沖田と対峙し、静かに刀を構えていたのは金色の髪と紅い目を持った男。まさに奇跡としか言い様のない、その姿と端整な顔立ちに言葉を失い、微かに感じ取ったものは彼が『人間』ではないという直感。

「沖田さん、相手にしては駄目だ。ここは私が引き受けるから、近藤さんと合流してください」

刀の柄を握る手に力がこもり、男から一瞬たりとも目を反らさずに言う。

「悪いけど、それは出来ない相談だよ」

だが沖田は笑い、ただ静かに首を振るだけ。
その光景を眺めていた男は最早昴ひとりしか見ておらず、ゆっくりと足を踏み出せば近付いてくる。

『───っ』

沖田と昴が反応したのは同時で、素早く沖田が前にでると繰り出した高速の突き。

「邪魔をするな」

しかしその攻撃を軽やかにかわし、視線は昴を捉えたまま離れることはない。代わりに口の端に笑みをのせ、月光を受け煌めく碧い瞳と交わる視線・・

「実に興味深い…………貴様らのものにしておくのは惜しいな」

吐息のように囁き、何もかも見透かされそうな真紅の目に鼓動が震えた。

「あんたこそ、何者なの?」

しかし沖田がわざと間に割り込むようにすると、笑みを崩さず見下したような目を向けた男。

「貴様と話しなどしていない。それよりそこのお前、名は何と言う?」

いまだ余裕のある素振りで、サラリと金色の髪を揺らした。
が、

「うああぁぁ………っ!!」

中庭から藤堂の声が聞こえ、二人の意識がそちらを向く。すると沖田が昴の肩を軽く押し、藤堂の元へ行けと合図した。

「沖田さん………!」

「また後でね、昴ちゃん。僕なら心配しなくていいよ」

時間がないのだと、既に相手と向き合っていた沖田の背中が伝え。唇を噛み締めながら頷く。そして窓の方へ移動し、もう一度沖田の背中を見れば男が笑みをたたえたまま唇を開き。

「どうした……行かぬのか?早くせねば、仲間が死ぬやもしれんぞ?」

昴の一瞬の躊躇を見抜いたのか、肩を震わせて笑う姿。その余裕のある姿を睨み付け、窓の手摺へ足を掛けた、その時。

「俺は風間千景だ……覚えておくがいい」

まるで誘うような、熱を帯びた声が聞こえるも足に力を込めて飛ぶ。そこは中庭に通じていて、ふわりと着地をするとうずくまる浅葱色を見つけて駆け寄った。

「藤堂さん!大丈夫か!?」

「う……っ、す、昴……か?悪ぃけど、なんも見えねぇんだ……」

そう言った藤堂は額を押さえたままで、かなり出血しているのか流れた血が目に入ったと教えてくれる。

「酷いな……額が割れて・・・いる」

それもそのはず、藤堂の足元には真っ二つに割られた鉢金が転がり、衝撃がどれほど激しかったを物語っているのだ。しかしその一撃を食らわせた相手は誰かと、昴が視線を走らせると突如として新選組の隊士がふっ飛ばされたかの如く目の前に転がり。

「っ!!」

「おや……助っ人ですか?」

庭の暗がりから現れたのは、赤毛の男。しかも相手は素手なのか、刀も持っていない。
同時に昴の頭に再び警笛が鳴り響き、先程の男と遭遇した時と同じ感覚に襲われた。

「ふむ……あなたのその目……不思議な色をしてますね」

「────っ!?」

そこで昴の碧い瞳を見やり、静かに話し出す男。ここでも自分へと視線が注がれ、臨戦態勢はそのままに真っ直ぐと見つめ返した。
瞬間、新選組の隊士がひとり、相手へと躍りかかる。

「藤堂さんを早く!」

「っ……駄目だ!」

負傷した藤堂を退けようと、刀を振り上げたが昴は走った。何故ならこの男とまとも・・・に戦って敵うはずもない。

「無駄な足掻きは止めたほうがいいと思いますよ……?」

スッと拳を握り締め、一点に何かが集まると飛び掛かって来る隊士へ唸るような音をさせながら正拳の突き。藤堂同じく、脳を破壊するような一撃を放ったが隊士に到達するより早く、その攻撃を防がれた。

「退いてください!あなたは藤堂さんを連れて中に入って!」

「……っ、ぅ……あ……」

月光の下、白銀の刃が拳を受け止め、碧い瞳が一瞬紅く煌めいたのは錯覚か。彼女が間に入らなければ、己は藤堂が負った傷では済まされなかったと。

「私の拳を受けたにも関わらず、その刃、よく折れずにすみましたね」

打ち込んだ姿のまま、薄く笑った男の言葉を聞いた隊士の身体が恐怖で震えた。けれど、昴は男の言葉などには耳も貸さず、腰に差していたもう一振りの刀を抜き放つと目にも止まらぬ速さで突く。接近戦で、かつ零距離から放たれたそれは男の胸元を確実に捉え、弾かれたように後退した男の速さもまた人間離れしていた。

「行ってください!早く!!」

「ぅ……はっ……はい!!」

そこで昴が喝を入れるように声を出し、ビクリと肩を揺らした隊士が息を吹き返したように動き出す。目が見えない藤堂を抱えるようにして立たせ、中へ入って行くのが視界の隅に映ると昴は姿勢をゆっくりと元に戻した。

「できれば、あなたとは闘いたくないのですが……」

その姿を見やり、男が拳を開閉する仕草をすると微笑む。目の前の男とも女ともつかぬ者は、確か二階から飛び降りて来たはずで。そこには風間千景がいたはずであり、その彼・・・が見逃したのであれば意味が違ってくる。
そうして血気盛んな新選組の仲間であろう"彼"は、時折強く吹く風に艶やかな黒髪を揺らしながらも刀を静かに降ろした。

「あなたが退くと言うのなら……」

涼やかな声と共に、碧い瞳が鋭くも向けられると何故か身体が言うことを利かず。その足下に額づき、命令に従いたくなる衝動に驚くも再び笑った。

「そろそろ頃合いでしょうかな」

そう言うが早いか、俄に室内が騒がしくなったと思えば永倉の声。

「斎藤!お前は二階に行ってくれ!!」

土方たちの班がこちらに到着したと分かれば、形勢が一気に逆転したも同じ。昴と男は互いに身動ぎもせず、牽制するかのように立っていたが先に動いたのは男のほう。

「それでは……また機会があれば────」

静かに後ろへ下がり、闇の中へ溶け込むようにして消えると永倉が駆け付ける。

「昴!無事か!?」

中庭にひとり、昴の姿を見つけると怪我はないか確認してきた。

「はい……大丈夫です。でも藤堂さんが……」

「あいつなら大丈夫だろ。お前が助けてくれたと、言ってたぜ」

傷は酷いがピンピンしていると聞き、ホッと胸を撫で下ろせば"斬り捨て"から"捕縛"へと方針が転換したらしく、次々と新選組の隊士らが攘夷派の志士を捕まえていく。それでも昴にはまだ確認しなければならないことがあり、二階へと向かえばそこにはもうあの男の姿もなかった。
代わりに意識を失っていた沖田を斎藤が発見し、こちらも命に別状がないことを確認すると安堵の息をこぼし。

「ようやく終わる………」

永遠ともいえる時間に疲労の色を隠せず、昴がポツリと呟けば目を閉じたのだった………。


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