想いと距離
「────」
周りの音すら耳に入らないのは、日番谷冬獅郎の顔が今までにないくらい近くにあるからか。
息をするのも忘れ、吸い込まれそうな色をしたその瞳から反らすこともできない。
同時に少年だった頃の彼が目の前に居た時の情景が今と重なり。
彼の吐息でさえ触れそうな、有り得なかったその距離に心臓がドクリと反応すると、冬獅郎の形の良い唇が開く。
「俺にとってはお前だけが特別 なんだ。今までどんなに現世に行きたいと思っても、固く禁じていたのは若桜────全てお前のため。あの時伝えた言葉は、嘘偽りない俺の本心だ」
「っ!」
それは冬獅郎自身が自らに課していた『縛り』であり。
若桜の隣に立つに相応しい者になるまで、任務以外で現世に行くことを固く禁じていたと本人から告げられた。
同時に『若桜に逢うことを禁じていた』という意味であり、彼が若桜の目の前に現れるまでの十数年もの間、忘れられてしまったのかと思うくらいに本当に姿を見せなかったから。
「それこそ、買い被り過ぎだ。私は百十年以上も前に現世へと逃れた死神。その大半を封印という形で眠りにつき、目覚めてからも喜助さんの世話になりっぱなしだったから。あなたにそんな風に思ってもらえるような者じゃない」
けれど若桜はあくまでその対象ではないと伝え、自分ではないもっと相応しい人がいるはずだと微笑む。
それでも冬獅郎は真剣な表情のまま、それこそ勝手に決めんなと言って指先を上げ。若桜の細い顎を支えて上向かせてくれば息さえ止まり。
「────っ、ひ、日番谷………隊、長………?」
あまりの近さに頭が真っ白になり、挑むような眼差しに囚われたその時。
「お前から尸魂界 に戻って来てくれたんだ。もう手加減なんてしねえ。覚悟しとけよ?」
口の端を上げた冬獅郎が、まるで宣戦布告のような台詞を告げると視線が交わる。
そうして言葉すら紡げない若桜を真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと離れていけばフッと笑い。
「じゃあな。────ああ、それと俺のことは『冬獅郎』でいい。日番谷隊長って呼ばれると、逆によそよそしく聞こえるからな」
返事すら待たずに背を向けた彼が、『十』と書かれた羽織を揺らしながら去って行くと、いまだ止まっていた息を吐いた若桜。
「…………っ、なん……だったんだ………今のは………」
何が起きていたのかさえ理解できず、彼が触れた所が熱を持てば身体がグラリと傾く。
「っ……!」
そのまま長椅子に座り込み、ヘナヘナと力が抜けていけば頬まで熱くて。
大きく息を吐いて思わず天を仰ぐと、隊舎を抜け出して来ていたと急激に我に返るのだった。
* * *
尸魂界に戻って来た若桜が、八番隊の副隊長として就任したという話しもその日のうちに広まり。
旧知である三番隊隊長・鳳橋楼十郎、五番隊隊長・平子真子や九番隊隊長・六車拳西が早々に会いに来てくれると、隊長になる日もすぐに来ると笑う。
そんな彼らにも畏れ多いことだと返し、まずは目先の事から片付けなければと意気込めばあまり力みすぎるなと忠告され。何かあった時は遠慮なく声を掛けてくれと言われると、若桜の心がほんわりと温かくなった。
そして更に副隊長になった事で、若桜には瀞霊廷内にある邸宅が与えられ。元から隊長として戻ってもらおうと春水が用意していたのもあったが、自分の家を持つこととなった若桜はひとり感慨深く家の中を見て回った。
しかし着任翌日から、若桜は家ではなく他の隊士たちと変わりなく八番隊舎で寝泊まりを始め。少しでも長く部下たちと過ごす時間を増やしつつ、親交を深めていく。
それでも彼らが家に戻るよう何度も進言してきたが若桜は聞かず、ここから出勤すればすぐに仕事に取りかかれると便利さを説き。一段落したその時には必ず戻ると約束すると、そんな若桜の人と成りに彼らは深く心酔した。
それから一ヶ月が経とうとしていた頃。
「副隊長、溜まっていた書類も殆んど片付きましたし、そろそろご自宅に戻られてはどうでしょうか?」
午前中に残った仕事をやってしまおうと缶詰めになっていた若桜へ、執務室に入って来た隊士が湯気の立つお茶を置きながら言う。
「有り難う。そうだな………山積みだった紙の山もなくなったことだし、あなたの言うとおり家に戻ろうか」
