想いと距離

その日の夕刻。
まるで嵐のように現れ、嵐のように去って行く夜一を見送り。早めに休んでくださいと部下に気遣われつつ隊舎から出ると、夕焼けに染まる空を見る。

「もうすぐ一ヶ月か………。何かあっという間だったな」

その理由として毎日が溜め込まれた書類を処理するという、所謂デスクワークの日々だったからで。
それでもようやく一段落つき、隊士たちに任せきりだった任務にも着手できそうだと思えば気が引き締まる思いか。
けれどひとつだけ、若桜の心に少しだけ引っ掛かっていることがあり。

「……………」

砂利を踏み締めて歩きながら、ふと思い浮かんだのはあるひとりの死神。

「日番谷隊長………」

そう、尸魂界に戻って来た初日に彼から告げられた言葉が何故か若桜の頭から離れず。
かと言っていまだその意味は分からないままだが、『覚悟しておけ』と言われたもののあれから姿さえ見ていないのだ。
しかし護廷十三隊に属している限り、常に多忙なのは当たり前で。若桜も事情があったにしろ、執務室の椅子から離れることなくずっと籠っていた。
だから気にかける事などないはずなのに、あの時の冬獅郎の真剣な表情が目を閉じるだけで浮かび。

(彼は今どうしているだろうか………。こんな時間だから、もう家に帰っているかもしれないな)

そう言えば、彼もまた邸宅を与えられているはずで。まだ結婚さえしていないから、食事にしろ何にしろ自分でしなくてはならないはずだと思えば、自炊している姿がふいに想像できてしまう所も彼の真面目な性格があるからか。

(それとも、使用人を雇っているか、或いは………)

他の誰かが、冬獅郎のためにと食事を作ったり洗濯などしているのかもしれない。

「─────」

そこまで考えて軽く瞬きすると、十分に有り得る事だと微笑んだ。

「八番隊の仲間の話だと、日番谷隊長はあの姿になる前から人気者だと言っていたな」

それこそ彼の人徳でもあるが、何やら写真集やカレンダーなどが出回るほどの人気だそうで。
更に乱菊が隠し撮りをしていることを聞けば驚いたが、少年の姿だった時はとにかく可愛らしかったのを覚えている。
それを言えば本人が顔を真っ赤にして怒ること間違いなしなのだが。それでもいざ戦いの場となれば惚れ惚れするほどの剣技もさることながら、天才と呼ばれるに相応しい氷雪系最強の斬魄刀をもって敵を圧倒するなど。
最年少ながら十番隊隊長となった彼の実力は間違えようのないものであり、それも相まって絶大な人気があるのだと再認識した。
そんな人物が若桜の隣に立つために日夜鍛練を怠らず、いつまでもガキの姿だと釣り合わないと言った。
それがどう繋がっているのかは謎ではあるが、何もこんな歳が離れた自分に釣り合おうとせずとも、同年代の仲間が多く居るはずなのに。

(それこそ雛森さんとか………幼馴染でそのまま結婚したという話は二番隊に居た時も聞いた記憶があったな)

そんな事を思っていると、護廷十三隊の隊舎が集まる敷地から出ていて。
そこでふと立ち止まると、家に食糧が何もなかった事を思い出す。

「気付いて良かった……。確か商店街みたいな所があると聞いたから、そこで買って帰ろう」

そうと決まれば方向転換し、瀞霊廷の中にあるという店が集まる場所へと向かい。八百屋などと言った懐かしくも赴きのある店に立ち寄ると、食材を購入していく。
そして粗方揃った所で、そろそろ帰ろうと元来た道を戻っているとふいに見覚えのある人影が見えた。

「日番谷くん、今帰り?」

その声の主こそ、若桜が今しがた口に出していた人で。

「ああ、雛森。お前もか?」

勿論相手は頭二つと言わず飛び抜けた冬獅郎で、二人とも流魂街にある同じ地区出身だ。

「そうなの。最近事務仕事に追われてて、平子隊長がたまには早く帰って休めって言ってくれたから」

そんな雛森桃は女性らしくも小柄であり、平子真子率いる五番隊副隊長だ。
しかも姉弟同然に育ったこともあり、二人が並ぶとお似合いか。

「どおりで、目の下にクマができてるぞ?」

フッと笑った冬獅郎に、桃がサッと目許を隠すと嘘だと言って彼がまた笑い。

「ちょっと!フザケないでよシロちゃん!」

「───おい、その呼び方はヤメロって言ってるだろ。日番谷隊長と呼べ」

成長した姿となった今では、端から見ても姉弟とか幼馴染などと言った風には見えず。仲睦まじい恋人同士に見えると思えば、微笑んだ若桜はすぐに別の道を行こうと背を向けた。

