19

あちらこちらにジャージやユニホームの集団がいる。どこからか、円陣を組んでいる声がする。

「うわ、人がいっぱい…」

懐かしい光景を眺めていた日向は、後ろでぽつりと呟いた厚木に顔を向けた。

「すげーだろ」

「は、はいっ」

そう答えた厚木も、残りの1年達もがちがちに緊張している。練習試合すらできなかった雪ヶ丘チームにとっては、これが初の試合になるのだから当たり前だ。

さらに言えば、周りにはたった6人のチームなど見当たらない。リベロすらいない、一人でも欠ければチームとして成立しなくなってしまう人数の雪ヶ丘は、先ほどからじろじろと見られていた。

「あの、最初の対戦相手って北川第一ってところでしたっけ」

「おう」

そわそわと周りを見渡していた川島にそう訊かれた影山が答えると、鈴木が首を傾げる。

「北川第一って…、影山先輩が前いたところですよね?」

「2年の一学期まではいたぞ」

「どんなところですか?」

「強豪」

「きょっ!?」

話に気を取られて転びかけた鈴木を支えながら、影山は言葉を続ける。

「一昨年までいた特にやばいセッターはもう卒業してるけど、今のチームも十分強い」

「………」

「おい考えすぎんな」

「っいで!」

顔が青くなってきた後輩の額にデコピンを食らわせると、鈴木は慌てて額を押さえた。

「ぐずぐず考えてもしょうがねえだろ」

「そうそう」

いつの間にかそばに来ていた日向が頷く。

「確かに強い相手だけどな、怖がるだけじゃつまんないだろ!」

初めて試合できるんだから楽しまないとな! と笑う日向に、少し顔色が戻った鈴木はこくりと頷いた。残りの1年達も多少緊張がほぐれてきた顔をしている。

その光景を見ながら、影山もやんわりと目を細めた。

──客観的に見て、今の雪ヶ丘が北川第一に勝つのは難しい。

1年達は練習量が圧倒的に足りていない。チームの連携も未完成と言っていい。

対して相手は3年間の集大成となるチームだ。おそらく後輩も混ざっているが、それでも雪ヶ丘の後輩達より確実にうまい。

けれど。

(諦める理由は、ない)

ふいに日向がこちらを向いた。まるで相棒が何を考えていたのかを知っているかのように明るく笑った日向に、影山も小さく笑顔を返した。





少しして、ふと辺りがざわついた。

覚えのある雰囲気に振り向いた日向は、入り口のほうに青と白の集団を発見した。

「来た」

「おう」

"前回"と同じくひっそりと佇んでいる雪ヶ丘の面々に、あちらはまだ気付いていない。日向と影山もわざわざ存在を主張する理由はないため、大人しく北川第一の面々を眺めた。

長身の集団に怯えたらしい1年達は、先輩2人の後ろに固まって縮こまっている。

「やっぱでかいなー」

「まあな」

呑気に会話している3年達を1年達が信じられないものを見たような顔をしたが、そんな顔をされた2人は気付かないまま時計を見た。

「そろそろ来てる頃か?」

「たぶんなー。試合始まる前に来るって言ってたし」

「…誰がですか?」

森の質問に影山が答えようとした、その時。

「あ」

「あ?」

日向が小さく声を上げ、影山の意識はそちらを向いた。影山に顔を向けた日向は、へらりと笑う。

「なんでもな「…影山?」

「お?」

「チッ」

何か言い掛けた日向の舌打ちと、日向の顔を見てびくっとした後輩達が気になったが、ひとまず自分を呼んだ声のほうに向き直った影山は、自分から呼びかけたくせにこちらを見て固まっている懐かしい顔を見付けた。

「金田一」

影山は目を丸くする。ここで顔を合わせることは分かっていたが、試合前に話すことになるとは思っていなかった。

「あ、え、と、お前、そのジャージ」

「ジャージ? これがどうかしたか?」

挙動不審なかつてのチームメイトに首を傾げたものの、精神年齢が成長しているため我慢強くなった影山は、そのまま言葉の続きを待つ。金田一は深呼吸して、再び口を開いた。

「雪ヶ丘に転校したのか」

「おう。ばあちゃんちに近い所に引っ越したからな」

「なら、この試合で、」

「対戦することになる」

さらりと答えた影山に、金田一はさらに何か言おうとしたが、

「金田一?…え、…影、山?」

今度は、金田一を探しに来たらしい国見が影山を発見して目を見開く。

「雪ヶ丘に転校してたらしい」

「は?対戦相手の?」

「おう」

普段の冷静な顔を崩しぽかんとしている国見に向かって、影山が頷いてみせる。

「そう…じゃあ、よろしく」

それでも金田一より早く立ち直った国見は、一見冷静な顔でそう言うと、まだ固まっている金田一を引っ張って行った。

「なんであそこまで慌ててるんだ?」

冷静なように見えて何もない所でつまずいている国見を見ながら不思議そうにしている影山を見て、日向は思わず吹き出した。
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