想いと距離
だが冬獅郎は話しをそこで止め、十番隊舎に戻ると告げる。
「本当に有り難う、日番谷隊長。それじゃあ、隊首会で」
「ああ………」
しかし今度は日番谷隊長と呼ばれた事には触れず、先に若桜が八番隊舎の中へ入って行くとまだ動かず。
サワサワと吹く風に羽織を揺らすと、くるりと背を向けて十番隊舎へと戻る。
「あ。来た来た!隊長!」
そこで待っていたのは副隊長である松本乱菊で、どうでした?と声を掛けたが反応はない。
「もしかして………その様子だと特に何もなかったとか?」
「────うるせえよ」
そこにきて冬獅郎からギロリと睨まれた乱菊が、思わず吹き出せば彼がため息を吐いた。
「何がおかしい?」
「あははっ……!いえ、棗副隊長も相当な筋金入りですけど、隊長も隊長ですよね!」
「……………」
それはまたどういう意味だと聞けば、棗若桜は特殊だと乱菊が言う。
「彼女は他人の恋愛関係には相応に理解や反応を示しますが、それが自分の事になると全くといって皆無ですよね?」
「───っ」
「今までそういった事に疎い人は何人も見てきましたけど、彼女は何というか………人を好きになるという感情を知らないというか。分からない………というか」
そこまで言われて冬獅郎の動きがピタリと止まれば、現世に逢いに行った時のことを思い出した。
(確かに………浦原商店を棲み家にしていた事は知っていたが、俺が戒めを解いて逢いに行ったあの時でさえなんの進展もしてなかった。───と言うかされてても困るんだが)
しかも若桜と浦原喜助は幼馴染であり、喜助はその当時からどうやら彼女に想いを寄せていたのか、突然現れた冬獅郎を牽制していた。
にも関わらず、あれほど長い年月を一緒に過ごしていながら、相手の気持ちに全く気付かないということは果たして有り得るのか。
(俺が名前で呼んでくれと言った時も、若桜からすると単にそこまで親しい間柄じゃないから呼べないと言っていた可能性が高い。現にあの貴族出身の四楓院や浦原の事は下の名前で呼んでいたし、俺はただの仲間としか認識してねえから『日番谷隊長』なのか………)
かと言ってそう考えても、若桜の反応からして本人自身の事は全く含まれてない体で。
(無関心………いや、いくら何でもそこまで自分に関心がねえ奴なんているか?)
仮にそうだとして、人を好きになるという感情を知らないと言う乱菊の予測が当てはまるのかと考えた時。
(─────有り得る、か。俺が近付いても驚くくらいの反応しかしねえし。まるで意識すらされてねえって感じで、俺と雛森の『仲の良さ』をそういう意味で捉えているようだったな………)
まるでひとりの世界に入ったかのように思考を深く巡らせていると、乱菊が小さく肩を竦める。
(やれやれね。隊長も隊長で、もっと分かりやすくアプローチすればいいのに………。何でも器用にこなすクセに、肝心な所は言葉が足りないと言うか不器用と言うか)
冬獅郎の真面目すぎる性格が故に、逆に伝わりにくさに拍車をかけており。ただひたすらに若桜を想って努力をしてきたからこそ、今のように真剣に試行錯誤している。
そんな隊長の想いを必ず成就させてやりたいと思うのもまた、彼を幼い頃から見てきた一人だから。
(後で雛森にも協力してもらえるよう頼んでみようかしら♪)
更に雛森桃にも冬獅郎の想い人が誰なのかバレているが、これもまた本人は気付いてなく。
「何だ?ニヤニヤして」
「───いえっ、何でもないですよ!隊長」
ルンルンしている所を見られて一瞬焦ったものの、乱菊は我らが隊長のために一肌脱ごうと決めたのだった。
──────。
時刻は昼過ぎ。
午前中の仕事を片付けた若桜が椅子から立ち上がると、タイミング良く戸を叩く音がする。
「副隊長、失礼します」
「どうぞ、入ってくれ」
するとスラリと引き戸が開き、中に入ってきたのは若桜に副隊長の腕章を渡してきた死神───月見里 鉄仙という男で。
