想いと距離

冬獅郎の実家に到着して早々、祖母の中で若桜は冬獅郎の恋人を飛び越え婚約者と認定され。
そんな事を知らない本人は出来上がった夕餉を前に、嬉しそうに微笑んでいる

「さあ、頂こうかねえ」

そして祖母の言葉を合図に三人が箸を持ち、いただきますと声も揃うと一口食べた。

「───ん!とても美味しいです!」

途端に若桜が顔を輝かせ、焼き魚の身をほぐしてパクリと頬張ると幸せそうな顔をする。

「本当かい?口に合ったようで良かった」

「はい!味付けも絶妙で、優しい味がします」

そんな女性を冬獅郎が見つめ、フッと微笑むと白米を食べ。若桜が居るだけで家が明るくなったような、彼女の雰囲気もあるのだろうが更に温もりに包まれたように感じてならず。

(いいもんだな………こういう空気も)

祖母と二人のゆったりとした時間も好きだが、想い人である若桜がここに居る。ただそれだけでも幸せだと思う。
しかし若桜はまだ、ようやく意識し始めたという段階であり。今回の事もコマ回しというものを見てみたいという動機から始まったもので、冬獅郎が半ば強引に実家に連れて来ただけなのだ。
それでも確かに若桜の心に変化が起きている事を感じていて、自分は対象にはならないからと言った時の彼女を思い出せばかなり大きな変化でもある。
その証拠に『冬獅郎さん』と呼ばれた事も大きく関係しており、そんな風に呼ぶような関係ではないと言われた事も踏まえると、かなり心を許してくれていると感じてならない。
更に一番の起因と言えば、ここで寝泊まりするという事実で。
いくら祖母が居ると言えど、男である冬獅郎と一緒に寝食を共にするなど普通であれば考えられないことなのだ。
しかも若桜は死神の中でも非常に常識のある女性であり、異性の家に軽々しく泊まるような人でもなく。
純粋な故に少し天然な所もあるが、軽率な行動は絶対にしない。

(────という事は、よほど気心が知れている浦原のような男なら家に招いたりするだろうが………。それもあの男を信頼しているからだよな)

現に浦原商店で喜助と共に住んでいたし、それはまあ百歩譲ってと言った所だが。
そこから全ての事を含めて考えた時。自分は若桜にとって信頼に足る者なのだと思われていて且つ、異性として認識されていると────。