「ええ!そうして頂けると我々も助かります。それでなくともあなたは徹夜をしていることが多いので、皆が心配して逆に眠れなかったくらいなんですよ?」
「ああ、それは本当に申し訳なかった。確かに何度も寝るように言われてたが、優先順位が高いものを先に片付けてしまいたかったから」
「副隊長………」
またそんな言葉にすら感銘を受けるのは、棗若桜が極めて優れた能力を持つ死神だったからであり。机の上や床にまで山積みになっていた書類の中から、すぐさま優先度の高いものを抜粋しつつ処理をしていけばその速さに驚き。手伝いを願い出た隊士たちには感謝しつつ、的確に割り振るなどその手腕も圧巻だった。
更には常に隊士たちを気遣い、任務へと赴く彼らに必ず声を掛けたりと。一月も掛からぬうちに誰もが若桜を慕い、心の中で早く隊長になってくれないかと願っていた。
しかし同時に何故、誰に教わることもなくこうも簡単に事務処理をこなすことができるのか。また誰もが疑問に感じ、ようやく若桜に訊ねる時間ができたと。
「あの、副隊長────」
思いきって質問しようとしたその時。
「ここにおったか!!若桜」
ガラリと無遠慮にも戸が開いて誰かが入ってくる。
「────夜一?久し振りだな!」
「うむ、久し振りじゃの────ではなくてだな、何故儂に一言相談しなかったんじゃ!?」
しかもその人物を見るなり若桜が嬉しそうな表情をしたものの、すぐさま詰めよったのは褐色の肌を持つ女性で。
「よ、夜一………ってまさか───」
その者こそ、護廷十三隊の元二番隊隊長であった四楓院夜一その人であり。四大貴族のひとつにして四楓院家の前当主でもあった死神だ。
そして見えざる帝国との戦いの後、実は八番隊隊長になって欲しいと春水が頼んだもののそれを見事に一蹴。
代わりに死神を育成する学校である真央霊術院の講師として、教鞭を取っているという何ともフリーダムな所は健在だった。
そんな人物が若桜に食ってかかると、本人は苦笑しつつすまないと謝っていて。
「でも夜一がここに居ると分かってたから、何も不安なことなどなかったが」
次いでふわりと微笑むと、夜一の頬かボッと染まってデレる。
「お、お主にそう言われると儂も弱いんじゃが………ではなくてだなっ!京楽の思惑に気付いてないわけではあるまい?それなのに何故話を受けたんじゃ?」
しかしすぐに気を取り直し、真顔になれば若桜の雰囲気が少しだけ変わり。
「…………先の戦いが終わるまで、私に出来る事は限られていたから。その分のせめてもの贖罪ではないが………今度こそ私に出来る事をやろうと、そう思っただけだ」
濃い色合いの紫の瞳を伏せると、夜一もそれ以上は何も言わず。
落ちた沈黙に隊士が半ば困惑していると、辺りを見回した夜一が綺麗になったものじゃとため息交じりに言う。
「八胴丸が辞めて以来、手もつけられんような状態じゃったのに………。一ヶ月足らずでよくここまで片付けられたものじゃのう」
そこで顔を上げた隊士が、事務処理の仕方など教わらずして全部若桜が処理をしたのだと伝え。
「どうして知っていたのかと、お聞きしようと思っていた所だったのです!」
すると一瞬驚いた顔をした夜一が、すぐにニヤニヤと笑えば若桜を見やり。
「そうじゃったのう………。お主らは知らんはずじゃ。実は若桜はのう、ここから姿を消すまでの間、二番隊副隊長をしておったんじゃ!」
「!!!」
どうじゃと言わんばかりに言い放つと、相手が驚愕で言葉を失う。
「それも儂が隊長をしておった時でな。こやつとは子供の時からの付き合いで、同じく昔馴染みである浦原喜助と共に死神になった謂わば『同期』じゃ!」
「え────えぇっ!?それって、今考えるとかつての二番隊はまさに最強の布陣ではっ!!」
「ふははっ!そうなるのう!当時は浦原も第三席じゃったから、まさにお主の言う最強の布陣じゃったぞ♪」
そうなると夜一の独壇場か。
高らかに笑う彼女を諌めようと、若桜が昔の事だからと言うも更に目を輝かせた部下から一生ついて行きますと叫ばれ。
「それにしても、もういい加減隊長の席に座ったらどうじゃ?お主がそこまで心を決めて戻って来たのであれば、誰も文句は言うまい?」
その横で夜一が肩をポンと叩けば、若桜はけじめも必要だと返したのだった。
