想いと距離

西流魂街1地区、潤林安に到着した頃には東の空から月が昇り始め。冬獅郎の後を付いていくような形で家々の間を進むと、綺麗な佇まいの家に辿り着く。
その家の戸口の前に立ち、冬獅郎が軽く戸を叩くと中から声が聞こえ。ガラリと開いたそこから姿を現したのは、小柄でなんとも可愛らしい老婆だった。

「ばあちゃん、ただいま」

「おや、冬獅郎かい?明日来るかと思っていたけど、どうしたんだい?」

すると冬獅郎が目線を合わせるべく身を屈め、驚いた祖母を見ると笑顔になる。

「連絡する時間もなくてごめん。でも今日は客を連れて来たんだ」

「まあ、お客人を………?」

そこで若桜がスッと前に進み、丁寧に頭を下げると名乗る。

「初めまして、私は棗若桜と申します。護廷十三隊、八番隊隊長を勤めている死神で、日番谷隊長には大変お世話になっております」

「棗……まあまあ!なんて別嬪さんだこと!あなたのことはよく存じております。うちの孫が事ある毎にあなたの名を出しては話してくれたんでねぇ!」

途端に彼女から手を握られ、本当に別嬪さんだねぇと笑顔で言われるも、若桜はどう反応すればいいのか分からずオロオロしていて。

「ばあちゃん、立ち話も何だから中に入ろう」

クスリと笑った冬獅郎が祖母を促すと、気付かずにごめんなさいねえと言いながらすぐに家の中に招き入れる。

「可愛らしいおばあ様だな」

そして後に続きながら若桜が微笑むと、冬獅郎が少し照れたのか視線を反らし。

「俺の自慢のばあちゃんだからな」

桃がおばあちゃん子だと言っていたのを思い出せば、何とも微笑ましくて。

「何の用意もしてなくて申し訳ないけれど、ゆっくりしていってくださいねえ」

「どうかお気遣いなく!私もお手伝いさせてくださいっ」

座布団を出している祖母へ若桜が慌てて近付くと受け取り、二人して並べていると冬獅郎が若桜へ声を掛けた。

「若桜、先に着替えて来たらどうだ?」

「───確かに。隣の部屋をお借りしていいだろうか?」

そこで準備していた荷物をもらい、自由に使ってくれと言われて移動すると一息。

「冬獅郎さんのおばあ様だけに、とても優しくて温かい人だな」

それでいて冬獅郎が何回自分の話をしていたのかというくらいに、歓迎一色で喜んでいる姿を見れば恥ずかしくもあり。
けれど想像していた通りの、陽だまりのような人だったと思えば自然と笑みがこぼれた。

「っ、早く着替えないと」

しかし物思いに耽っている暇などないと、慌てて着物を取り出すと着替えを済ませ。隊長羽織や死覇装を丁寧に畳むと、そろりと閉めていた襖を開ける。

「ばあちゃん、夕餉はもう食べたのか?」

「いいや。そろそろ作ろうかと思ってたところで、二人が来たんだよ」

「そこは謝るから。俺も手伝う」

「ふふふ、ますます頼もしくなったねえ。それじゃあ、少し手伝ってもらおうか」

そんな光景さえ胸が温かくなるもので、冬獅郎も瞳と同じ色の着物に着替えているのを見ると、とても良く似合っており。

「どうか私にも手伝わせてください」

思わず見惚れていたことに気付いてすぐに二人の元へ行くと、祖母から客人なのだから寛いでいてくれと言われる。
しかしここは譲るわけにはいかず。

「ここに泊まらせてもらう身ならば、恩を返すのが道理。どうぞ遠慮なく使ってください」

ふわりと微笑んで彼女の手を握ると、嬉しいねえと笑顔になり。

「ではお言葉に甘えて。若桜さんには野菜を切ってもらおうかねえ。それと冬獅郎は水を汲んできてくれるかい?」

「はい、お任せください」

「じゃあ行ってくる」

そこから手分けをして動き、冬獅郎が竈に火をおこして湯を沸かし始めると、その手際の良さに若桜が驚き。いつもここに帰ってくる度に、祖母の手伝いをしているのだと知ればやはり優しい人だと改めて感じる。
そうして若桜も野菜を水で洗い、薄皮を剥いてから言われた通りの大きさに手際よく切っていると祖母がニコニコしていて。

「冬獅郎もあたしに遠慮なんかせずに、言ってくれればいいのにねぇ。こんなに別嬪さんで、気立ての良いお嬢さんがお嫁に来てくれるなんて」

「────………」

今サラッと何か聞こえたような。そこで動きがピタリと止まってしまったが、話はまだ続く。

「今まで向こうの事なんて話したこともなかったのに、いつからか同じ死神で凄いやつがいるって……最初はそんな風に話していたけど。それが段々と『彼女』に追い付きたい。『彼女』の傍で、大切なものを守れる男になりたいって。あんなに真っ直ぐで、真剣な目をした冬獅郎を見たのは初めてだったよ……」

「それは、もしや………」

すると笑顔で頷いた祖母が、あなたの事だと答え。

「あの子は昔から本当に良い子で、あたしが独りになるからって……雛森さんが霊術院に行った後もずっと傍にいてくれてねえ」

しかし冬獅郎はこの時から既に死神としての素質があったのか、夢に現れる氷輪丸と対話していた影響か寝ている間に冷気を放っていたようで。たまたま潤林安に来ていた松本乱菊からその事を指摘され、このままでは祖母が凍え死ぬことになると忠告し。彼に死神になれと助言した。
それでも冬獅郎は祖母を独りにできないと。少しでも迷惑を掛けないように、冷気さえ抑えることができれば傍に居られると自分を抑え込み。