「冬獅郎さん?」

そこまで考察したその時、若桜に呼ばれて我に返った。

「………っ、わりぃ。もしかして何か言ったか?」

すると若桜がクスクスと笑い、何やら難しい顔をしていたと教えられる。

「食事中に何か考え事か?」

「いや………考え事まではいかねえけど。何と言うか、その………」

「?」

今更ではあるが、少し強引過ぎたと自覚はしていて。

「お前をここに連れて来たこと、無理矢理っぽかったなって……思ってた」

ポツリと呟くと、若桜が軽く目を見開く。
しかし次の瞬間には少しも無理矢理ではないと微笑み。

「本当に嫌なら、当の昔に断ってる。それにコマ回しを見たいと言うだけなら、実際のところここでなくてもできるだろう?」

「それは、そうだが………」

彼女が何を言わんとしているのか、その雰囲気から心なしか緊張すると視線が交わり。

「冬獅郎さんのことを、私も『特別』だと思ってる───から」

「!!!」

若桜の口から聞いた瞬間、持っていた箸を落としてしまった。

「あ………す、すまない!急に言うことではなかったな!」

途端に慌てた若桜が近付き、箸を拾おうとするも冬獅郎から手を掴まれて震える。

「今の………本当か?」

そして翡翠の瞳に見つめられ、カッと頬が熱くなると咄嗟に俯き。あまりの恥ずかしさに声も出なくなると、握られた手に力が入る。

「もう一度、聞かせてくれ」

「…………っ」

更にその手の熱さに鼓動までもどうにかなりそうで。

「若桜」

まるで切望するかのように、名を呼ばれると観念するしかなくて。

「私も………あなたを『特別』だと、思ってる」

声が震えないように、何とか言葉を紡いだ。
瞬間。

「ふふ、二人は本当に仲が良いねえ。あたしも嬉しい限りだよ」

『っ!?』

祖母がいることをすっかり忘れていた二人が慌てて離れると、彼女がおや?と首を傾げる。

「そんなに慌てずとも………そうだ!冬獅郎、若桜さんと一緒に客間で寝るといい。夫婦水入らずで過ごすことも大切だよ」

「っ、だから俺と若桜はまだ結婚してねえ!!」

しかし祖母はニッコリと笑ったまま、頬を染めた若桜を見るとあなたはどうだいと質問。

「わ、私は………その、殿方と同じ部屋で眠るというのはまだ────」

しかもその質問に律儀に答える若桜の口を、冬獅郎が咄嗟に手で塞ぎ。

「三人仲良く川の字だ!!」

次いで夕餉が冷めると話を強制的に終わらせると、祖母が照れ屋さんだねえと孫を見てほのぼと言った。



* * *

結局。寝る時間になると冬獅郎が言った通り祖母を真ん中にし、若桜と挟むようにして川の字になれば眠りにつき。
尸魂界と言えど、規則正しい生活をしているのか祖母が一番に起きる。
そこから音を立てないようにしつつ布団を畳み、寝室から出て行くとそこには若桜と冬獅郎の二人になった。
そうして十分ほど経った所で、次に目が覚めたのは冬獅郎。
何度か瞬き、視界をクリアにすると布団一枚分離れた場所で眠る若桜を見つめる。

(この家にお前が来てくれるなんて………まだ夢見てるような気がしてなんねえけど………。ばあちゃんも凄く喜んでくれてたし………俺が若桜のことを好きな事も知ってて、家族みてえに迎え入れてくれた)

それこそ冬獅郎にとっては感謝しかなく。嫁に来てくれたとか夫婦という言葉をしきりに言うのも、きっと若桜との関係を応援し認めているからで。
そこはやはりバレていたかと恥ずかしい所ではあるが、冬獅郎は当の昔に彼女だけだと心に決めている。

(…………それに、若桜が俺を『特別』な存分だと言ってくれた)

しかもそれだけは絶対に忘れるはずもなく。
二人の世界から引き戻された時。全力で恥ずかしがっていた彼女は、何処からどう見ても可愛らしさと愛おしさのダブルアタックで冬獅郎に駄目押ししてきたが。

(本人はそれも分かってねえんだろうが………。あれはある意味反則過ぎる。───いや待て。それ以前にあんな反応を浦原も見ている可能性があるんじゃ………?もしそうなら今すぐあの男の記憶から消してやりてぇ!)

何やら悶々と考えていれば急激に怒りが沸き、勢いよく身体を起こすと拳を握る。
それほど冬獅郎の中で若桜の存在が大きくなり続けている証拠で。今や片時も離したくないと思うほどに、独占欲さえも大きくなっている。
だからまだ目が覚めない若桜をまた見つめ、布団から抜け出し静かに近付くと座った。

「……………」

そのままそっと手を伸ばし、頬に触れたいと思ったものの躊躇い。やがて人差し指だけで触れると、長い睫毛が微かに震える。

「ん………」

同時に寝返りを打ち、冬獅郎の方を向けば一瞬ドキリとしたが。
再び寝息をこぼすと、思わず笑ってしまった。

(自分の家でもねえのに、よく寝てるな………。まあそれが逆に嬉しいのもあるが………意識してくれてる割には無防備すぎるような気もするんたが)

それもそれで問題だと少し眉を寄せ。けれどそこまで気を許してくれているという証だと思えば、やはり嬉しくもあり。
じっと穏やかな寝顔を見つめているだけでも、冬獅郎の心が安らいでいるのを感じてならない。
かと言ってまだ恋人でもない関係だから、距離感だけは間違わないようにと自分に言い聞かせていたその時。

「んん………」

若桜の瞼がゆっくりと開き、綺麗な紫色の瞳が覗く。
そしてぼんやりとしていた眼差しが、横に誰か座っているのを捉え。

「────」

はたと、顔を上げた拍子に冬獅郎と思い切り目が合った。
瞬間────。

「おはよう、冬獅郎さん」

ふわりと。何とも嬉しそうな表情を若桜が見せ。
あまりの美しさに一瞬見惚れてしまった冬獅郎の顔が、みるみる内に真っ赤に染まっていく。
同時に手で顔を覆い、完敗したと言わんばかりに項垂れると若桜が首を捻っていて。

「どうかしたか……?」

まさかそんな表情を見せられるなど思いもよらず。不意打ちなうえに心臓の音が煩くて思考が乱れる。
それでも大きく息を吸い、まるでため息のように息を吐くとやっと若桜を見つめ。

「いや、何でもねえよ。それより、よく眠れたか?」

参ったと言わんばかりに苦笑しつつ挨拶を返す。
すると若桜が眩しいほどの笑顔で頷き。

「ああ、お陰様で。あまりにも居心地が良すぎて、離れたくなくりそうだ」

「そうか……。それを聞いたらばあちゃんも喜ぶだろうな」

冬獅郎の胸を温かくすると、布団を畳もうと促した。


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