想いと距離

冬獅郎と二人で布団を畳み、それぞれ別の部屋で寝間着から着替えて戻ってくると、何やら台所から美味しそうな匂いが漂い。昨夜に続き手分けをして祖母の手伝いをすると、程なくして朝餉が出来上がる。
その中で若桜が新たに冬獅郎について知った事と言えば、彼の好物が大根おろしがたっぷりと乗った卵焼きだということで。
それを前にした彼は若桜を意識してか表情こそあまり変わらなかったものの、いただきますを合図に真っ先に頬張り。途端に何とも幸せそうな顔をすると、若桜は可愛らしい人だと微笑んだ。
それから笑顔が絶えない和やかな雰囲気で食事も終わり、祖母と一緒に片付けを終えた若桜が居間に戻ると冬獅郎が箱を押入れに仕舞うところか。

「冬獅郎さん、それは?」

その箱が気になり、問い掛けてみると彼は快く答えてくれた。

「これは玩具が入ってる箱だ。俺がここを離れるまで使ってたものを、ばあちゃんがこの箱に仕舞ってる」

そこでピンときた若桜が、机の上に置かれていたコマに気付くと笑みがこぼれ。

「遂に見せてもらえるんだな!」

楽しみだと言えば、冬獅郎は気恥ずかしくなったのか目許をほんのりと染める。

「ただコマを回すだけなんだが………お前がそうやって嬉しそうにしてると、やり甲斐があるってもんだな」

次いで外に出ようと誘われ、若桜が頷くと冬獅郎は祖母に外出してくると伝え。そのまま家から出て、昔よく遊んでいたという広場に連れて行かれる。
しかもそこには使い込まれた木板が置かれ。冬獅郎が近付くと若桜を呼んだ。

「この木板を使って、まだガキだった頃近所の子供たちとコマ回しをして競ってた」

そう言った彼はおもむろに紐を取り出し、コマの裏側にある芯棒の部分に紐を巻き付けてから、胴体部分に添わせるようにしっかりと巻いていく。
その動きは慣れたもので、しかも反時計回りに綺麗に巻き付けていく動きに若桜は目が離せず。あっという間に出来上がると、後は投げるだけだと教わる。

「この時に紐を引き寄せるようにしてコマを回転させて板の上に落とすんだが、最初のうちはコマがどっかに飛んでっちまったりする」

「なるほど………。コツが必要なんだな」

しかも喧嘩ゴマになると相手のコマとぶつかり合い、場外に出すか最後までコマが回り続けていれば勝つと教わり。
スッと構えた冬獅郎が、目にも止まらぬ速さでコマを投げると同時、紐でさえ瞬時に引くと木板の上にピタリと静止。

(………凄い。まったくぶれることなくその位置で回り続けてる。しかも高速回転してるから、微かに空を斬るような音もするな……)

ここまでくれば、相手のコマなど一瞬にして弾き出されること間違いなしか。
潤林安で負けなしとは、まさに彼のコマを回す技術が神掛かっていると言って過言ではない。
しかもいまだ回転速度は衰えることはなく。いつまでも見ていられると、じっと見つめていればクスリと笑う声が聞こえた。

「そんなに熱心に見つめてるとこを見ると、どうやらお気に召したようだな?」

「ああ!こんなに綺麗・・に回るコマを想像してなかったから。これであなたが負けなしだという理由が分かった!」

すると冬獅郎が横に立ち、若桜もしてみるかと言われて好奇心が疼き。是非にと頷くと、まだ回っていたコマを彼がひょいと手の上に乗せる。

「………!掌の上でも回せるのか!?」

途端に若桜が目を輝かせ、凄いなと絶賛すれば冬獅郎がフッと微笑み。

「けど、これをすると摩擦が凄くてたまに火傷しそうになる」

「それは……す、凄く、熱いということか?」

今度は恐る恐る聞くと、彼がニヤリと笑う。

「なんなら乗せてみるか?」

「っ、いいのか!?」

かと言ってそのやり取りの間もコマの勢いはそのままで。ほら、と言われて掌を出すと、冬獅郎が器用にコマを移動させる。
そうして若桜の掌に乗り、それでも高速で回るコマに摩擦やら感じる暇もなく。

