想いと距離

そして彼女も暫くの間は隊長として任務や事務仕事をこなしていたが。

「彼女と同じ境遇の死神が同じく隊長を務めてるのに、どうにも駄目みたいでね。元々本人は嫌がっていたし、そこに無理を言ってやってもらってたこともあってかな。そうやってどんどん積み重なったものが、二ヶ月前にとうとう限界を迎えちゃったってわけなんだよね」

「……………」

そうなると若桜もすぐさま断ることもできず。
特に隊長となればいつまでも席を空けたままにするのは色々とまずい。
更に隊のトップがいなくては隊自体が機能せず、そこに属する死神たちも隊長が長らく不在となれば不平不満が充満するのは考えるまでもなくて。

「念のために聞くが、候補は他にいないのか?」

これも恐らく即答だろうと思いつつ確認すると、春水は残念ながらと答えた。

「死神の数が慢性的に足りていない。その上隊長となれば、そこいらにいる死神に簡単に頼むことなんてできないの、若桜ちゃんも知ってるでしょ」

かと言って、そこで何故若桜なのか。
現世に出奔してから百年以上も経っている自分が、隊長として戻るなど本来ならば許されるはずもない。
だからそれを伝えようとするも、スッと手を上げた春水が一瞬だけ鋭い眼差しへと変わり。

「若桜ちゃんには悪いけど、キミの事は山じいから聞いてるよ」

「────」

山じい────彼の名は山本元柳斎重國。
護廷十三隊創設者にして、総隊長且つ一番隊隊長だった死神その人で。
ユーハバッハの手で殺されたと聞いた時は若桜でさえ信じられず。彼の人へと想いを馳せた。
その人物から若桜の事を聞いたという春水を見つめ。真意を計り兼ねると喜助も無言で鋭い視線を投げる。

「やだなあ………二人してそんな怖い顔しちゃって。ボクが山じいからどこまで聞いてるか知りたいって顔をしてるねぇ」

「そりゃあ当然っスよ。こればかりはアタシも看過できないんで」

「勿論、わかってるよ。だけどこっちも非常事態なんだ。その上で隊長に相応しい死神は誰かってなれば、白羽の矢が立つのは当然の話しだと思うんだけどねえ」

そうやってじわじわと逃げ場を無くしていることも承知で、春水が続けると若桜が目を閉じ。

「────この件は他の隊長も知っているのか?」

昔馴染み以外で、棗若桜という死神が隊長になる事を善しと思っているのかと訊ねると、彼が頷く。

「キミが尸魂界に姿を現したのは一度だけじゃない。黒崎一護と共に幾度となく共に戦った。それは全死神が知っていることだよ」

「……………」

そうなると若桜が息を吸い、何かを言おうとするも喜助が遮った。

「アタシは反対です。そもそも向こうに若桜サンだけを行かせるなんて出来ない相談ですよ」

「喜助さん………」

「京楽サン、アナタが直々に来たのは百歩譲って歓迎します。ですがアナタがここに来たのは護廷十三隊のため。そして若桜サンの『存在』が尸魂界になくてはならないからこそ、わざわざ頼みに来た。そうですよね?」

「……………」

しかも喜助の言葉が的を射ていたのか。ここにきて黙り込んだ春水が、唇だけに笑みを浮かべると喜助が拳を握り。

「その表情からして図星だったみたいっスね」

このまま強制的に送還しそうな空気が漂ったその時。

「喜助さん、私なら大丈夫だ」

ふいに声を出した若桜が、澄んだ色をたたえた眼を向ける。

「若桜サン────」

「元より、私が現世に居ても状況はさほど変わってなどいなかった。ただ…………『敵』の目から上手く隠せていただけに過ぎない。藍染の時も、ユーハバッハの時も、単に私がどのような『存在』なのか知り得なかっただけのこと」

そうして春水を見れば、ひとつ条件があると告げ。

「戻ってすぐに隊長になるのは如何なものかと思う。よって、まずは八番隊の隊士として入隊させてもらいたい。それが条件だ」

「っ!?」

これにはさすがに春水の表情が崩れる。

「そうなると隊長は不在なままだってこと、分かって言ってるならかなり横暴じゃないかい?」

「最初から横暴な事を頼みに来たのは貴殿だ、京楽殿。それが出来ないのであれば、この件は白紙に戻ることになるが?」

それでも若桜は譲らず、にこりと微笑むだけで男は負けたも同然か。

「────はぁ……。こうなるだろう事も何となく分かってたけど。キミが尸魂界に戻ってきてくれるなら、条件を飲もう。同時に当分の間はボクが八番隊隊長を兼任するけど、早いとこ隊長に就任してくれることを祈るよ」

