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スーパーエゴ




「おはようございます。そして初めまして。私の名前はエヴァ。あなたにとっては突然のことでまだ驚いているかもしれませんが、私にとってあなたは我が子同然。ようやくお会いできて嬉しいです。握手しても?」



おい。




一体なんなんだ。




おかしい。




俺は、さっき



………



………



………








死んだはずだ。





そう、そうだ!俺は死んだんだ!
何なんだ一体、目の前のこの、手を差し出している女は!
それにこのベットといい…まるでSF映画みたいな装置は!

死んだ、確かに俺は死んだんだ。
乗っていた飛行機が墜落して………。
なのに、なんで腕がある。足も。頭も。全身バラバラになっているはずだ。
なのに指先を動かしてみても、なんの違和感もない。



「………握手、は、まだ早かったですか。まあ、そうですよね。えーと、村上遥28歳独身、城田美羽という名の彼女あり、ペットはメスのコーギー(るる)ちゃん…これは好きなアニメキャラからとった名前だけど彼女には内緒、と、2匹のクワガタ(ボルト)と(ネジ)、趣味は釣りとゲームと料理、コーヒーを豆から入れることが毎朝の日課で近頃は燻製作りにもはまっていた……」

「お、おい!なんで俺の事を知っている!お前は一体何者だ!」

「………ぷ。ぷぷ。お前は一体何者だ、なんて、本当に言ったりするんですね。初めて聞きました。なんだか楽しくなってきました。」





なんだこいつ、バカにしてんのか!?!



「あ、ごめんなさい。あっちでは、亡くなったばかりでしたよね。私ったら、なんだか、それがどれほど辛いのか、とかあんまり想像できなくって。私にとってはただのイベントでしかありませんから…とか、意味わかんないですよね、ごめんなさい。」

そう言って目の前の女は俯いて、それから腰まであるほど長い髪の毛を黒いゴムで縛り始めた。正直言って、見たことないような美人だ。人間離れした美しさとでもいうのか…それとも、人間ではないのかー。

「ここは…死んだ後の世界、なのか?」



ポニーテールを2度ほど揺らすと、エヴァは言った。


「というか、あなたが生きていた人生は、仮想現実バーチャル世界だったんです。」

「バーチャル…?まさか、そんな、あんな話が現実だったなんて!そんな、バカげた話…っ!」

「そうですよね、信じられないですよね。漫画や空想のお話ならよくある話だし、あなたもわりとそういう話好きでしたよね。なんていうか、地球はとっても大切な施設なんです。あなたみたいな、感情を持つ者には。」

「感情…?」

「そうです、感情。もっとも厄介なもの。とはいっても、私たちに感情がないわけじゃありません。”激しい感情”を持つ者は、地球に飛ばされるっことになっていて。言わば、矯正施設、ってところでしょうか。ほらあなた、大学の時に心理学に興味を持って、フロイトっていう人の本を読んでいたじゃなですか。あれはなかなか私も興味深かったのでよく覚えているんですけど。人間の心は、3つの領域からつくられている。『イド』『エゴ』『スーパーエゴ』って、書いてたでしょ?覚えてますか?」

「それがなんだっていうんだ。」

「………そろそろ思い出せる頃だと思うのだけれど、あなたの乗っていた飛行機が墜落した時のこと。あの日の詳細とか…」

………。














そうだ、俺はあの日、










あの日俺は、














+++++++++++++



「これ、どっちがいいかな?青と緑。」

「もう。うちの親、そんなに気にしないよ?ネクタイの色なんて。別にどっちでも…」

「いいや。第一印象は見た目で55%も決まるんだぞ。初めておまえの親に会うってのに、下手な色のシャツやネクタイで行けるわけないだろ。うーん。やっぱ緑の方が落ち着いて見えるかな。」

「そうね、緑でいいんじゃない。」

「………そうだな。よし、緑に決めた。」

「ねえ遥、本当に私たち、結婚するのね。」

「んー? なんか心配事でもあるのか?」

「ううん。な、なんだろうね、私ったら。マリッジブルーかな。ほら、幸せすぎる時って、不安になったりするじゃない?たぶんそれ。遥に片思いしてた時とか思い出すと、ほら、幸せすぎて。」

