23
第一セットを取ったことである程度落ち着きを取り戻した北川第一は、第二セットでは着々と点を重ね始めた。
「あああ」
「がんばってえ…」
「落ち着けって」
ラリーのすえに5点目を奪われた雪ヶ丘を見てあわあわとしているクラスメイト達を泉や関向が宥めているが、2人も落ち着かない様子になっている。
「ここでなんとか流れを切ってほしいんだが…」
確実に形勢が傾いていく試合に、澤村も厳しい顔になった。その隣では東峰が青い顔でコートを見つめている。菅原もコートを見つめながら、無意識に手すりをぐっと掴んだ。
(なんとか点を取り返してくれ)
──強豪という壁にぶつかり奮闘している彼らは、どこか自分達の、現在の烏野の姿に被るものがある。
もちろん、一緒に練習したこともある可愛い後輩のような存在である、ということもある。けれど、彼らの立場が自分達とどうしても被ってしまう、ということもまた、菅原達が試合の行方を必死に見守る理由だった。
「上がった!」
「でもセッター崩されたぞ!」
床に叩き付けられそうになったボールを、下に滑り込んだ影山がレシーブし、いつの間にか雪ヶ丘を応援し始めたらしい他校の選手達が口々に声を上げる。
バレーは1人が続けてボールに触れてはいけない。今ボールを拾ったのが影山である以上、次にボールに触るのはほかの選手だ。
つまり、せっかくのチャンスに日向と影山の速攻は使えない。それどころか、セッターが動けない時点で雪ヶ丘側は大した攻撃ができなくなってしまう。
だが、
「川島!」
影山の声と共にボールの落下地点に走った川島が構えた。
「は!?」
「あの子トスできんのか!?」
菅原達は唖然として身を乗り出す。
北川第一側も驚いたようだったが、すぐに日向を警戒する。警戒されているにもかかわらず日向は勢いよく飛び出した──が。
川島の放ったトスは全く別のところに上がる。あまり綺麗とは言えないものの高すぎない位置にちゃんと上がったトスは、
「影山!?」
──影山の手によって打ち出された。
ノーマークだった影山のスパイクが決まり、雪ヶ丘はようやく1点を取り戻した。
『…トスの練習?』
それは、まだバレー部が始動したばかりの頃のこと。その日の部活が終わり、帰ろうとした川島は、先輩2人に呼び止められた。そして聞かされたのが、トスの練習をしないか、ということだった。
『えっ、と、』
『あの、なんでですか?川島はミドルブロッカーなのに』
すっかり混乱している川島に変わって鈴木が質問する。1年4人のポジションはミドルブロッカーが2人、ウィングスパイカーが2人でセッターはいない。川島はミドルブロッカーだ。
当然の質問をされた日向と影山は、どう答えるか少し考えた。
『…俺らが引退した後のことを考えた結果、かな』
『俺がいなくなったら、このチームからセッターがいなくなることになる』
『…っ』
まだそこまで思い当たっていなかったらしい1年達は、その言葉に目を見開く。
『今年はなんとかなったとしても来年セッターになれる1年が入ってこなかったら?』
『そうなったら、来年1年間セッターなしでやっていくことになる』
『実際はそのときに改めてセッターを決めるかもしれないけどなー。でも、そこで急に決めて一から練習するのは大変だろ?』
『はい…』
『そう、ですね』
その状況がどれほど大変かは1年達にも想像がついた。
『でも、なんで俺なんですか?』
おずおずと訊ねてきた川島は不安そうな顔になっている。その肩をぽんと叩いて影山はにっと笑った。
『お前は周りがよく見えてる』
『え?』
『あ、確かに』
ぽかんとした川島とは対照的に、厚木が納得した顔で頷く。
『トスを上げるなら周りが見えてなきゃだめだろ? そこんとこ、川島は向いてると思うんだ』
日向がさらに付け加えた。
──結局即答はできなかったものの、川島は日向達の話を受け入れることに決め、ミドルブロッカーとしての練習だけでなくセッターの代わりとしての練習も必死でこなすことになる。
今年のことだけ考えるわけにはいかない、というのが理由の一つだったが、このチームの武器になれるかも知れない、と思ったのも大きな理由だった。
そして、その努力は、まだ未熟ながらも成果を出すことになる。
「よし!」
「決まった!」
影山の打ったボールが床に落ちた瞬間、川島はぐっと拳を握りしめた。
(ちゃんと、武器になった)
自分がこのチームに貢献している、と感じることができた瞬間の言葉にできない想いは、きっと一生忘れない。
「こっから取り返すぞ!」
日向の声に後輩達の元気な返事が返ってくるのを聞きながら、影山は北川第一のほうを見た。途端にこちらを伺っていたらしい金田一と目が合う。
だが、目が合った瞬間に逸らされ、頭を掻く。
(嫌われた、か?)
転校する前の2年の一学期ではまだ”王様”にはなっていなかったはずだが、その前からチームメイトとの溝はあった。”前回”と同じであれば当時の自分は理由が分からなかったのだろう。けれど、今の自分は理由を知っている。
(一度ちゃんと話したほうがいいのか?)
