一
すると土方の視線が鋭く光り、射抜くような目で見れば昴も受け止める。同時に回りの空気が急に重くなったようで。
「何故池田屋なのか、理由を言え」
更に彼が鋭く問い掛け、言葉の真意を聞かせろと命令する。男であれば間違いなく怖じ気付いたのかと、そう言われてもおかしくない言葉だったが。
「私は……池田屋が本命 だと思うからです」
「………何だと?」
まるで追い打ちをかけるかのような、彼女の発言に誰もが目を見開くと土方も僅かに動揺。
それは山崎の情報を疑うことと同じだと、その一言に込めるも昴は目を反らすことをしない。
「土方さん率いる四国屋には、斎藤さんもいます。兵力もそちらに十分割かれている。しかし池田屋には残り少数の兵力しかない。いくら確率が低くとも、近藤さんや沖田さんなど組長格しかおらず、手薄になるのは万が一の時に命に危険が及びます。そうならないためにも、私を池田屋に配置してください」
しかも昴の言葉は正論であり、人数が少ない今の新選組にとってはこれが精一杯なのだ。その足りない部分を自分が補うのだと訴えれば、斎藤がフッと笑みを見せる。
「土方さん、桜塚の言う通りだと思います」
『っ!!?』
だがそれはほんの一瞬で、一度も笑ったことのない彼の笑みを誰もが幻だったかのように見れば、横にいた昴も同様に驚き。
「お前がいれば、近藤さんたちも心強いだろう」
いつもと変わらぬ表情で付け加えると、近藤が我に返ったのか大きく頷いた。
「ああ!斎藤君も認める腕がある君が来てくれるなら、嬉しいよ!」
「………ったく、斎藤が言うなら仕方ねぇな。お前は池田屋に行け」
そうなると土方も認めざるを得ず、荒くため息を吐きながら昴に命じる。そうして昴が緊張から解き放たれたのか、安堵の表情を浮かべると頭を下げた。
* * *
夕方になるにつれ吹いていた風が強さを増し、日も沈んだ頃には臨戦態勢に入っていた新選組。攘夷派の会合は夜も遅い時刻に行われるとの情報もあり、それに向け各々が士気を高めていた。
その中に昴の姿もあり、土方から没収されていた日本刀を受けとると腰に差す。
「よく似合ってるよ、昴ちゃん。にしてもまったく違和感がないね」
すると満面の笑みを浮かべ、沖田が上から下まで眺めているその横で、近藤は刀を見て興味津々とばかり。
「これは間違いなく業物だな………!今度もっと良く見せてくれないか!?」
俗に言う刀マニアだというのは本当だったらしく、苦笑しながらも頷いていると斎藤が大丈夫かと尋ねてきた。
「はい、大丈夫です。さすがに緊張はしますが……」
「まぁ心配すんなって!万が一池田屋だったとしても、俺がいるしな!」
それを聞いた永倉が胸をドンと叩き、出遅れた藤堂も身を乗り出す始末。
「おい、俺がいるの忘れんなよな!昴、もし何かあったら、この俺を呼べよ?」
「わ、分かりました」
そんな藤堂を原田と永倉が弄ると、土方が呆れたようにぼやいた。
「お前らはもっと緊張感を持ってくれ……」
そこで留守を言い渡されていた千鶴が昴の前に立ち、昴の手を取ると祈るように握る。
「無事に、帰ってきてね……昴さん!」
「ああ、行ってきます」
誰よりも心配してくれる彼女の姿に微笑み、全員が土方を見ればいよいよ号令がかかった。その声を合図に、屯所を出た新選組は池田屋と四国屋へ向けてそれぞれ行動に移る。
そうして昴が配属された池田屋班が目的地に到着し、灯りさえも届かない路地から旅館の様子を伺う。すると沖田が何かに気付き、笑みを浮かべると昴を見つめ。
「昴ちゃん、見事的中だね」
長州藩の男がひとり、今中へ入って行ったと告げた。
「てことは……本命はこっちか。っし、腕が鳴るぜぇ!」
しかし怯むどころか永倉もニヤリと笑い、藤堂も気合いを入れると近藤がひとつ頷く。
「総司と永倉君、藤堂君はこの俺と先陣を切れ。そして残りの者は回りを固めるんだ。桜塚君は永倉君と一緒に行ってくれ」
