想いと距離

雨たちが奮戦した甲斐もあったのか、美味しいと微笑んだ若桜はペロリとそれを平らげ。最後に喜助の煎れた茶を飲んで一息つくと、玄関の戸を叩く音がする。

「はーい!」

その音に反応した雨がすぐに向かい、少しして慌てて戻って来ると若桜へ来客だと告げた。
それこそ先程彼女が言っていたことで、喜助が客間を使ってくれと言えば若桜が有り難うと感謝し。

「お邪魔します」

そこへ現れた女性を見れば、笑顔で迎える。

「おや、松本サンじゃないっスか!」

「ご無沙汰してます、浦原さん」

「いやぁ元気そうで何よりっス!それよりどうしたんですか?急な訪問ですね~」

軽く頭を下げた女性────急な来客は十番隊副隊長である松本乱菊で。

「棗さんの顔を見たくなって。隊舎を抜け出して来てしまいました」

「ふふ、私の顔を見てもご利益も何もないと思うが。でもわざわざ有り難う」

若桜がクスクスと笑えば、横では喜助が日番谷隊長に怒られるっスよ?と言う。

「それならご心配なく。これも隊長のためなので」

しかし乱菊は大丈夫だと笑い、若桜と喜助は訳が分からず首を傾げていたが。

「棗さん、少し話をしてもいいですか?」

「勿論、こちらへどうぞ」

早速客間へと行こうと若桜に促されると、乱菊もその後に続いたのだった。



* * *

昼の休憩さえそっちのけで、地獄蝶を使って現世へとやって来た冬獅郎。ここへ来たのはいつぶりかと言うくらいに久しく、行き交う人々を眺める。
けれどそこからピクリとも動かず、翡翠色の瞳を少し伏せると小さく吐息。

(半ば勢いでこっちに来ちまったが…………。さて、どうしたものかだな)

ユーハバッハ率いる見えざる帝国らとの戦いが終わりを告げ、それから十数年経った今まで、冬獅郎は一度も『彼女』と逢ったことはなく。
それでも片時も忘れることもなく、彼の心にずっと存在し続けている理由は既に嫌というほど考えてきたもので。
過去の自分では『彼女』に遠く及ばず。見ているものさえ違っていれば、まだ資格さえないと。人知れず血が滲むような鍛練を繰り返し、また十番隊隊長として更に経験を積んできた。
そうして心の成長と共にやがて肉体も成長し、今や成人した男性と変わらぬ姿となった冬獅郎。
身長も平均より高く、体格や筋力も申し分ないほどのもので、氷輪丸の力も完全に制御できるようになった。
そこでやっと同じ目線、同じ場所に立ったのだと。

(…………いや、彼女が今の俺を見てそう思うのかぶっちゃけ解らねえ。けど、今の俺なら────)

そこまで思考を巡らせ、背負うまでもなく腰帯に差した斬魄刀を見たその時。

「おやぁ?そこにいるのは日番谷サンじゃないっスかぁ!!」

ふいに声が聞こえて我に返れば、甚平に羽織り姿の男が立ち。

「いつ振りっスかね~。いやぁ、少し見ない間にイイ男になっちゃって~!!」

目の前まで来るなり色んな角度から見てくると、冬獅郎は目を閉じる。

「現世に来て早々会った死神がアンタとはな………もしかしてわざとか?」

それでも取り乱さないのはさすが冬獅郎か。目を開けて相手を見れば、ニヤニヤと笑っている。

「いやいや、偶然に決まってるじゃないっスか~!それで今日は任務で?十番隊隊長が自ら来るとは精が出るっスねぇ♪」

そんな反応を冷ややかに見つめ、冬獅郎が無言を貫いていると相手────浦原喜助がポン!と掌を拳で叩き。

「もしかして、『私情』ですか?」

一瞬だけ鋭い視線を向けると、冬獅郎は真っ向から受け止める。

「…………そうだとしたら、何か問題でもあるのか?」

それは一秒にも満たなかったが、冬獅郎が少し唇に笑みを浮かべると喜助が肩を竦め。

「いえ、何も。けどアタシからすると、かなり分が悪いと言いますか。まさかアナタがここまでイケメンに成長するなんて思ってもなかったんで」

「……………」

かつて天才と謂わしめた男の鋭さに、冬獅郎は思わず苦笑してしまった。

「アンタもそういう事、言うんだな」

「そりゃまあ………現世で生活してると色んな情報が入ってくるんで。誰が見ても『アイドル』級っスよ?」

しかし冬獅郎にとってはどうでもよくて、尸魂界でも写真集が出回るなどしているようだが全く意に介することもなく。興味すらない彼にとっては、顔だの何だの言われても『うるさい』だけで。