それとも、もう関わらないほうが相手にとっていいのだろうか。
後で菅原さん達に相談してみよう、とだけ考えて、影山は意識を試合に切り替えた。
「あああ」
「がんばってえ…」
「落ち着けって」
ラリーのすえに5点目を奪われた雪ヶ丘を見てあわあわとしているクラスメイト達を泉や関向が宥めているが、2人も落ち着かない様子になっている。
「ここでなんとか流れを切ってほしいんだが…」
確実に形勢が傾いていく試合に、澤村も厳しい顔になった。その隣では東峰が青い顔でコートを見つめている。菅原もコートを見つめながら、無意識に手すりをぐっと掴んだ。
(なんとか点を取り返してくれ)
──強豪という壁にぶつかり奮闘している彼らは、どこか自分達の、現在の烏野の姿に被るものがある。
もちろん、一緒に練習したこともある可愛い後輩のような存在である、ということもある。けれど、彼らの立場が自分達とどうしても被ってしまう、ということもまた、菅原達が試合の行方を必死に見守る理由だった。
「上がった!」
「でもセッター崩されたぞ!」
床に叩き付けられそうになったボールを、下に滑り込んだ影山がレシーブし、いつの間にか雪ヶ丘を応援し始めたらしい他校の選手達が口々に声を上げる。
バレーは1人が続けてボールに触れてはいけない。今ボールを拾ったのが影山である以上、次にボールに触るのはほかの選手だ。
つまり、せっかくのチャンスに日向と影山の速攻は使えない。それどころか、セッターが動けない時点で雪ヶ丘側は大した攻撃ができなくなってしまう。
だが、
「川島!」
影山の声と共にボールの落下地点に走った川島が構えた。
「は!?」
「あの子トスできんのか!?」
菅原達は唖然として身を乗り出す。
北川第一側も驚いたようだったが、すぐに日向を警戒する。警戒されているにもかかわらず日向は勢いよく飛び出した──が。
川島の放ったトスは全く別のところに上がる。あまり綺麗とは言えないものの高すぎない位置にちゃんと上がったトスは、
「影山!?」
──影山の手によって打ち出された。
ノーマークだった影山のスパイクが決まり、雪ヶ丘はようやく1点を取り戻した。
『…トスの練習?』
それは、まだバレー部が始動したばかりの頃のこと。その日の部活が終わり、帰ろうとした川島は、先輩2人に呼び止められた。そして聞かされたのが、トスの練習をしないか、ということだった。
『えっ、と、』
『あの、なんでですか?川島はミドルブロッカーなのに』
すっかり混乱している川島に変わって鈴木が質問する。1年4人のポジションはミドルブロッカーが2人、ウィングスパイカーが2人でセッターはいない。川島はミドルブロッカーだ。
当然の質問をされた日向と影山は、どう答えるか少し考えた。
『…俺らが引退した後のことを考えた結果、かな』
『俺がいなくなったら、このチームからセッターがいなくなることになる』
『…っ』
まだそこまで思い当たっていなかったらしい1年達は、その言葉に目を見開く。
『今年はなんとかなったとしても来年セッターになれる1年が入ってこなかったら?』
『そうなったら、来年1年間セッターなしでやっていくことになる』
『実際はそのときに改めてセッターを決めるかもしれないけどなー。でも、そこで急に決めて一から練習するのは大変だろ?』
『はい…』
『そう、ですね』
その状況がどれほど大変かは1年達にも想像がついた。
『でも、なんで俺なんですか?』
おずおずと訊ねてきた川島は不安そうな顔になっている。その肩をぽんと叩いて影山はにっと笑った。
『お前は周りがよく見えてる』
『え?』
『あ、確かに』
ぽかんとした川島とは対照的に、厚木が納得した顔で頷く。
『トスを上げるなら周りが見えてなきゃだめだろ? そこんとこ、川島は向いてると思うんだ』
日向がさらに付け加えた。
──結局即答はできなかったものの、川島は日向達の話を受け入れることに決め、ミドルブロッカーとしての練習だけでなくセッターの代わりとしての練習も必死でこなすことになる。
今年のことだけ考えるわけにはいかない、というのが理由の一つだったが、このチームの武器になれるかも知れない、と思ったのも大きな理由だった。
そして、その努力は、まだ未熟ながらも成果を出すことになる。
「よし!」
「決まった!」
影山の打ったボールが床に落ちた瞬間、川島はぐっと拳を握りしめた。
(ちゃんと、武器になった)
自分がこのチームに貢献している、と感じることができた瞬間の言葉にできない想いは、きっと一生忘れない。
「こっから取り返すぞ!」
日向の声に後輩達の元気な返事が返ってくるのを聞きながら、影山は北川第一のほうを見た。途端にこちらを伺っていたらしい金田一と目が合う。
だが、目が合った瞬間に逸らされ、頭を掻く。
(嫌われた、か?)
転校する前の2年の一学期ではまだ”王様”にはなっていなかったはずだが、その前からチームメイトとの溝はあった。”前回”と同じであれば当時の自分は理由が分からなかったのだろう。けれど、今の自分は理由を知っている。
(一度ちゃんと話したほうがいいのか?)
それとも、もう関わらないほうが相手にとっていいのだろうか。
後で菅原さん達に相談してみよう、とだけ考えて、影山は意識を試合に切り替えた。