「…そうか。大丈夫。美羽の事は、この先どんな事があっても、守るよ。約束する。幸せのままでいさせてやるから。な。」

「うん………ごめんなさい。」












そう、彼女の実家へ行くんだったんだ。

生々しく思い出せる。

あの晩の美羽の柔らかい身体…頬…生ぬるい涙…まるで聖母みたいな微笑み、少し不安げな瞳。









そして次の日、僕たちは飛行機へ乗り込んだんだ。










「あ、やば。右足から乗っちゃったよ。」

「…そんな日もあるわよ。」

「いつも左足から乗ってるのに。今日は緊張してるからだな。」


そうだ、左足から乗らなかったせいかもしれない。


「……あ。」

「どうしたんだ?美羽。」

「ううん。なんでもない。」


左足から乗らなかったからかもしれない。
あの日、美羽の元カレが同乗するなんて不運に見舞われたのも。

知らないフリをしたが、俺は気づいていた。
二人がほんの数秒間、目と目を合わせていたことに。













「なあ美羽、一つだけ聞きたいんだけど。」

「? なあに?」

「もしもの話なんだけど、俺が浮気したとしたら、許せる?」

「な、なに?急に。浮気とか…してるの?」

「聞いてるんだよ。許せるか、って。答えて。」

「そうね。遊びだったら、もしかして、許しちゃうかも。」

「……………は?」

「………え?」

「いや。いやいやいや。普通、許せないし、許さないよな。当たり前の事だろ?それが普通だとおもうんだけど。許すなんて、おかしいだろ。」

「ちょ、ちょっと、声大きいよ?うん、許さない。許さないから。落ち着いて?」

「俺は、美羽を絶対に幸せにしてやる。そのためにしっかり働いて、一生浮気なんかしないで、大切にするんだ。結婚するんだから、それが当たり前だと思ってる。美羽もさ、それが当たり前だと思っててくれなきゃおかしいんだよ。おまえがしっかりそう思っててくれなきゃ。」

「………うん、わかった。」



そうだ、俺は美羽を幸せにしたい。彼女の幸の上には俺が居るんだ。

そう強く思ってた。





「私、ちょっとお手洗い行ってくるね。」

「ああ。」





そして、彼女の姿が消える方向に、あの男が慌てて歩いて行く姿を見た。





俺も後をつけた。







「なにしてんの?」


そいつは、美羽の耳元に何か囁いていて、俺は咄嗟に二人の間に割って出た。


「え、遥?」

「あ、ども。初めまして。僕は宮澤信二って言います。美羽の古い友人で。久しぶりに見かけたものですから。あ、ご結婚なさるんですってね。おめでとうございます!………じゃ、僕はこれで。失礼します。」