「そうしてくれると助かる」

ここに来てようやく話しが成立となれば、春水が大きく息を吐く。

「若桜サン」

それでも喜助は納得できないのか、険しい表情を見せるも若桜は笑顔で頷き。

「向こうには夜一が霊術院の講師としているし、喜助さんには定期的に連絡を入れるから」

だから大丈夫と伝えると、ようやく喜助もため息と共に見送る事を決意し。
その一週間後に、若桜は百余年振りに尸魂界へと戻って来たのだった。



──────。
棗若桜が尸魂界へ戻って来たその日。
十番隊隊舎では朝から死神たちが騒がしく、乱菊がその場を取りなしているなかひとり冬獅郎は無言で佇んでいて。
以前から春水が彼女を八番隊隊長として迎える準備をしていると聞いていたが、冬獅郎本人はまさかそれが実現するとは思ってもなかったのだ。
何故なら、若桜は浦原喜助や四楓院夜一らが藍染の策略に嵌まって現世へと逃亡するより前に、尸魂界から姿を消していたと聞き及んでいたからで。
事情は知らずとも、尸魂界に居続けることが出来ない理由があったために姿を眩ましたという事を、全死神が知っていたからであった。
しかし隊長としてではないにしろ、若桜が八番隊の隊士としてここに戻って来ると知り。
死神として、仲間として、彼女と肩を並べることができるようになったのだと。
これからは、逢いたいと思えば逢える距離にいる。
ただそれが嬉しくて。

(ずっと、そうなれたらいいと………願ってきたことがやっと叶ったのか)

それならば、一刻も速く彼女に逢いたい。
ここから八番隊の隊舎は遠くないため、今からでも逢いに行こうかと。

「若桜………」

開けた窓から外を見つめ、名を呼んだその時。

「たーいーちょ!顔を見せに行かないんですか?」

突然背後から顔を覗き込まれ、翡翠色の瞳を大きく見開いてしまう。
すると口を開けて笑った本人────松本乱菊が肘で軽くつつき。

「ちょっと全集中し過ぎじゃないですかぁ!?そこまで驚いた隊長、久し振りに見ちゃったかも!」

「松本………お前なぁ………」

冬獅郎が少しは気を遣えとボヤけば、それより早く行けと促される。

「あと、棗さんに早く八番隊隊長になるよう言ってくださいよ!」

更に若桜へ隊長になるよう促せとは意味が分からず。

「どういう意味だ?」

訝しげに見ると、乱菊が満面の笑顔で言った。

「京楽隊長は棗さんに八番隊を背負って欲しくて、わざわざ現世まで迎えに行ったんですよね?隊長になれば隊首会やイベントにも参加しないといけないですし。そしたら定期的に彼女に会えるじゃないですか!」

「……………」

しかし冬獅郎はげんなりするばかりか、聞いていれば己の欲が満載ではないか。

「あのなぁ………お前はどうしてそう考えが片寄ってるんだ?俺はそんな私欲のために若桜を推薦するつもりはねえよ」

「え、それじゃあ棗さんが隊長になるまで律儀に待つつもりですか?」

そこで冬獅郎の動きが止まり、まじまじと乱菊を見る。

「なぁ………ずっと気にはなってたんだが。お前、俺が彼女に好意を持ってる前提で話をしてないか?」

すると彼女がペロリと舌を出し、バレちゃいましたかとわざとらしく肩を竦めた。

「───はぁ!?俺がいつそんな素振りを見せたんだよ!!つーかどこからそんな考えが沸いた!?」

途端に食いついてきた上官に、乱菊が最初からですと遠慮なく言い返し。

「だって隊長、棗さんに会う度にずっと目で追ってるし。ぶっちゃけ彼女を前にした時の隊長って、普通に接してるつもりだと思いますけど、それはもう意識しまくりで可愛い生き物になってますから!」

「~~~可愛い生き物は余計だっ!!撤回しろ!!!」

二人でギャーギャー言い合っていると、それを眺めていた隊士たちがほんわかと微笑みあう。

「今日もお二人とも絶好調だな」

「ああ。それにあの『棗若桜』って人が尸魂界ここに戻って来た途端、日番谷隊長がずっとソワソワしっぱなしだし」

「あれでバレてないって思ってる隊長、成長しても変わんないよな」

それでもまだ言い合いは続いていたが、日番谷冬獅郎を尊敬している隊士たちは温かい目で見守るのだった。


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