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周りの音すら耳に入らないのは、日番谷冬獅郎の顔が今までにないくらい近くにあるからか。
息をするのも忘れ、吸い込まれそうな色をしたその瞳から反らすこともできない。
同時に少年だった頃の彼が目の前に居た時の情景が今と重なり。
彼の吐息でさえ触れそうな、有り得なかったその距離に心臓がドクリと反応すると、冬獅郎の形の良い唇が開く。
「俺にとってはお前だけが
「っ!」
それは冬獅郎自身が自らに課していた『縛り』であり。
若桜の隣に立つに相応しい者になるまで、任務以外で現世に行くことを固く禁じていたと本人から告げられた。
同時に『若桜に逢うことを禁じていた』という意味であり、彼が若桜の目の前に現れるまでの十数年もの間、忘れられてしまったのかと思うくらいに本当に姿を見せなかったから。
「それこそ、買い被り過ぎだ。私は百十年以上も前に現世へと逃れた死神。その大半を封印という形で眠りにつき、目覚めてからも喜助さんの世話になりっぱなしだったから。あなたにそんな風に思ってもらえるような者じゃない」
けれど若桜はあくまでその対象ではないと伝え、自分ではないもっと相応しい人がいるはずだと微笑む。
それでも冬獅郎は真剣な表情のまま、それこそ勝手に決めんなと言って指先を上げ。若桜の細い顎を支えて上向かせてくれば息さえ止まり。
「────っ、ひ、日番谷………隊、長………?」
あまりの近さに頭が真っ白になり、挑むような眼差しに囚われたその時。
「お前から
口の端を上げた冬獅郎が、まるで宣戦布告のような台詞を告げると視線が交わる。
そうして言葉すら紡げない若桜を真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと離れていけばフッと笑い。
「じゃあな。────ああ、それと俺のことは『冬獅郎』でいい。日番谷隊長って呼ばれると、逆によそよそしく聞こえるからな」
返事すら待たずに背を向けた彼が、『十』と書かれた羽織を揺らしながら去って行くと、いまだ止まっていた息を吐いた若桜。
「…………っ、なん……だったんだ………今のは………」
何が起きていたのかさえ理解できず、彼が触れた所が熱を持てば身体がグラリと傾く。
「っ……!」
そのまま長椅子に座り込み、ヘナヘナと力が抜けていけば頬まで熱くて。
大きく息を吐いて思わず天を仰ぐと、隊舎を抜け出して来ていたと急激に我に返るのだった。
* * *
尸魂界に戻って来た若桜が、八番隊の副隊長として就任したという話しもその日のうちに広まり。
旧知である三番隊隊長・鳳橋楼十郎、五番隊隊長・平子真子や九番隊隊長・六車拳西が早々に会いに来てくれると、隊長になる日もすぐに来ると笑う。
そんな彼らにも畏れ多いことだと返し、まずは目先の事から片付けなければと意気込めばあまり力みすぎるなと忠告され。何かあった時は遠慮なく声を掛けてくれと言われると、若桜の心がほんわりと温かくなった。
そして更に副隊長になった事で、若桜には瀞霊廷内にある邸宅が与えられ。元から隊長として戻ってもらおうと春水が用意していたのもあったが、自分の家を持つこととなった若桜はひとり感慨深く家の中を見て回った。
しかし着任翌日から、若桜は家ではなく他の隊士たちと変わりなく八番隊舎で寝泊まりを始め。少しでも長く部下たちと過ごす時間を増やしつつ、親交を深めていく。
それでも彼らが家に戻るよう何度も進言してきたが若桜は聞かず、ここから出勤すればすぐに仕事に取りかかれると便利さを説き。一段落したその時には必ず戻ると約束すると、そんな若桜の人と成りに彼らは深く心酔した。
それから一ヶ月が経とうとしていた頃。
「副隊長、溜まっていた書類も殆んど片付きましたし、そろそろご自宅に戻られてはどうでしょうか?」
午前中に残った仕事をやってしまおうと缶詰めになっていた若桜へ、執務室に入って来た隊士が湯気の立つお茶を置きながら言う。
「有り難う。そうだな………山積みだった紙の山もなくなったことだし、あなたの言うとおり家に戻ろうか」
「ええ!そうして頂けると我々も助かります。それでなくともあなたは徹夜をしていることが多いので、皆が心配して逆に眠れなかったくらいなんですよ?」