パッとしない風貌の男だった。
シャツの色とネクタイの色も合ってないような、うだつの上がらなそうな男だ。

しかしその時俺は、美羽が以前言ってた言葉を思い出した。
『私、自分が何とかしてあげなきゃって思っちゃうような人が好みみたいで』

なるほど。ああいうのが好みだったのか。

でもあんな男が美羽を一生守れるわけもない。
あんな頼りなさそうな男が。

「さっき、なに言われたの?」

「え?」

「あいつになんか言われてたろ?耳元で。」

「え、あ、う、うん。………スカート。スカート、ストッキングの中に仕舞って出てきちゃって。わ、私ったらほんと、おっちょこちょいだよね。」

「ちょっと、じゃああいつ、美羽のその姿見て、教えたってこと?」

「え?う、うん。はずかしいけど、でも、みんなの前に出る前に気づかせてくれてよか…」

「馬鹿!!何してんだよ!!普通こうゆう場所でトイレに入ったらそうゆうとこ一番気をつけなきゃだめだろ!!」

「ねぇ、こえ、おおきいよ?はるか」

「おまえボーっとしすぎだぞ。いつもいつも。そうゆうとこほんと馬鹿すぎるんだよ。頼むよ。見られたくないよ他の男に美羽の体。」

「………うん、ごめんなさい。」



それから5分後。



離陸後1時間半近く経ったころだった。
バンという大きな音がし、機体は異常な振動に見舞われた。

アナウンスを聞く限り、エンジンの故障らしかった。




「怖い…。遥。」

「大丈夫、俺がいる。」

美羽は体を震わせて、俺の腕にしがみついてきた。
それから、



「これはきっと、だめなやつね。きっと私たちみんな、死ぬんだわ。」


と呟いてから、















微笑んだ。

















そうだ。あの時確かに、美羽は微笑んだ。


あの聖母のような笑みを浮かべて、こう言ったんだ。




「これで安心できる。遥。さよなら。」


「なに言っ………!!」























そして目が覚めたらこれってわけだ。
















美羽の最後の微笑みを思い出しながら、虚ろな目でエヴァに視線を戻した。

彼女もまた、優しく微笑んでいた。



「はい!思い出しましたか?全部、思い出しました?その顔は………思い出したようですね。ね、クソデカ感情って、厄介でしょ?はいはい、なんで?って顔してますけど、まさかまだ気づいてないとか………?まっさかあ。そんなことーーー………ありそう、で、怖いんですけど!!」




「俺はただ美羽を幸せにしたかっただけだ。」




「回想の最初の方から、もうごめんねって言ってたの気づいてました?」





「俺はただ、大切にしたかっただけだ。」




「大切にしたいとか言いながら、美羽ちゃんの話聞いたことあったっけ?大切だったのは、自分の事だったんじゃないのかなぁ?全部全部ぜーんぶ、自分のためだったじゃないですか。自分が、自分の中の正解のまま動くことで、気持ちよくなりたかっただけ。考えてるふりをしていただけ。愛してると言ってたのは、鏡の中の自分。」



「違う!俺は…!………っ!美羽は?美羽はどこだ!一緒にここへ来てるんじゃないのか?!」


「まったくもう、さっき言ったじゃないですか。地球はバーチャルだ、って。あなた以外、全て。虚構だったんですよ。あなたのそんな感じを矯正するために創られた…」

「嘘だ!!!!!!」

「嘘じゃありません。あなたはパブロフの犬、美羽さんというの前で唾液を垂らしていた犬同然だったんですよ。」

「嘘だ………美羽………。美羽を返してくれ。頼むよ。俺の………美羽………。」

「さて、実はこれで終わりなわけではありません。精神の問題と言うのは非常に厄介でして。あなたは今回一度の人生を終え、これから多大な反省をすることでしょう。けれども一度の失敗で精神と言うのは矯正されるような単純なものでもありません。」

「………何を………言ってるんだ………。」

「つまり、問題と言うのは常に、失敗と成功を繰り返し解決策を徐々に学習していくものなのです!」

「………何を言っているのかわからない。もう少しわかりやす…」

「つまり!その感情が穏やかになるまで繰り返し転生してもらわなければならないという訳です!」

「………は………?」

「地球での一生はこちらではほんの3日間ですので、そうですね。あと3日後に、もう一度人生送って来てもらいますね。次はしっかり、彼女の気持ちも聞く耳を持つように!彼女だけじゃありません、愛する人たちのね。」

「一体………!一体何が目的なんだ!!!!」


「言ったでしょう?精神矯正施設が地球なんだ、って。この世界には、ハッキリ言って”死”という概念がありません。ですから、死、という概念をつくって矯正施設までつくっちゃった博士って、本当ーに優秀ですよね。みんな永遠に元気、みんな永遠に幸福、それがこの世界。でも稀に、この平和を乱す者が現れて困るんですよ。それがあなたのような、感情を持つ者ということなのです。なんていうのか、柔らかで穏やかな愛、っていうんですか?そうゆうのは大歓迎なんですけど、あなたみたいなのは、ちょっと、ね。悪い要因は早めに矯正しないといけませんでしょ?ですから、地球で頑張って生きて、悟り開いてくださいね、ね!はい、という訳で、3日後にはランダムに人生が選ばれます。次は少しハードモードかも。頑張って下さいね!」











確かに、空を見上げて何度も思った。

この世界は、『監獄』なんじゃないか、って。















でも、残酷すぎるだろ、こんなん………。





























そうして3日後俺はまた、産声をあげた。




















「お帰りなさい!エヴァって言います。毒親の家になんか産まれて大変でしたね。………またお会いできて嬉しいです。握手しても?」






































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