「お疲れ様です。そろそろ休憩されてはと言いに来たんですが、丁度良かったみたいですね」
「ふふ、いつも有り難う。今日は午後からの隊首会に出るよう言われているから。少し早めに昼を食べようと思っていたんだ」
「それであれば私の耳にも入っています。どうやら京楽隊長は、よほどあなたに八番隊隊長になって頂きたいみたいですね」
「ああ………そうだな」
けれど………と。若桜が机に少しだけ身体を預け、右腕に巻かれた腕章を見つめる。
「副隊長にすら、まだなる気はなかったんだが………。どうにも私は………人の情というものに弱い」
「……………」
そして鉄仙を見つめると、でもそれが『私』なのだと言って笑った。
「隊長としての器とは────なにものにも屈することのない、強い信念を持つ者だと誰かに聞いた記憶がある。その覚悟がある者のみ、そこに属する者たちの命を預かることができる………。そして大切なものを守るため、己の命すら捨てることができる、と」
「棗副隊長………」
「私も、隊長とはそうあるべきだと………思っている。だが護廷十三隊の誰しもが、同じではないことも知っている。それぞれの思惑や意志があって、隊を背負っているとも」
「では………副隊長の意志は?」
目の前の女性────若桜を見つめ返せば、彼女の長い睫毛がふいに伏せられ。
「いずれ………こうなる事を条件に尸魂界へ戻って来たんだ。それが遅いか早いかだけであって、過去に断り続けていた事にようやく向き合う時が来た────ということかな」
フッと微苦笑しなから言うと、鉄仙が背筋を伸ばす。
「あなたが決めたことであれば、私は何処までもついて行くだけです!」
「………っ」
それはたった一ヶ月足らずの間ではあったが、彼が副官章を持って若桜の前に現れた時から築かれてきた絆であり。溜め込まれた膨大な書類を処理する若桜を、一生懸命に補佐してくれたのも彼だったから。
「有り難う………。あなたのような真っ直ぐな部下を持てたこと、とても誇りに思う」
嬉しくて、ふわりと笑みを見せた若桜に彼が頬を染めて照れると温かな空気が流れた。
「───そ、それでは私も休憩に入ります!隊首会の間は私が出来る範囲で上がってくる書類を纏めておきますので」
「分かった。でも無理は禁物だ。何か不明なものがあった時は避けておいて構わないから」
「はいっ!では失礼します!」
こうして八番隊の中で初めて出来た信頼のおける仲間の背を見送り、若桜がひとつ息を吐くとまだ胸の内が温かく。
(覚悟を決めたからには、もっと精進しなければならないな………)
己の掌をじっと見つめると、静かに握り締めた。
* * *
ここは一番隊舎のとある一室。
隊首会が開かれると通達を受けた各隊長が集まってくると、副隊長らは別室での待機となる。
そうして左右に分かれ、向かい合うようにして隊長たちが立てば、空いた場所がひとつ。
「……………」
そこは冬獅郎の左隣であり、八番隊隊長が立つ場所で。
「なんや。京楽総隊長が滅茶苦茶勿体ぶった言い方しよったけど、若桜ちゃんは来ないんかい」
すると平子真子がいち早く反応して口を開き、六車も眉を寄せると次に口を開いたのは朽木白哉。
「その総隊長もまだ来ていない。迎えに行っているのやもしれん」
「あー、言われてみればそやなぁ。久し振りに若桜ちゃんに会えるて、ほんま楽しみにしてたんや。頼むで」
そんな平子をひたと冬獅郎が見つめ。いくら現世で親交があったと言えど、馴れ馴れしい呼び方をする男に内心苛立ちを隠せず。
しかもじっと見すぎたためか、彼と目が合えば何故かニヤリとされる。
(…………最悪だな)
それでも冬獅郎は表情に出さず、目を閉じることで視界から相手を消せば扉が開く音が聞こえ。
「やあみんな、お待たせ」
軽く手を上げながら京楽が入ってくると同時に、その後ろに棗若桜が続けば辺りが水を打ったように静かになった。