「生憎、容姿だの何だの言われても俺には関係ない。用がないなら行かせてもらうぞ」

言うそばから喜助の横を通り過ぎようとするが、待ってくださいと止められ。

「アナタがわざわざ逢いにきた(・・・・・)人物がそろそろ来ますけど。いいんですか?」

「────!」

虚を突かれて息を飲んだ瞬間、別の声がする。

「お待たせ、喜助さん。少し買いすぎたかも────」

そして喜助が言った通りに姿を現した相手が、冬獅郎に気付くなり驚きで目を見開き。

「………もしかして、日番谷隊長……か?」

まるで宝石のような紫色の瞳が真っ直ぐに見つめてくると、冬獅郎は唇がカラカラに乾いて声も出せなくなってしまう。

「さすが若桜サン!すぐに分かってしまいましたね」

その人物────棗若桜はまだ信じられないのか。瞬きすらせずに見つめ。
記憶にある限り面影を探せば、やはり『彼』以外にいないと確信する。
だから自然と近付き、手を伸ばすと彼の頬にそっと触れ。

「その姿を見たのは一度きりだったが………。また一段と磨きがかかったな!」

ふわりと微笑むと、ようやく冬獅郎が唇を開く。

「俺にとっては『やっと』だ。どれほどこの時を待ちわびたか………分かってんのか?」

同時に若桜の手を握り、少し力を込めれば彼女が震え。

「────ど、どういう事……だろうか?」

急に手を握られて動揺すると、翡翠の瞳にひたと見つめられてしまう。

「………なるほどな。それ(・・)が分かっただけでも運が良かったと言うべきか。アンタには感謝だな、浦原喜助」

次いで喜助を見てニヤリと笑えば、本人は不本意なのか悔しそうな表情。
その反応を尻目に若桜へ再び視線を向け、店に戻るのかと聞けば彼女が頷く。

「そうか。なら行くぞ」

「あっ────」

すると若桜が持っていた買い物袋を奪い、掴んだ手も離さないまま歩き出した。

「待っ…………日番谷隊長!?」

「ちょっと!抜け駆けは駄目っスよ!!」

途端に喜助が後を追い、『十』と書かれた背中を見ればいよいよこの時がきたのかと焦り。
驚くべき成長を遂げた男を前に、逃れようのない運命のようなものを感じる。
それは喜助自身、若桜と冬獅郎が出逢った時に決定付けられたものだと思えてならず。まだ彼が少年の姿だった頃から、二人の間に流れる特別な空気に気付いていたから。

(若桜サンのために、そう在るべき姿になったってワケっスか………日番谷サン)

それにしても、本当に驚くべき成長だと内心度肝を抜かれた喜助は笑うしかなくて。

「これは…………敗北宣言も近いってことっスかね」

やれやれと帽子を目深に被ると、ため息とともに呟いた。



浦原商店・客間。
今朝に続き突然過ぎる来客である日番谷冬獅郎は、挨拶もそこそこで入って来たにも関わらず礼儀正しく正座をしており。
これも護廷十三隊に属している死神のなかで、非常に珍しい『常識人』である証拠で。緊張してガチガチになった雨が茶を運んで来た時も、有り難うと礼を言えば少女が赤面していたのも記憶に新しい。
そんな男性を前に、しかし若桜は嬉しそうに笑みを浮かべ。

「元気そうで良かった。定期的に松本さんから近況を聞いていたが、あなたの事はいつもと変わらないとしか聞かされてなかったから」

だから冬獅郎がここまで変貌を遂げていたとは全く知らなかったと言った。

(松本のやつ………俺の目を盗んでは何度もここに来てやがったのか)

それを聞いた冬獅郎は眉を寄せ、頻繁に若桜に会いに来ていたと知ればますます許し難く。自分はここまでよく耐えたものだと褒めてやりたいくらいだ。
かと言ってそれは自らが決めた事であり、それまでは絶対に逢わないと決意していたからで。

「色々と忙殺されてたけどな……。見えざる帝国との戦いで死神の大多数がもって行かれた影響がいまだにあるってのに、松本は相変わらずサボってばかりでろくに仕事もしねえ」

だからこっちにツケが回ってくると言ってやると、何故か若桜がクスクスと笑った。


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