想いと距離

ここは尸魂界にある瀞霊廷。
そしてカーン、カーン、と何処からか鐘を打つ音が聞こえる。

「────もうそんな時間か………」

そこでふと顔を上げた男────日番谷冬獅郎が筆を硯の上に置くと、小さく息を吐いたその時。

「隊長、正午の鐘が鳴りました───って、あ………」

「……………」

彼の居場所である十番隊隊舎の扉が開き、戻って来た副隊長である女性─────松本乱菊が、彼と目が合うなりニッコリと笑った。

「アタシ、休憩入りま~す☆」

そのままくるりと背を向け、再び扉を開くと冬獅郎が盛大なため息と共にギロリと睨み。

「おい、松本。戻って早々もう休憩か?」

それはともすれば地を這うような声か。恐る恐る振り返れば相手の眉間に皺が寄っている。
しかもいつものしかめっ面が更に酷くなると、乱菊が慌ててまあまあと宥め。

「男女関係なく人気がある我らが隊長が、そんな顔してたら幻滅されちゃいますよ?」

「これは半分以上お前のせい・・・・・だ。それに人気とか興味ねぇ。────それより、また俺に黙ってあっちに行ってたろ」

途端に乱菊がギクリと身体を震わせ、ペロリと舌を出せば冬獅郎の顔がますます渋くなるばかり。

「言ったよな?任務じゃない限りは、現世に行くことは許さねえって」

「それはそうですけど………。そろそも隊長が『我慢』して現世に行かないから、こうしてアタシが出向いてるんですけど?」

それでも乱菊が言い返すが、表情ひとつ変えない男はパラリと机の上の書類をめくる。

「俺が何を我慢してるって?寝言は寝て言え」

(ははーん。そう来たか………。隊長はバレてないと思い込んでるみたいだけど、残念ながらバレバレなのよね)

それならと、もう少しだけ弄ってみようと思いつき。
黙々と書類に押印していく彼に近付くと、声を出す。

「そう言えば、今日は珍しく『彼女』が浦原商店に居て会うことができたんですよねー」

「……………」

「変わらず元気そうでしたが、最近虚の出現が多いみたいで今朝戻ったばかりだって言ってましたっけ」

そこでチラリと冬獅郎を見るも、やはり表情は変わらなかったが。動いていた手が止まっていれぱニヤリと笑う。
それはこの日番谷冬獅郎が、現世に住んでいるとある『死神の女性』を何かと気にかけていると言うことだ。
しかも彼がまだ少年の姿だった時からであり、『彼女』と初めて出逢った時にそれは始まっていて。

「まあ向こうにはあの浦原喜助もいることですし。心配はいらないと思いますけど」

「───っ」

とどめとばかりに他の男の名を出した瞬間、あからさまに反応した冬獅郎が顔を上げた。

「どうしました?隊長」

すかさず乱菊が問い掛け。すました顔で彼を観察すると何か葛藤しているような表情を見せる。
それこそが冬獅郎が内に秘める想いか。
今すぐにでも現世へ向かい、『彼女』の様子を確認したくてたまらないといった感情が渦巻き。また他の男に委ねるくらいなら、自分に委ねて欲しいという純粋な想いが彼を揺さぶっている。
けれどそれ以上の反応はなく、何か言うでもなく佇むのは、冬獅郎自身が己を抑え込んでいるからで。

(『彼女』の事になると、隠しきれないほどに感情が露になる。………それもそうか。己の感情に抗うことなく動く死神が多いなかで、隊長は常に周りの状況を冷静に見極めつつ行動ができるひと)

だがそうゆう性格に限って、いざ大切なひとが危険に晒されていると知ればその『箍』がいとも簡単に外れ。全力で守ろうとし、奪われようものなら真っ向から対峙する。
そして冬獅郎の今の反応こそが、一歩手前まできているということであり。

「─────松本、午後は『暇』か?」

音もなく静かに立ち上がった彼から質問されると、乱菊は笑顔で頷く。

「留守番なら任せてください」

それを聞いた冬獅郎が、まだ少し視線を揺らすも小さく息を吐けば乱菊の横を通りすぎ。

「夕刻までには戻る」

「────行ってらっしゃい、日番谷隊長」

扉が閉まったと同時、やれやれと肩を竦めた乱菊はようやくかと天を仰いだのだった。



一方。
空座町、浦原商店────。
昨日の深夜から朝方にかけて、虚を相手に戦っていたのは棗若桜。
彼女もまた死神であり、かといって尸魂界ではないこの現世で暮らしている所謂『異端者』である。
そんな若桜がまだ寝静まった家の屋根を飛び越え、肉眼で捉えることさえできない速度で疾駆すると見慣れた家屋に辿り着く。
その家には『浦原商店』と書かれた看板が堂々と飾られ、そこへ音もなく戻ると向かったのは自室。
あと数時間も経たずして人間たちが動き出す時間だが、寝間着と呼ばれる着物に着替えた若桜はそのまま敷かれていた布団の上に横になった。
それから三時間ほど経った頃。仮眠を取っていた若桜が突然目を開け、上体を起こすと時間を確認する。

「用意をしないとな………」

しかもクスリと苦笑しつつ、起き上がるとすぐに布団を畳み。現世で違和感なく生活するためのものである私服に着替えると、タイミング良くカラリと襖が開いた。

「若桜サン起きてるっスか────っと、流石ですね!」

そこに現れたのはこの店の店主である浦原喜助であり、着替えも済ませているのを見れば何故か惜しかったと口に出す。

「………?何が惜しかったんだ?」

しかし若桜本人は謎でしかなく。小首を傾げると、喜助は下心満々といった顔で近付く。

「いやぁ~、アナタの着替えを手伝おうと思って来たんですけど。バッチリ着替えちゃってたんで、ボクとしては残念でならない────と」

「………なるほど。それなら尚更良かったな」

「あ。ちょ、そんな美麗な笑顔で迫られたら怖いと言うか。ああでも若桜サンになら喜んでこの身を差し出すっスよ」

そう言った喜助は意外と本気なのか。ガバリと両手を広げて若桜を迎え入れようとするも、何故かその横を素通りされて疑問符が浮かび。

「朝餉ができてるようだな?今日は何だろうか」

これもいつものことなのか、大袈裟にも肩を落とした喜助がお品書きを伝える。

「ここ数日若桜サンばかりに負担掛けてるんで。ウルルたちが精の出るものを作ると言って頑張ってたっスよ!」

「本当か?有り難いな………」

「ええ。だからボクからも、熱い抱擁を贈ろうと思いまして」

それでも懲りない男が、再びハグをしようと腕を広げたが若桜は客が来るからと一蹴し。

「それまでには食べないと。それに皆が作ってくれた料理が楽しみで仕方ない」

ニコリと微笑むだけで、あまりの美しい相貌に喜助が参ったと両手を挙げる。
しかも明らかに喜助の想いが一方通行なのは明白で。とかく若桜本人が色恋に疎く、全く気付いていないとなれば前途多難だ。
それでも諦めないのが浦原喜助でもあり。二階にある自室から一階へと降りる若桜の後を追い掛けると、居間で待っていた雨たちへ合図し。

「意中の相手を落とすならまずは胃袋から!と言うことで、後は任せたっスよ♪」

ジン太から冷ややかやな視線が刺さるなか、喜助は若桜のために美味しい茶の準備をした。



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