが、本人は気付かず思考を続ける。
(あ、でも、昼間は部活してるか)
「夕方ぐらいに行ったほうが確実かなー」
ぶつぶつと呟いている兄を夏が不審げに眺めていたが、相変わらず本人は気付いていなかった。
昼食を終え、やっぱり影山の家に行ってみようかと考え始めた日向の耳に、チャイムの音が届いた。
「はーい」
母が玄関に出ていき、妹がそれに付いていくのを横目に、日向は出掛ける支度をしようと階段を上がり始める。が、
「翔陽、ちょっと来て」
母に呼ばれて、結局1階に逆戻りすることになった。
玄関に行くと、そこで立っていたのは見覚えのある男女だった。
「あ、れ、」
(え? え? え? なんで影山のお父さんとお母さんがいるんだ?)
玄関で日向の母と話していたのは、息子と同じく整った顔立ちをしている影山の両親だった。ただし、記憶よりもかなり若い。これは日向の両親もだったが。
「向かいに引っ越していらした影山さん」
美形夫婦に会ってテンションが上がったらしい母が、楽しそうに紹介する。
「え、あ、初めまして」
日向は咄嗟に頭を下げる。
(混乱しててもとりあえず頭を下げることはできるんだなー、俺。26年の人生経験のおかげ?)
完全に現実逃避をしている日向が顔を上げると、夫婦の間からこちらを見ている少年と目が合った。
「!!!」
「…日向」
両親と一緒に挨拶に来たらしい幼い姿の相棒が、ほっとしたように少し笑った。
(日向のほうはどうなってるんだろうな…)
一緒に事故に遭ったのだから、一緒に戻ってきているのか。それとも、戻ってきてはいないのか。
引っ越しが済んだら確認に、と思ったところで、引っ越し先を知らないことに気が付いた。
「母さん」
「何?」
「引っ越し先ってどこ?」
呆れた様子の母が、顔を覗かせた。
「忘れたの? 雪ヶ丘って言ってるでしょう」
「雪ヶ丘!?」
「今更なんで驚くの」
本当にバレー以外興味ないんだから、とぶつぶつ言っている母を余所に、影山は考え込んでいた。
(雪ヶ丘ってことは、日向の家にもすぐ行けるな)
とりあえず、遠すぎて日向に会うことすらままならないということはないようだ。
少しほっとしていると、窓から引っ越しのトラックが見えた。ややあってチャイムが鳴り、母がばたばたと階段を下りていく。それを何とはなしに見送った影山は、再び考え込んだ。
(引っ越すなら、転校もするよな。北一のバレー部とはお別れか)
金田一や国見とバレーができなくなるのは寂しいものの、少しほっとする影山である。
“前回”の記憶があるのだから、中学での失敗を繰り返す気はない。精神年齢は20代半ばなのだから、中学生に対して大人気なく腹を立てることも少ないだろう。
それでも、部の空気を気付かないうちに悪くしていたらと思うと、北川第一のバレー部でプレーするのは気が進まなかった。
(それよりは雪ヶ丘のバレー部で、…そういやバレー部ないんだったか)
相変わらずバレー馬鹿である影山にとって、バレー部がないことは大問題だったが、
(まあ、日向とはできるし)
割と呑気に考えて、
「荷造り終わった!?」
──考えていたところで思考を遮られた。
逆行しているという衝撃から立ち直った日向はまず、今がいつなのか確認した。
「12年前の8月かー。てことは、14歳だよな」
部屋に掛かっている中学の制服からしても、間違いない。8月ならば夏休みだ。つまり、
「影山がどうなってるかもすぐ確認に行ける!」
「あんた何言ってるの?」
朝食をとりながら突然叫んだ息子を母が訝しげに眺めたが、本人は気付かず思考を続ける。
(あ、でも、昼間は部活してるか)
「夕方ぐらいに行ったほうが確実かなー」
ぶつぶつと呟いている兄を夏が不審げに眺めていたが、相変わらず本人は気付いていなかった。
昼食を終え、やっぱり影山の家に行ってみようかと考え始めた日向の耳に、チャイムの音が届いた。
「はーい」
母が玄関に出ていき、妹がそれに付いていくのを横目に、日向は出掛ける支度をしようと階段を上がり始める。が、
「翔陽、ちょっと来て」
母に呼ばれて、結局1階に逆戻りすることになった。
玄関に行くと、そこで立っていたのは見覚えのある男女だった。
「あ、れ、」
(え? え? え? なんで影山のお父さんとお母さんがいるんだ?)
玄関で日向の母と話していたのは、息子と同じく整った顔立ちをしている影山の両親だった。ただし、記憶よりもかなり若い。これは日向の両親もだったが。
「向かいに引っ越していらした影山さん」
美形夫婦に会ってテンションが上がったらしい母が、楽しそうに紹介する。
「え、あ、初めまして」
日向は咄嗟に頭を下げる。
(混乱しててもとりあえず頭を下げることはできるんだなー、俺。26年の人生経験のおかげ?)
完全に現実逃避をしている日向が顔を上げると、夫婦の間からこちらを見ている少年と目が合った。
「!!!」
「…日向」
両親と一緒に挨拶に来たらしい幼い姿の相棒が、ほっとしたように少し笑った。