池田屋に乗り込むのはこの五人で、残りの隊士たちは外堀を固めるよう伝えれば全員が静かに了承の意を示した。そこから素早く展開し、隊士たちが池田屋の回りを固めると近藤が戸口の前に立つ。高まる緊張感と、刀を抜き放つ音がすると近藤が手を掛け。
「御用改めである!!」
勢い良く戸を開け放てば、中へと先陣切って入っていった。
──────。
場所は変わり、ここは土方率いる四国屋班。
到着してから暫く、偵察しているが特に変わったことはない。時間が遅れているのかと、斎藤共に辺りに意識を向けていると誰かが走る音が聞こえる。
「斎藤、お前はここで待機してろ」
「御意」
足音はどうやらひとつか。刀の柄に手をかけながら土方が構えつつ曲がり角へ進み、斎藤がその姿を見守っていると角から現れたのは雪村千鶴。
「おい、どうした!?」
必死に走ってきたのか、土方が受け止めるがそのまま地面にくずおれる。しかも息さえ整わないのか、肩を激しく上下させると斎藤も駆け寄った。
「お前、まさか一人で来たわけじゃねえよな?」
ふるふると、土方の問い掛けに首を振り、切れ切れの声で山崎の名を言うと事態は一刻を争うことが分かる。
「土方さん」
「ああ。山崎が一緒だったってなら、山南総長の指示があったってことだ。で、その内容は?言えるか?」
土方の表情が一層険しくなり、大分呼吸も落ち着いたのか千鶴が声を出した。
「本命 は……っ、池田屋………ですっ………!」
『っ!!』
刹那、土方と斎藤が目を見開き、原田も驚きを隠せないでいれば土方が短く舌打ち。
「昴 …………あいつの予想が的中かよ!」
「土方さん、こうしてる間にも近藤さんたちは向こうで戦ってる!早く指示だしてくれ」
最早ここにいる必要すらなく、原田が焦りを滲ませると土方の雰囲気が瞬時に変わった。
「これから忙しくなるぞ。俺は雑務を先に片付ける。お前らは速やかに池田屋へ移動して近藤さんたちに加勢してこい!!」
己の耳に響くは男たちの怒号と、女子供の悲鳴。爆ぜるような熱と、飛び交う剣檄。今、昴の目の前で繰り広げられるはまさに死闘であり。
「ぐあああああぁぁ!」
攘夷派の志士がひとり声を上げながら階段から転げ落ちれば、それを避けながらも前線を走る沖田総司の姿。続けて近藤勇も階段を駆け上がり、藤堂と永倉は一階にて戦闘を始める。
「昴!俺から離れるなよ!」
数からして明らかに劣勢なのは、端から分かっていた。何故なら、史実通りであれば攘夷の志士たちは二十を越えているのだ。それをたった五人で相手をしなければならず、永倉の声に小さく頷くも昴が見ていたのは沖田の姿。ここで彼がどうなったかも知っている彼女は、永倉が"敵"の刀を弾く音と共に階段へと走り出した。
「昴!?おい、待っ────」
その動きに驚き、永倉が後を追おうとするが邪魔をされる。そのまま昴は二階へと突入し、部屋から飛び出してきた志士を峰打ちで昏倒させると沖田の姿を探す。廊下には既に多くの志士たちが息絶え、中には窓から脱出を試みようとする者たち。
むせかえるような血の臭いと、どこから相手が飛び出してくるかわからない状況で碧い目が鋭く辺りを索敵し、廊下へと逃げ出してきた志士に遭遇すると刃を斬り結ぶ。
相手が死に物狂いであるなら、こちらも全力で闘う以外選択肢などない。振り下ろしてくる刀を狭い廊下でかわし、深く踏み込んでくる攻撃を受け流しながら昴もまた踏み込んだ。
その動きに相手が驚き、それが必殺の間合いだと理解するも遅い。鈍い衝撃と共に彼女の刃が貫き、こと切れると昴は更に奥へ進んだ。
「沖田さん!」
すると沖田の背中が部屋の中に見え、駆け寄るとその本人が目を微かに見開く。
「昴ちゃん?どうして─────」
「ほぅ……また新選組の奴らが来たかと思えば。お前はどこの者だ?」
そして永倉と一緒ではなかったのかと、しかしその声を遮った低い声。昴が顔を上げ、前方に立つ男を見れば目を見開いた────。