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「本当に有り難う、日番谷隊長。それじゃあ、隊首会で」
「ああ………」
しかし今度は日番谷隊長と呼ばれた事には触れず、先に若桜が八番隊舎の中へ入って行くとまだ動かず。
サワサワと吹く風に羽織を揺らすと、くるりと背を向けて十番隊舎へと戻る。
「あ。来た来た!隊長!」
そこで待っていたのは副隊長である松本乱菊で、どうでした?と声を掛けたが反応はない。
「もしかして………その様子だと特に何もなかったとか?」
「────うるせえよ」
そこにきて冬獅郎からギロリと睨まれた乱菊が、思わず吹き出せば彼がため息を吐いた。
「何がおかしい?」
「あははっ……!いえ、棗副隊長も相当な筋金入りですけど、隊長も隊長ですよね!」
「……………」
それはまたどういう意味だと聞けば、棗若桜は特殊だと乱菊が言う。
「彼女は他人の恋愛関係には相応に理解や反応を示しますが、それが自分の事になると全くといって皆無ですよね?」
「───っ」
「今までそういった事に疎い人は何人も見てきましたけど、彼女は何というか………人を好きになるという感情を知らないというか。分からない………というか」
そこまで言われて冬獅郎の動きがピタリと止まれば、現世に逢いに行った時のことを思い出した。
(確かに………浦原商店を棲み家にしていた事は知っていたが、俺が戒めを解いて逢いに行ったあの時でさえなんの進展もしてなかった。───と言うかされてても困るんだが)
しかも若桜と浦原喜助は幼馴染であり、喜助はその当時からどうやら彼女に想いを寄せていたのか、突然現れた冬獅郎を牽制していた。
にも関わらず、あれほど長い年月を一緒に過ごしていながら、相手の気持ちに全く気付かないということは果たして有り得るのか。
(俺が名前で呼んでくれと言った時も、若桜からすると単にそこまで親しい間柄じゃないから呼べないと言っていた可能性が高い。現にあの貴族出身の四楓院や浦原の事は下の名前で呼んでいたし、俺はただの仲間としか認識してねえから『日番谷隊長』なのか………)
かと言ってそう考えても、若桜の反応からして本人自身の事は全く含まれてない体で。
(無関心………いや、いくら何でもそこまで自分に関心がねえ奴なんているか?)
仮にそうだとして、人を好きになるという感情を知らないと言う乱菊の予測が当てはまるのかと考えた時。
(─────有り得る、か。俺が近付いても驚くくらいの反応しかしねえし。まるで意識すらされてねえって感じで、俺と雛森の『仲の良さ』をそういう意味で捉えているようだったな………)
まるでひとりの世界に入ったかのように思考を深く巡らせていると、乱菊が小さく肩を竦める。
(やれやれね。隊長も隊長で、もっと分かりやすくアプローチすればいいのに………。何でも器用にこなすクセに、肝心な所は言葉が足りないと言うか不器用と言うか)
冬獅郎の真面目すぎる性格が故に、逆に伝わりにくさに拍車をかけており。ただひたすらに若桜を想って努力をしてきたからこそ、今のように真剣に試行錯誤している。
そんな隊長の想いを必ず成就させてやりたいと思うのもまた、彼を幼い頃から見てきた一人だから。
(後で雛森にも協力してもらえるよう頼んでみようかしら♪)
更に雛森桃にも冬獅郎の想い人が誰なのかバレているが、これもまた本人は気付いてなく。
「何だ?ニヤニヤして」
「───いえっ、何でもないですよ!隊長」
ルンルンしている所を見られて一瞬焦ったものの、乱菊は我らが隊長のために一肌脱ごうと決めたのだった。
──────。
時刻は昼過ぎ。
午前中の仕事を片付けた若桜が椅子から立ち上がると、タイミング良く戸を叩く音がする。
「副隊長、失礼します」
「どうぞ、入ってくれ」
するとスラリと引き戸が開き、中に入ってきたのは若桜に副隊長の腕章を渡してきた死神───
「お疲れ様です。そろそろ休憩されてはと言いに来たんですが、丁度良かったみたいですね」
