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走る、飛ぶ、跳ぶ、また走る、翔ぶ。

「すっげぇ…」

「本当に…中学生…?」

思わず呟いた菅原の隣では、東峰がぽかんとしていた。その向こうにいる澤村も、口を開けて絶句している。3人の視線の先には3対3のゲームに混ざっている日向と影山がいた。

くるくると動き回る2人の背に翼が見える。もちろん、実際には何も生えていないが、そのぐらい彼らは軽々と駆け回っていた。

最初は中学生に付き合ってやるつもりだった黒川達2年も、いつの間にか必死になっている。

強烈なサーブや丁寧なレシーブも目を引いたが、何よりも周りを混乱に陥れたのが速攻だった。

「くるぞ!」

日向の足が床を蹴ったのを見た黒川が声を上げ、ほかの2人と一緒に飛び出す。が、

バシン!

「チッ!」

「やっぱ速い!」

影山の手から離れたボールが日向の手の中心に“置かれる”ほうが早かった。

精密すぎるトスと、それを打つ技量。

「上手、なんてもんじゃないだろこれ」

澤村がぼそりと呟いた。

「公園でも見たけど…、実際に使ってるの見ると凄まじいな…」

ほかよりも耐性があるはずの菅原も、いつの間にか冷や汗が流れている。

結局、ゲームは日向達の圧勝だった。





「あの、トス打ちにくくなかったっすか?」

ゲームが終わるとすぐに、影山は同じチームになった部員に声をかけた。

「いやいや、びっくりするぐらい打ちやすかった! 初対面なのによくできるな!」

「あざっす!」

影山の頭をわしわしと撫でながら、部員はそう言う。

ちなみに、烏野バレー部と顔を合わせて以降、やたらと頭を撫でられるので、そろそろ影山も日向も彼らの行動に慣れてきている。

「………」

その様子を眺めながら、黒川が何事か考え込んでいた。

「…あの速攻のこと、考えてんのか?」

同じチームだった副主将にそう言われた黒川は頷く。

「あんな速攻、どんな高レベルの試合でも見たことがない。と言うか、普通はできない」

「あの異常に速い速攻、日向が先に跳んでたよな」

「日向が最高打点に到達する瞬間にトスが上がる。しかも、一番打ちやすい位置で“止まる”。日向の最高打点もとんでもなく高い。…あり得ないだろ」

「それが実際に目の前で起こったんだから、認めるしかないけどな」

2人はなんとも言えない顔で、1年達と話している中学生達を見た。

「ああしてると、普通の中学生なんだけどなー。むしろ、その辺りの中学生より愛嬌がある」

何やら菅原に抱き着かれてわたわたしている影山も、清水に頭を撫でられて照れている日向も、ゲーム中に纏っていた存在感はどこかに行ってしまっている。楽しそうな子供が2人いるだけだ。けれど、先程の技量を見れば、2人──特に影山は“天才”と呼ばれる人種だというのは間違いなく。

「羨ましくないって言ったら、嘘になるよなー」

「まあな」

あんな能力が自分にもあれば、と思ったのは、黒川も副主将である友人も同じだ。ただ感心するだけにとどめるには、彼らはバレーボールという競技を知りすぎている。

なんとはなしに2人は沈黙し、──不意に黒川が肩を竦めてみせた。

「まあ、俺は才能を妬んで何もしてない相手に当たるような馬鹿になる気はないけどな」

「俺もないよ!?」

なんだそりゃ、とツッコむ友人は、きっとそんなことはまったく考えてなかったのだろう。それが正しい反応だ。だが、世の中には“天才”を疎む人間もいる。

──影山は、転校する前はあんまりいいチームにいなかったみたいなんです。“天才”だからって嫌われたとか。

「そういうことをする奴もいるって話」

菅原がこっそりと教えてくれたことを頭に浮かべながら、黒川はそう言った。

「えええ…」

呆れ返った友人は、中学生達のほうを向く。1年達に囲まれていたはずが、いつの間にか2年の面々にじゃれ付かれてくすぐったそうに笑っている日向達を見て、首をかしげた。

「あんなかわいいのがちょろちょろ寄ってくるんだぜ? 嫌えないだろー。それに、同じチームで一緒に強くなれたら、絶対に楽しい」

さらりとそう言い切った副主将は、待って俺も撫でたい! と叫んで日向達のほうに駆けて行く。

「………」

残された黒川も、苦笑してそちらに歩き出した。
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