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「何故池田屋なのか、理由を言え」
更に彼が鋭く問い掛け、言葉の真意を聞かせろと命令する。男であれば間違いなく怖じ気付いたのかと、そう言われてもおかしくない言葉だったが。
「私は……池田屋が
「………何だと?」
まるで追い打ちをかけるかのような、彼女の発言に誰もが目を見開くと土方も僅かに動揺。
それは山崎の情報を疑うことと同じだと、その一言に込めるも昴は目を反らすことをしない。
「土方さん率いる四国屋には、斎藤さんもいます。兵力もそちらに十分割かれている。しかし池田屋には残り少数の兵力しかない。いくら確率が低くとも、近藤さんや沖田さんなど組長格しかおらず、手薄になるのは万が一の時に命に危険が及びます。そうならないためにも、私を池田屋に配置してください」
しかも昴の言葉は正論であり、人数が少ない今の新選組にとってはこれが精一杯なのだ。その足りない部分を自分が補うのだと訴えれば、斎藤がフッと笑みを見せる。
「土方さん、桜塚の言う通りだと思います」
『っ!!?』
だがそれはほんの一瞬で、一度も笑ったことのない彼の笑みを誰もが幻だったかのように見れば、横にいた昴も同様に驚き。
「お前がいれば、近藤さんたちも心強いだろう」
いつもと変わらぬ表情で付け加えると、近藤が我に返ったのか大きく頷いた。
「ああ!斎藤君も認める腕がある君が来てくれるなら、嬉しいよ!」
「………ったく、斎藤が言うなら仕方ねぇな。お前は池田屋に行け」
そうなると土方も認めざるを得ず、荒くため息を吐きながら昴に命じる。そうして昴が緊張から解き放たれたのか、安堵の表情を浮かべると頭を下げた。
* * *
夕方になるにつれ吹いていた風が強さを増し、日も沈んだ頃には臨戦態勢に入っていた新選組。攘夷派の会合は夜も遅い時刻に行われるとの情報もあり、それに向け各々が士気を高めていた。
その中に昴の姿もあり、土方から没収されていた日本刀を受けとると腰に差す。
「よく似合ってるよ、昴ちゃん。にしてもまったく違和感がないね」
すると満面の笑みを浮かべ、沖田が上から下まで眺めているその横で、近藤は刀を見て興味津々とばかり。
「これは間違いなく業物だな………!今度もっと良く見せてくれないか!?」
俗に言う刀マニアだというのは本当だったらしく、苦笑しながらも頷いていると斎藤が大丈夫かと尋ねてきた。
「はい、大丈夫です。さすがに緊張はしますが……」
「まぁ心配すんなって!万が一池田屋だったとしても、俺がいるしな!」
それを聞いた永倉が胸をドンと叩き、出遅れた藤堂も身を乗り出す始末。
「おい、俺がいるの忘れんなよな!昴、もし何かあったら、この俺を呼べよ?」
「わ、分かりました」
そんな藤堂を原田と永倉が弄ると、土方が呆れたようにぼやいた。
「お前らはもっと緊張感を持ってくれ……」
そこで留守を言い渡されていた千鶴が昴の前に立ち、昴の手を取ると祈るように握る。
「無事に、帰ってきてね……昴さん!」
「ああ、行ってきます」
誰よりも心配してくれる彼女の姿に微笑み、全員が土方を見ればいよいよ号令がかかった。その声を合図に、屯所を出た新選組は池田屋と四国屋へ向けてそれぞれ行動に移る。
そうして昴が配属された池田屋班が目的地に到着し、灯りさえも届かない路地から旅館の様子を伺う。すると沖田が何かに気付き、笑みを浮かべると昴を見つめ。
「昴ちゃん、見事的中だね」
長州藩の男がひとり、今中へ入って行ったと告げた。
「てことは……本命はこっちか。っし、腕が鳴るぜぇ!」
しかし怯むどころか永倉もニヤリと笑い、藤堂も気合いを入れると近藤がひとつ頷く。
「総司と永倉君、藤堂君はこの俺と先陣を切れ。そして残りの者は回りを固めるんだ。桜塚君は永倉君と一緒に行ってくれ」