「話し掛けるのは野暮と言うものだな。ではな、若人たち」

そこから少し遠回りになるが自宅へと戻り、死覇装から着物へ着替えるとすぐさま夕餉を作り始める。
そのまま簡単ではあるが腹を満たし、食器などを洗い終れば今度は風呂の用意を始め。隊舎で寝泊まりしていた時は全て簡易的に済ませていたため、久し振りに湯船にゆっくりと浸かって癒しを得ると、明日の準備をしてから眠りについた。



* * *

翌朝。
いつもより早く目覚めた若桜は、そのまま朝餉の支度をして食べ。準備を終えて戸締まりをすると、八番隊舎へと向かう。
その道すがら、爽やかな風が吹けば若桜の長い髪を揺らし。入り口が見えてきた所で誰か立っているのに気付いたその時、相手も気付いたのかすぐに近付いてきた。

「今日も早いな」

そう言ったのは冬獅郎で、目の前まで来ると若桜が挨拶する。

「日番谷隊長こそ、なかなかに早起きだな」

しかし急に彼が眉を潜め、じっと見つめてくるも意味が分からず。

「もう忘れたのか?俺のことは冬獅郎でいいと言ったよな?」

「あ────それは、忘れてなどいないが……。私とあなたは護廷十三隊に属する仲間で、名前で呼びあうような関係ではないからどうかと思って……」

正直に答えると、黙り込んだ彼が何やら思案している風だ。

「そうだ。昨日の夕刻だが商店街に居ただろう?雛森さんと話してるのを偶然見掛けたんだ」

そこに思い出した若桜が笑みを浮かべ、顔を上げた冬獅郎が見てたのかと呟けば頷く。

「やっぱり二人は仲がいいな!私も夜一や喜助さんとは幼馴染だが、二人とも自由人過ぎてたまに忘れられたのかと思ってしまうほど会わない時があったから」

すると彼がスッと目を細め、こっちも変わらないと返してくる。

「昨日はたまたま会っただけだ。そろそろ食材がなくなってきた所だったから、買い足しに来てただけだしな。それといつも顔を合わせてるわけじゃねえし、そもそもそんな関係じゃねえよ」

「そ、そうか………」

しかも心なしか不機嫌になったような気がして。眉間に寄った皺が濃くなっているのを見ると、何か変な事でも言ってしまったのかと考えてしまう。
かと言って彼の言う『そんな関係』とはどんな関係を指しているのか。

(私が普通・・だったなら理解できてたかもしれないが………。彼が何を言おうとしてるのか、どうしてそんな反応をするのか分からない)

だから何を言えばいいのかすら分からなくて、長い睫毛を何度か瞬かせた。

「────俺がここで待ってたのは、昼から隊首会があると伝えに来ただけだ」

「………隊首、会?」

そこで口を開いた冬獅郎に、若桜がキョトンとすると微苦笑した本人。

「八番隊は隊長が不在だろ?」

「そうだが………不在であれば確か人数が足りずとも会は開かれるはずだと」

「本来はな。けどこれは京楽からの伝言だ。『八番隊においては副隊長である棗若桜の参加を要請する』ってな」

「────」

途端に若桜が目を閉じ、春水の思惑に気付いてため息を吐く。
しかも一番隊隊長であり、護廷十三隊を総括する総隊長でもある彼の命令は絶対で。

「こればかりは逃げられないみたいだな」

「そう言うことだ。───何なら、俺が迎えに行ってもいいんだが?」

更にニヤリと笑った彼が、迷子にならねえようにと付け加えてくれば軽く睨み返す。

「一番隊舎なら分かる。それより、わざわざ有り難う」

そうして笑みを見せると、冬獅郎がどうってことねえと言って目を閉じ。

「この短期間で溜まってた書類を全部片付けたと聞いた。まあ、そこは元二番隊副隊長なら問題ないと思ってたが」

「ふふ、そうだな。────と言うか、知ってたのか!?」

今さらっと言っていたが、若桜がかつて二番隊に在籍していた事を知っていたのは驚きか。
しかし当の本人は当たり前だと言って笑う。

「お前の事は俺が真央霊術院に入った時からよく噂として聞いてたからな。あの四楓院夜一を筆頭にして、二番隊副隊長の棗若桜という死神は一線を画していたと」

その時には既に若桜は尸魂界から姿を消していたが、彼女の話しは今に至るまで尽きることはなかった。
だからこそ黒崎一護と共に姿を現した時、冬獅郎は自分の目を疑ったくらいで。
噂でしか聞いた事のなかった死神が、現実に目の前に存在している────。
同時に彼の中で衝撃と共に急激な変化が起き、目の前の死神────棗若桜から目が離せなかった。


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