「私の手に移ってもまだ回ってるなんて………あなたは本当に凄いな!」

再び冬獅郎を見ると、何とも言えず優しい瞳と出合って震えてしまった。

「───あっ!」

そこでコマが傾き、若桜の手の上で動きを止めると半ば呆然か。

「す、すまない……冬獅郎さん」

せっかくコマを乗せてくれたのに、自分のせいで終わってしまったことが申し訳なくて。目を伏せると冬獅郎が謝る必要はないと言う。

「これくらいなら、いくらでもしてやる。だから笑った顔を見せてくれ」

「………っ」

更に彼の手が優しく頬に触れ。翡翠の瞳がゆるりと細められるのを見れば、今度は鼓動が速くなるばかりで。
いつになく近い距離に、さっきまでとは違う甘い雰囲気が漂っているのは気のせいか。

「あ、ありがとう!じゃあその前に私も一度やってみたい」

それでも平静を装い、いいだろうかと聞けば冬獅郎が微笑み。
紐を手渡したかと思えば、その上から自分の手を重ねてきた。

「まずはこの芯棒の真ん中に紐を巻き付けるんだ」

(────手が、触れているんだが!?)

だが若桜はそれどころではなく。以前よりもひどく意識してしまえば頭が真っ白になり。
本人は丁寧に教えてくれているだけなのだろうが、触れた場所から熱が広がると頬まで熱くなる。
しかし冬獅郎から促されるまま、何とか紐を巻き付けるとさすがだと褒められ。

「均一に巻くのが基本だ。隙間があいていたり巻き付けが甘いとすぐに止まっちまうからな」

今度はコマを投げる時の動きを教わると、いくらか落ち着きを取り戻した。

「板の中央を狙って投げるといい。そして投げると同時に素早く紐を引き寄せるんだ」

「分かった。やってみる」

そしてコマを教わった形で握り、ヒュッと中央目掛けて投げると紐を素早く引く。
すると上手い具合に真ん中ら辺に着地し、そこから少し動いたものの綺麗に回転すれば感動した。

「───冬獅郎さん!」

「ああ。ここまで完璧にできるのもさすがだな。投げる動きも綺麗だったし、最初から板の上に乗せるのも大したもんだぜ」

その言葉が嬉しくて。若桜が教え方が上手かったのだと微笑むと、冬獅郎は逆に筋がいいと答え。

「これを繰り返しやることで、もっと上手くなる。自分で手の上に乗せるのもすぐにできるかもな」

やっと笑顔が見れたのが嬉しかったのか、柔らかな空気を纏えば若桜の胸が甘く震えた。

(────ああ。この胸を締め付けるような感覚……。これこそが『恋』という感情なのか)

それは甘酸っぱさも含んでいるのか。
自分の反応を見て冬獅郎が微笑んだり、気遣ってくれる度に鼓動が速くなるばかりで。
大切にされているのだと。ほんの些細な動きでも伝わってくる。

(今までずっと喜助さんと居たが………こんな感覚など生まれて初めてのことだ)

これこそはっきりとしている事であり。その感情は日番谷冬獅郎でしか起き得ないから。

「冬獅郎さん、もう一度手の上に乗せてもいいか?」

カラン……と、コマの動きが止まって板の上に転がり。若桜がそれを拾い上げてお願いすると、冬獅郎はお安いご用だと笑う。
しかも思った通り、手先が器用なのか紐を綺麗に巻き付ける動きも早く。そこからすぐに投げても、ピタリと止まって高速で回転している。
その動きにも見惚れ、簡単に手に乗せた冬獅郎が再び若桜の掌の上に移動させるとようやく摩擦を感じ。

「確かに熱い……。特にあなたが回すコマは高速で回転しているから、触れている一点の摩擦が激しいのだろうな」

「そういう事だ。これで分かっただろ?」

「ふふっ。そうだな」

ひとつ頷いた若桜が、またコマを見つめる。

「───そうだ!私もあの店でひとつ買おう。それで暇がある時に練習して、あなたに挑戦してみようか」

更に何を思い付いたのか。振り向いた若桜が悪戯っぽい笑みを見せれば冬獅郎は面食らい。

(───そんな顔もできるとか、反則通り越して可愛い過ぎだろっ!!!)

もう何をしても反応してしまう自分が逆に恨めしくもあり、彼女とのやり取りを純粋に楽しんでいる自分がいる。
同時にもっと触れたい、もっと近くで若桜を感じたいという衝動が沸き起こり。必死にそれを抑え込むのも一苦労か。

「それは別に構わねえ……つーか、受けて立ってやる。正々堂々勝負だ」

だから会話に集中することに専念し、彼女からの挑戦を真っ向から受ければ、若桜がいつもの凛々しい表情を見せ。

「臨むところだ、冬獅郎さん」

またひとつ、二人だけの秘密の約束を交わしたのだった。


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