池田屋に乗り込むのはこの五人で、残りの隊士たちは外堀を固めるよう伝えれば全員が静かに了承の意を示した。そこから素早く展開し、隊士たちが池田屋の回りを固めると近藤が戸口の前に立つ。高まる緊張感と、刀を抜き放つ音がすると近藤が手を掛け。
「御用改めである!!」
勢い良く戸を開け放てば、中へと先陣切って入っていった。
──────。
場所は変わり、ここは土方率いる四国屋班。
到着してから暫く、偵察しているが特に変わったことはない。時間が遅れているのかと、斎藤共に辺りに意識を向けていると誰かが走る音が聞こえる。
「斎藤、お前はここで待機してろ」
「御意」
足音はどうやらひとつか。刀の柄に手をかけながら土方が構えつつ曲がり角へ進み、斎藤がその姿を見守っていると角から現れたのは雪村千鶴。
「おい、どうした!?」
必死に走ってきたのか、土方が受け止めるがそのまま地面にくずおれる。しかも息さえ整わないのか、肩を激しく上下させると斎藤も駆け寄った。
「お前、まさか一人で来たわけじゃねえよな?」
ふるふると、土方の問い掛けに首を振り、切れ切れの声で山崎の名を言うと事態は一刻を争うことが分かる。
「土方さん」
「ああ。山崎が一緒だったってなら、山南総長の指示があったってことだ。で、その内容は?言えるか?」
土方の表情が一層険しくなり、大分呼吸も落ち着いたのか千鶴が声を出した。
「
『っ!!』
刹那、土方と斎藤が目を見開き、原田も驚きを隠せないでいれば土方が短く舌打ち。
「
「土方さん、こうしてる間にも近藤さんたちは向こうで戦ってる!早く指示だしてくれ」
最早ここにいる必要すらなく、原田が焦りを滲ませると土方の雰囲気が瞬時に変わった。
「これから忙しくなるぞ。俺は雑務を先に片付ける。お前らは速やかに池田屋へ移動して近藤さんたちに加勢してこい!!」
己の耳に響くは男たちの怒号と、女子供の悲鳴。爆ぜるような熱と、飛び交う剣檄。今、昴の目の前で繰り広げられるはまさに死闘であり。
「ぐあああああぁぁ!」
攘夷派の志士がひとり声を上げながら階段から転げ落ちれば、それを避けながらも前線を走る沖田総司の姿。続けて近藤勇も階段を駆け上がり、藤堂と永倉は一階にて戦闘を始める。
「昴!俺から離れるなよ!」
数からして明らかに劣勢なのは、端から分かっていた。何故なら、史実通りであれば攘夷の志士たちは二十を越えているのだ。それをたった五人で相手をしなければならず、永倉の声に小さく頷くも昴が見ていたのは沖田の姿。ここで彼がどうなったかも知っている彼女は、永倉が"敵"の刀を弾く音と共に階段へと走り出した。
「昴!?おい、待っ────」
その動きに驚き、永倉が後を追おうとするが邪魔をされる。そのまま昴は二階へと突入し、部屋から飛び出してきた志士を峰打ちで昏倒させると沖田の姿を探す。廊下には既に多くの志士たちが息絶え、中には窓から脱出を試みようとする者たち。
むせかえるような血の臭いと、どこから相手が飛び出してくるかわからない状況で碧い目が鋭く辺りを索敵し、廊下へと逃げ出してきた志士に遭遇すると刃を斬り結ぶ。
相手が死に物狂いであるなら、こちらも全力で闘う以外選択肢などない。振り下ろしてくる刀を狭い廊下でかわし、深く踏み込んでくる攻撃を受け流しながら昴もまた踏み込んだ。
その動きに相手が驚き、それが必殺の間合いだと理解するも遅い。鈍い衝撃と共に彼女の刃が貫き、こと切れると昴は更に奥へ進んだ。
「沖田さん!」
すると沖田の背中が部屋の中に見え、駆け寄るとその本人が目を微かに見開く。
「昴ちゃん?どうして─────」
「ほぅ……また新選組の奴らが来たかと思えば。お前はどこの者だ?」
そして永倉と一緒ではなかったのかと、しかしその声を遮った低い声。昴が顔を上げ、前方に立つ男を見れば目を見開いた────。
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