「ああ、それは本当に申し訳なかった。確かに何度も寝るように言われてたが、優先順位が高いものを先に片付けてしまいたかったから」
「副隊長………」
またそんな言葉にすら感銘を受けるのは、棗若桜が極めて優れた能力を持つ死神だったからであり。机の上や床にまで山積みになっていた書類の中から、すぐさま優先度の高いものを抜粋しつつ処理をしていけばその速さに驚き。手伝いを願い出た隊士たちには感謝しつつ、的確に割り振るなどその手腕も圧巻だった。
更には常に隊士たちを気遣い、任務へと赴く彼らに必ず声を掛けたりと。一月も掛からぬうちに誰もが若桜を慕い、心の中で早く隊長になってくれないかと願っていた。
しかし同時に何故、誰に教わることもなくこうも簡単に事務処理をこなすことができるのか。また誰もが疑問に感じ、ようやく若桜に訊ねる時間ができたと。
「あの、副隊長────」
思いきって質問しようとしたその時。
「ここにおったか!!若桜」
ガラリと無遠慮にも戸が開いて誰かが入ってくる。
「────夜一?久し振りだな!」
「うむ、久し振りじゃの────ではなくてだな、何故儂に一言相談しなかったんじゃ!?」
しかもその人物を見るなり若桜が嬉しそうな表情をしたものの、すぐさま詰めよったのは褐色の肌を持つ女性で。
「よ、夜一………ってまさか───」
その者こそ、護廷十三隊の元二番隊隊長であった四楓院夜一その人であり。四大貴族のひとつにして四楓院家の前当主でもあった死神だ。
そして見えざる帝国との戦いの後、実は八番隊隊長になって欲しいと春水が頼んだもののそれを見事に一蹴。
代わりに死神を育成する学校である真央霊術院の講師として、教鞭を取っているという何ともフリーダムな所は健在だった。
そんな人物が若桜に食ってかかると、本人は苦笑しつつすまないと謝っていて。
「でも夜一がここに居ると分かってたから、何も不安なことなどなかったが」
次いでふわりと微笑むと、夜一の頬かボッと染まってデレる。
「お、お主にそう言われると儂も弱いんじゃが………ではなくてだなっ!京楽の思惑に気付いてないわけではあるまい?それなのに何故話を受けたんじゃ?」
しかしすぐに気を取り直し、真顔になれば若桜の雰囲気が少しだけ変わり。
「…………先の戦いが終わるまで、私に出来る事は限られていたから。その分のせめてもの贖罪ではないが………今度こそ私に出来る事をやろうと、そう思っただけだ」
濃い色合いの紫の瞳を伏せると、夜一もそれ以上は何も言わず。
落ちた沈黙に隊士が半ば困惑していると、辺りを見回した夜一が綺麗になったものじゃとため息交じりに言う。
「八胴丸が辞めて以来、手もつけられんような状態じゃったのに………。一ヶ月足らずでよくここまで片付けられたものじゃのう」
そこで顔を上げた隊士が、事務処理の仕方など教わらずして全部若桜が処理をしたのだと伝え。
「どうして知っていたのかと、お聞きしようと思っていた所だったのです!」
すると一瞬驚いた顔をした夜一が、すぐにニヤニヤと笑えば若桜を見やり。
「そうじゃったのう………。お主らは知らんはずじゃ。実は若桜はのう、ここから姿を消すまでの間、二番隊副隊長をしておったんじゃ!」
「!!!」
どうじゃと言わんばかりに言い放つと、相手が驚愕で言葉を失う。
「それも儂が隊長をしておった時でな。こやつとは子供の時からの付き合いで、同じく昔馴染みである浦原喜助と共に死神になった謂わば『同期』じゃ!」
「え────えぇっ!?それって、今考えるとかつての二番隊はまさに最強の布陣ではっ!!」
「ふははっ!そうなるのう!当時は浦原も第三席じゃったから、まさにお主の言う最強の布陣じゃったぞ♪」
そうなると夜一の独壇場か。
高らかに笑う彼女を諌めようと、若桜が昔の事だからと言うも更に目を輝かせた部下から一生ついて行きますと叫ばれ。
「それにしても、もういい加減隊長の席に座ったらどうじゃ?お主がそこまで心を決めて戻って来たのであれば、誰も文句は言うまい?」
その横で夜一が肩をポンと叩けば、若桜はけじめも必要だと返したのだった。
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