「そんな優しい子だから、あたしは言ったんだ……。ばあちゃんのために我慢することなんてない。冬獅郎の好きなように、やりたい事をやりなさいと。おまえの幸せが、ばあちゃんの幸せなんだと伝えたんだよ」

その言葉を受け、遂に死神になることを決めた冬獅郎は霊術院に入り。その頃には既に卍解を修得していたとも言われていた彼は、卒業と同時に十番隊に所属。
当初から抜きん出た才能を発揮し、天才児とまで言わしめた彼は誰よりも大人び。常に強くあらんとするほど、昔ほど笑うこともなくなってしまった。
そんなある日────。
いつになく目を輝かせた冬獅郎が、帰って来るなり口を開き。

『ばあちゃん、俺………すっげー奴を見つけちまった!そいつは二番隊に所属してた死神らしくて、「彼女」の事は霊術院に入った時から噂になるほど有名で、俺もよくその話を聞かされてたんだ。けどその噂を聞いた時には姿を消してから何十年も経ってるらしくて………本当に実在してるかどうかも謎でさ!』

この時既に史上最年少という若さで十番隊隊長となっており、更に背負うものができた彼は常に冷静沈着で。そんな孫が久し振りに饒舌に喋り、つい最近になって『彼女』は本当に実在していたこと。そして尸魂界に、冬獅郎たちの目の前に姿を現したのだと語ったのが始まり。

「そこからは帰ってくる度にあなたの話をして。どんな時でも揺らがない、真っ直ぐと芯の通った強い人だと。俺も『彼女』のようになりたい────それが口癖でねえ」

そこまで熱心に語るその『女性』に、祖母も会ってみたいと言えば冬獅郎の表情が真剣なそれへと変わり。

『───いつか連れて来る。でも今はまだ、「彼女」にあわせる顔もねえけど………。俺はぜってえ諦めねえ。もっと強くなって、必ず逢いに行く。そしてばあちゃんに紹介するから……!』

それが今日、現実となって棗若桜を連れて来てくれた。

「…………っ」

その軌跡が若桜の鼓動を震わせ、息もまともにできないでいると祖母がそっと手を握ってくる。

「あの子は小さい時からあのなりのせいか、他人様から不吉だとか言われて恐れられていてねえ……。周りの子供たちからもよく爪弾きにされていた。でもその当時、唯一仲良くしてくれたのが雛森さんでねえ。まるで姉弟のように育ったのがその証拠だよ。………けどねえ、かと言って冬獅郎の孤独はそう簡単になくなるものじゃない」

しかしそれでも、その辛さや苦しささえ微塵も顔に出さず、年老いた自分によくしてくれていたと。

「そんな冬獅郎も、死神になった事で多くの仲間に恵まれた………。相変わらず笑うことはなかったけれど、それでも確かに幸福だったはず」

だがそれさえも及ばない、たったひとつの『奇跡』に出逢ってしまった。
それが棗若桜であり、今の日番谷冬獅郎を形作っているから。

「若桜さん、どうか冬獅郎のこと……宜しく頼みます。あの子があんなに嬉しそうにしている姿を見ることができたのも、全てあなたのお陰。だからどうか、この老いぼれの願いを叶えてやって欲しい……」

「…………おばあ様」

その願いが、若桜の心に確かに届き。
彼女の心の中にあった曖昧な感情が、ゆっくりと形成されていく。
それは生まれて初めて、若桜に芽生えたもの────。
まだ小さくて頼りなく、けれど確かなものへと変わる。

(この感情こそ………私が知りたいと思っていたもの)

だからこそ大切にしたくて。そっと包み込むようにして掌に乗せれば、強い光りを放って瞬き。

(決して離すことのないよう………これからも、ずっと)

知らず目を閉じていた若桜がゆるりと瞼を上げ、彼女を見つめると静かに、力強く頷いた。

「私のできる限り、冬獅郎さんの傍にいます。そして彼と二人で、おばあ様を守っていきますから」

「若桜さん……………ありがとう。本当にありがとう……」

そうして二人手を取り合い、若桜が華のような笑みを見せると戸が開く音が聞こえる。

「ばあちゃん、水、まだ必要か────て、二人して何してるんだ?」

そこに戻ってきた冬獅郎が眉を潜め、若桜が思わず頬を染めると祖母がニッコリと笑い。

「ずっと追いかけていたお人が、冬獅郎のお嫁さんになってくれたなんて。おまえも隅に置けないねえ」

『っ!?!?』

やはり気のせいではなく、若桜が絶句する横で冬獅郎は一気に赤面する。

「な、な、何言ってんだよっ!!お、俺と若桜は………まだそんな関係じゃねえ!!」

「おや、そうなのかい?あたしはてっきり、もう結婚したのかと────」

「まだしてねぇーよ!!」

そこまで捲し立て、息を荒くした孫を見た彼女は、実は二人を事実上そういう関係にしたいようで。

「まあまあ。『まだ』という事は、『そのうち』するんだろう?」

「────!!」

もう言葉さえ発する事もできない冬獅郎が、チラリと横目で若桜を見れば、何と彼女の頬が薔薇色に染まっているのに気付いて息を飲む。
だが次の瞬間には真剣な顔を見せ、ニコニコと嬉しそうに微笑んでいる祖母を見れば、強い意志を瞳に宿して頷いたのだった。


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