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先制点こそ取れたものの、その後の雪ヶ丘は強豪の本気を出した北川第一に押され始めた。

「っくそ!」

床に叩きつけられたボールを拾い損ねた森が悪態をつく。

「落ち着け」

1年達が焦り始めても冷静な顔を保っている影山になだめられ、森は軽く深呼吸をした。

「すんません」

「おう」

にっと笑って見せた影山に、もう一度頭を下げた森は腰を落として構え直す。

(…大丈夫。影山先輩のサーブほど怖くないし、日向先輩のスパイクみたいにめちゃくちゃでもない)

強豪で磨かれたのであろう相手のサーブやスパイクは強力だったが、練習のたびにレシーブさせられた影山の強力、というより凶悪なサーブほどの威力はない。そして、先輩2人の変人速攻ほどの予測不能な動きをするわけでもない。

「厚木も落ち着けよー」

「落ち着きます!」

「おーいい返事じゃん」

こちらも冷静を保っている日向に声を掛けられ、先程からブロックし損ねて悔しげにしていた厚木が、力強く答えた。

そして再び相手がスパイクを打つ。

「…っ!」

厚木がブロックしようと飛び上がる。なんとか手に当たったボールはドシャットこそ決められなかったが、勢いが緩んだ。

「ワンチ!」

「いいぞ厚木!」

速度の落ちたボールは森がレシーブした。上がったボールを影山がトスする前に日向が走り出す。

「また!」

「1番止めろ!」

北川第一のほうは、先程と同じように動いた日向を警戒して動いた。小柄な日向の前に長身の選手が立ち塞がる。だが、

「えっ…!?」

「は!?」

次の瞬間、選手達は唖然とした。コートの左端にいたはずの日向が、いつの間にか右端に移動していたからだ。もちろん、日向は瞬間移動したわけでもなんでもなく、端から端へ駆け抜けていたのだが、余りに素早い動きに北川第一は取り残された。

そんな隙を逃すわけもなく。

「ッオシ!」

宙を舞った日向の手の中心にボールが寸分の狂いもなく置かれ、それは北川第一のコートに勢い良く打ち込まれた。

とん、と着地した日向は、後ろを振り返って笑う。

「これから取り返してくぞ!」

「おう」

「「「「はい!」」」」

凛とした影山の返事に続き、1年達が威勢よく応えた。

出会ってからいくらも立っていないのにいつの間にか強く成長している後輩達を見て嬉しそうに笑った影山は、すっと表情を引き締めた。

「俺も点取らねえとな」

ようやく雪ヶ丘に回ってきたサーブ権。次は影山の番であり、元チームメイトのサーブを覚えている北川第一の面々は顔を固くした。ただし、彼らにとっては残念なことに、影山の殺人サーブは転校する前と比べて威力も精度も段違いに跳ね上がっている。

(ここで絶対に点を取る)

ボールに額を付け、影山は静かに瞳を閉じた。





影山が額をボールに付けるのを見た瞬間、それまで賑やかだった関向と泉が同時に黙った。静かになった2人につられて、周りのクラスメイトも自然と口を閉ざす。

一気に音の減った空間で祈るように頭を垂れる影山を、まるで一緒に祈っているような顔で見つめている中学生達を微笑ましく思いながら、菅原達も黙ってその瞬間を待った。

やがて、影山の頭が持ち上がる。顔を上げた影山は──助走をつけて地面を蹴った。

「ジャンプサーブ!?」

菅原達の近くに座っていたどこかの選手が驚いた顔で身を乗り出す。それと同時に、ドン!と音を立ててボールが北川第一側のコートにぶつかり、跳ねた。

一瞬の静寂の後、会場から歓声が上がる。

「あいっかわらずの威力だよな…」

「そりゃあ日向が殺人サーブって呼ぶくらいだし」

「翔ちゃんはちゃんと取りますけどね」

感心したような溜め息とともにそう言った澤村に菅原が応えると、泉が付け加えた。

「さすがに綺麗には取れないって言ってなかったか?」

「そうだっけ」

関向と泉が話していると、影山が再びサーブの準備に入った。

「このまま点を重ねられたらいいんだけど」

ずっと黙ったままだった清水が真剣な顔でそう呟く。

視線が集まる中、先程と同じように地面を蹴った影山が放ったボールは、

「「…!?」」

国見と隣の選手の間に飛んでいき、お見合い状態になった2人の間に叩きつけられた。

「…精度もあいかわらず怖い」

東峰がやや引きつった声を出した。

──結局、影山のサーブはこの後6点を重ねることになったのだが。

「…やっぱ苦しいな」

菅原はぽつりと漏らす。

視線の先には、試合のスコアがあった。点数は雪ヶ丘が18点、北川第一は──25点。

雪ヶ丘に調子を崩され予想以上に点を取られてしまった北川第一は、それでも第一セットを奪取した。





「次もあるから、落ち着けよ」

後輩達を集めた日向は4人に声を掛けた。さすがに焦りが出てきた1年達は、日向の明るい声を聞いても顔を曇らせたままだ。

黙って俯いている後輩達に苦笑した日向は、不意にぱん、と手を叩く。びくりとした1年4人が顔を上げたのを確認し、

「頭を下げるな」

凛とした口調でそう言った。

「ちゃんと上を見てないとボールは拾えないだろ。ぐるぐる考えてうつむくより、最後まで上を向け」

「ごちゃごちゃ考えるより、ボールを落とさないことを考えていればいいからな。ボールがこっちのコートに落ちなければ、絶対に負けない」

珍しくきつい口調になった日向に続き、影山がこちらも珍しく柔らかな口調で声を掛けた。

表情が柔らかくなった1年達に、2人の3年生は笑顔を見せる。

「このチームはなあ」

「ちゃんと、強い」

「「「「はいっ!」」」」

──そして、第二セットが始まる。
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