想いと距離

若桜が尸魂界に戻って僅か一ヶ月足らずにして、八番隊隊長に就任することとなり。副隊長には突然乱入してきた浦原喜助が就任するという、まさに異例中の異例な展開となった。
しかし若桜にとっては過去に二番隊の隊士として共に切磋琢磨しており、当時の喜助は第三席だったということもあって常に近しい存在としていた。

「あ、若桜サン。空いてる部屋がありましたらお借りしてもいいっスか?」

そうして二人が八番隊舎に戻ると、若桜の帰りを待っていた鉄仙が浦原喜助を目視するなり開いた口が塞がらないと状態であったが。

「ああ、好きに使ってくれて構わない。そこを研究室にしてもいいから」

「ありがとうございます!さすが若桜サン、分かってるっスねぇ」

隊長と副隊長が目の前でテキパキと動いていれば、現実味が沸いてきたのかようやく動き出す。

「あの、浦原さんが副官章を所持しているということは………あなたが副隊長になったと言うことで、宜しいのですか?」

「その通りっス!まぁでも、これはあくまで緊急回避的なことで、正式に副隊長の候補が決まるまでの間と思ってくれて結構っスよ」

「え、はぁ……そうなんですか」

それでいてどこに隠していたのか、喜助が荷物を持って来ると早速空いている部屋へと運び。

「そういうことだから、迷惑を掛けるかもしれないが宜しく頼む」

代わりに若桜が頭を下げると、慌てた鉄仙が隊長は気にしないでくださいと捲し立てた。
それからすぐに喜助の元へ死覇装が届けられ、ちょっと着替えてきますとルンルンしながら彼が姿を消すと、若桜がクスクスと笑う。

「突然のことで正直驚いたけど………あんなに機嫌がいい喜助さんは久し振りだな」

しかも元十二番隊隊長であり、技術開発局初代局長でもある彼が八番隊副隊長とはまた新鮮で。

「彼も本来であればここで様々な開発をしていたでしょうから。でも大半は棗隊長の傍に居られるのが嬉しいんでしょうね」

そう言った鉄仙を見ると、そうなのか?と首を傾げた。
そんな所も若桜らしいというか、八番隊に彼女が来た時から男女問わず隊士たちからの人気は絶大で。誰に対しても分け隔てなく接し、忙しいなかでも彼らの意見などを親身になって聞く姿勢は尊敬に値するほどだ。
更に女性隊士たちとは休憩時にお茶を飲んだりと、少しでも多くの時間を過ごそうとしてくれるなど、そこもまた慕われている所で。

「若桜サン、早速ですけど少し見廻りしてきますんで」

着替え終わった喜助が戻ってくると、若桜が宜しく頼むと頷いた。
それから午後の仕事に取り掛かり、鉄仙が丁寧に分けてくれていた書類に判をついたり直筆でサインをしたりと。日々隊長が処理しなければならない業務をこなしていると、あっという間に夕方になる。
そこに見廻りをしていた喜助が戻り、迎えた若桜がふとあることに気付いた。

「そう言えば、喜助さんはどこで寝泊まりすることになってるんだ?総隊長に確認するのをすっかり忘れてた」

すると喜助も忘れていたのか、一瞬動きを止める。

「………す、すみません。ボクも失念してました。ああでも心配いらないっス!今日はここで寝るんで」

それで明日にでも京楽に用意してもらうと言えば、若桜はそれは駄目だと首を振る。

「私のためにこうして戻って来てくれた恩人に、そんな無体なことはできない。私の家に是非とも招待させてくれ」

「へっ!?………あの、若桜さんの………家に?」

途端に喜助の頬が染まり、あたふたするも若桜は頷きながらいい案だと笑顔か。

「浦原商店に居た時も、あなたが部屋を用意してくれたんだ。それと同じことだろう?」

しかも隊長格となれば邸宅が与えられるのだ。
そこで一人暮らしとなると広すぎで、部屋が余っているとなればまさに好都合だから。

「ですがそれとこれとは────」

「喜助さんこそ、どうか気にしないでくれ。遠慮はなしだ」

そう言って無邪気に笑う若桜を見つめ、やれやれと頭を掻いた喜助は半ば降参する勢いで。
幼い頃から彼女の事を想ってきた自分にとっては、その好いた女性からの招待など拒めるはずもなく。
しかもひとつ屋根の下となれば、暴走しそうで己が怖いくらいだ。
だが若桜は純粋な故に泊まる場所がない喜助に、寝る場所を提供しようとしているだけだという事は重々承知しているから。