「ふふ、いつも有り難う。今日は午後からの隊首会に出るよう言われているから。少し早めに昼を食べようと思っていたんだ」
「それであれば私の耳にも入っています。どうやら京楽隊長は、よほどあなたに八番隊隊長になって頂きたいみたいですね」
「ああ………そうだな」
けれど………と。若桜が机に少しだけ身体を預け、右腕に巻かれた腕章を見つめる。
「副隊長にすら、まだなる気はなかったんだが………。どうにも私は………人の情というものに弱い」
「……………」
そして鉄仙を見つめると、でもそれが『私』なのだと言って笑った。
「隊長としての器とは────なにものにも屈することのない、強い信念を持つ者だと誰かに聞いた記憶がある。その覚悟がある者のみ、そこに属する者たちの命を預かることができる………。そして大切なものを守るため、己の命すら捨てることができる、と」
「棗副隊長………」
「私も、隊長とはそうあるべきだと………思っている。だが護廷十三隊の誰しもが、同じではないことも知っている。それぞれの思惑や意志があって、隊を背負っているとも」
「では………副隊長の意志は?」
目の前の女性────若桜を見つめ返せば、彼女の長い睫毛がふいに伏せられ。
「いずれ………こうなる事を条件に尸魂界へ戻って来たんだ。それが遅いか早いかだけであって、過去に断り続けていた事にようやく向き合う時が来た────ということかな」
フッと微苦笑しなから言うと、鉄仙が背筋を伸ばす。
「あなたが決めたことであれば、私は何処までもついて行くだけです!」
「………っ」
それはたった一ヶ月足らずの間ではあったが、彼が副官章を持って若桜の前に現れた時から築かれてきた絆であり。溜め込まれた膨大な書類を処理する若桜を、一生懸命に補佐してくれたのも彼だったから。
「有り難う………。あなたのような真っ直ぐな部下を持てたこと、とても誇りに思う」
嬉しくて、ふわりと笑みを見せた若桜に彼が頬を染めて照れると温かな空気が流れた。
「───そ、それでは私も休憩に入ります!隊首会の間は私が出来る範囲で上がってくる書類を纏めておきますので」
「分かった。でも無理は禁物だ。何か不明なものがあった時は避けておいて構わないから」
「はいっ!では失礼します!」
こうして八番隊の中で初めて出来た信頼のおける仲間の背を見送り、若桜がひとつ息を吐くとまだ胸の内が温かく。
(覚悟を決めたからには、もっと精進しなければならないな………)
己の掌をじっと見つめると、静かに握り締めた。
* * *
ここは一番隊舎のとある一室。
隊首会が開かれると通達を受けた各隊長が集まってくると、副隊長らは別室での待機となる。
そうして左右に分かれ、向かい合うようにして隊長たちが立てば、空いた場所がひとつ。
「……………」
そこは冬獅郎の左隣であり、八番隊隊長が立つ場所で。
「なんや。京楽総隊長が滅茶苦茶勿体ぶった言い方しよったけど、若桜ちゃんは来ないんかい」
すると平子真子がいち早く反応して口を開き、六車も眉を寄せると次に口を開いたのは朽木白哉。
「その総隊長もまだ来ていない。迎えに行っているのやもしれん」
「あー、言われてみればそやなぁ。久し振りに若桜ちゃんに会えるて、ほんま楽しみにしてたんや。頼むで」
そんな平子をひたと冬獅郎が見つめ。いくら現世で親交があったと言えど、馴れ馴れしい呼び方をする男に内心苛立ちを隠せず。
しかもじっと見すぎたためか、彼と目が合えば何故かニヤリとされる。
(…………最悪だな)
それでも冬獅郎は表情に出さず、目を閉じることで視界から相手を消せば扉が開く音が聞こえ。
「やあみんな、お待たせ」
軽く手を上げながら京楽が入ってくると同時に、その後ろに棗若桜が続けば辺りが水を打ったように静かになった。
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