「それじゃあ今夜だけ。お世話になるっス」

明日は絶対に自分の家を用意してもらうのだと。
目の前の女性を見つめながら、喜助は完敗したのだった。


* * *

翌朝。
音も何もない、静かな部屋に鳥のさえずりが聞こえ。
ゆっくりと瞼を上げると、覗いた翡翠の瞳。

「……………」

しかし目覚めは最悪か、あまりよく眠れなかったのもあって瞼は重く。
少し身体が重く感じるような気がするのも、きっとそのせいだとぼんやりと思う。
だから暫く動かず、布団から腕を出せば額の上に手を乗せ。再び目を閉じると浮かぶ情景。
それは昨日の隊首会での場面か。目の前には凛として美しい女性────棗若桜が立ち。
艶やかな黒髪は癖もなく腰の位置へと流れ、濃く色付く紫の瞳は揺らぐことなく京楽を見据えている。
その姿にさえ惹かれ、白い肌と相まって淡い薄紅色の可憐な唇からは彼女の意志の強さを感じ。
一瞬の揺らぎさえない、まるで凪いだ水面のような静寂さえ放つ彼女が、ゆっくりと一礼すると唇を開く。
その様を瞬きすることなく見つめ、八番隊隊長としてその命を全うすると宣言した時。
得も言われぬ感情が襲い、己の鼓動がトクリと熱く脈打つのを感じた。
しかしそれは長く続かず、若桜が隊長になったことにより再び副隊長が空席となり。京楽がその事について話を詰めようとした矢先、半ば乱入してきた浦原喜助によって打ち砕かれた。
それは見たくなかった光景でもあり、現世に居た時ですら若桜には常に彼が寄り添っているというのがお決まりで。
単に幼馴染という枠に収まらない『何か』が彼らの間にあると────。

「…………それで『はいそうですか』って、簡単に引き下がるような俺じゃねえ」

そう呟いた瞬間。
ぼんやりとした眼差しから一転、強い意志を秘めた瞳が天井を睨み付ける。
同時に額の上にある手をグッと強く握り、ひとつ大きく息を吐くと起き上がった。

「俺は誓ったんだ………。彼女が全てを背負うなら、俺は彼女を支える『片翼』になると」

それはユーハバッハ率いる見えざる帝国との戦いの時。
若桜の力になろうと探し回り、やっと見つけた時に偶然にも見てしまったもの────。
一目見ただけでそれがごく限られた者しか知らない、棗若桜の『真の姿』だと理解し。瞬時に決して口外してはならないものだと判断して胸に秘めた。
だがそれこそが二人をつなぐ特別な『鎖』であり、ずっと曖昧だったものが強く結びつけられた瞬間だったから。

『日番谷隊長───!!』

「…………っ」

完成した卍解によって『少し老けた』姿になった自分へと躊躇うことなく手を伸ばし、無事を喜んでくれたその心ごと包み込みたい────。

「若桜………」

薄れていく姿へ手を伸ばした彼が名を呼び。

「……………」

指先が触れ合った時にはもう何もなかったけれど。
もう一度強く拳を握り締め、じっとそれを見つめてからようやく準備に取り掛かった。

──────。

十番隊舎にて。
その日の午前中は乱菊がどこかへ姿を消していたため、いつものように黙々と事務処理をしていた冬獅郎。
彼女のサボり癖は相変わらずであり、机の上に積み上げられていた紙を片っ端から片付けていく。
そうして一段落する頃には昼が近く、筆を置いた冬獅郎は椅子の背凭れにゆっくりと凭れかかった。

「これで午後からは任務にでも行けそうか………」

かと言ってここのところ特に急を要するほどの任務はなく、 比較的穏やかな日々が続いているが。
それでも護廷十三隊に属する死神として、瀞霊廷を守護することも現世を虚から守ることも己の責務なのだ。

(………それにしてもやべえな。あまり寝れてねえのもあって、眠気が今頃になって襲ってきたか)

そんな事を考えていると急に眠くなり、思わず欠伸が出てしまうと立ち上がる。

(少し仮眠でもとるか……)

そのまま冬獅郎が向かったのは休憩室であり、彼にとっては仮眠室でもある。
何故なら子供と変わらない姿だった頃から、時間があれば昼寝をしていたためであり。流魂街に居る祖母から寝る子は育つと言われていたことを、ずっと続けてきたからでもある。
そのお陰かは不明だが、ようやく背丈も体つきも大人と変わらないそれへと成長を遂げ。乱菊からは大人になったと感慨深く言われたが、そんな事は些細なことで。
冬獅郎にとってはただ一人、棗若桜の目にどう映るかが重要だったから。

(彼女は今何をしてるんだろうな………。昨日は隊首会の後、結局話すこともできなかったし。本当はもっと傍に居て………色んな話をしてえって………思ってるんだがな────)

彼が自ら作製した寝台の上に横になるとすぐに目を閉じ、彼女のことを考えていたがそこから意識が沈んだことすら本人は気付かず。
静かな部屋に彼の寝息だけが響くのだった。


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