「は?お前は絶対無理だろ」

「う………」

が、藤堂が即答すれば敢えなく撃沈。それでも父親のため、引き下がるわけにはいかない。

「そりゃ……私は昴さんのような強さはないです!小太刀を持ってるけど、道場に通ってたくらいだし……。でも、こうして待ってるだけじゃ父様はいつまで経っても戻って来ないんです!だから、お願いします!!」

小さな拳を握りしめ、必死に訴える姿は彼らの目にも真摯に映った。

「それじゃあ、明日にでもその腕を見せてもらうよ?僕が相手だと何だから斎藤君、いいよね?」

その思いに沖田も応え、斎藤を見れば静かに頷く。それから総合的に判断した上で、土方に伝えると決まれば千鶴が頭を下げた。


それから千鶴と相手をした斎藤と、見学していた沖田が合格と判断すると同時に、新選組が隠していた"闇"を知った二人。
南蛮から渡来したとされるその薬を幕府が新選組へと秘密裏に渡し、密かに研究するよう勅令が下っていたのだ。その薬の作用とは人間の力を増強させ、身体能力を飛躍的に向上させるもの。たとえ怪我をしたとしてもすぐに回復する治癒能力もさることながら、心臓か脳を破壊される以外は死ぬことがない。まさに不死身の力を得ることにより、何万の兵をも誇る人間を作り出すことだった。
しかもその薬の研究に携わっていたのが、蘭方医である千鶴の父である雪村綱道。更に新選組の隊士を実験台として投与し、兵力の増強を計っていたのだった。
だがその薬を投与された者たちは殆どが失敗となり、血を欲して見境なく人を襲う。そうなれば最後、殺す以外に止める方法はないのだと。
そんな危険な薬を、新選組は所持していたのだった。

そして江戸から土方が帰還し、沖田らの計らいで昴たちのことを耳に入れるも外出の許可はいまだおりず。同時に左手に怪我をした新選組総長である山南の様子がガラリと変わってしまったと、その噂が隊士たちの間で広まると彼を遠ざけ始める。思うように動かない左手と、刀を握れない自分が新選組に必要な存在なのかと。その葛藤が隊士たちに辛く当たる結果になり、彼を遠ざける要因ともなった。
そんなある日、部屋で井上から借りた本に目を通していた昴の耳に、隊士たちのざわつく声が入ってくる。それでなくとも今日は朝から屯所内が騒がしく、ずっと気になっていたのだ。監視もほぼなくなり、部屋から廊下へと出れば手に蝋燭と五寸釘を持った永倉がいて。

「よう、昴。どうした?」

「それはこっちの台詞です。永倉さんこそ、それはどうしたんですか?」

手に持っていたものを指差すと、何やら難しい表情をした。

「あー、これな。昨日、攘夷派の間者を新選組が捕縛してな。なかなか吐かねぇから土方さんが出ることになったんだよ。んで蝋燭と五寸釘が足りねぇって言うから、持って行くところだったんだ。ま、お前が知るようなことじゃねぇよ」

「攘夷派の………。永倉さん、今日は何日でしたか?」

しかも女性だからと、気を遣う彼を見つめて昴が息を飲むと、五月二十九日だと教えてくれる。そこから何を考え込んでいるのか、眉を潜める姿に永倉が声をかけると我に返り。

「邪魔をしてすみません。部屋に戻ります」

「?ああ、じゃあな」

自室へと戻る昴を見送ったが、考えても分かるはずもなく永倉は去って行った。

そして来たる六月五日────。

その日は早朝から屯所内に流れる空気が尋常ではなく。血気盛んとはこのことか、半ば興奮を隠せない隊士たちが部屋を行ったり来たりしている。
その光景を昴の部屋から見ていた千鶴が、不安そうにしていたのは言うまでもなく。

「今日は皆どうしたのかな………?何か、少し怖い……」

「………………」

「昴さん?」

千鶴同様に見ていた昴はしかし反応がなく、問い掛けるとようやく気付いた。

「そうだな………。多分、今日は………新選組にとって大事な日になると思うから………」

そう言い、碧い目をゆるりと細める彼女はまるで何が起きるのか知っているようで。ひしひしと伝わってくる緊迫感でさえ昴は受け止め、凛とした姿。それでも千鶴はこのままどこかに行ってしまうのではないかと、意味もない不安に駈られると手を伸ばした。

「どこにも……行かないで……!」

「っ…………!」

途端に昴が小さく見開き、すぐに微笑むと頷く。

「私はどこにも行かない……。と言うか、行く宛てがないから」

その笑みはとても柔らかで、同じ女性であるにも関わらず目を奪われる程に綺麗だから。思わず着物を握っていた手に力が入り、名を呼ばれると我に返った。

「そ、そうだよね………!私も昴さんも、新選組預りのままだし!変なこと言って、ごめんなさい」

「いや、気にしないでくれ」

そんな千鶴にやはり昴は笑顔を浮かべ、言い様のない動悸が治まらない千鶴が唇を噛み締めたその時。

「昴ちゃん、いる?」

障子越しに沖田の声がし、返事をするとすっと開く。

「あれ?君もいたんだ。それより、土方さんが昴ちゃんを呼んでるよ」

「………分かりました」

しかもここにきて何故昴ひとりなのか。静かに立ち上がる彼女を見つめ、沖田の後に続こうとすると千鶴も立ち上がった。

「わ、私も宜しいですか!?」

無理を言っているのは分かる。が、沸き上がる不安で胸が押し潰されそうなのだ。
手を握り締め、必死に頼み込む千鶴を沖田が見つめると困ったような表情を浮かべ。

「うーん……まぁ、いいんじゃないかな?」

ついておいでと促すと、三人は広間へと移動した。

「来たか」

引き戸を開け、沖田が二人を引き連れて入ると土方が顔を上げる。そこで何故か一緒に立つ千鶴を見れば一瞬表情を厳しくしたが、何も言わず。

「雪村は別として……。桜塚、お前にも今日の捕り物に参加してもらう」

「はい………」

斎藤の横に座れと促され、千鶴が昴の後ろに座ると土方が再び口を開いた。

「お前らも知っての通り、攘夷派の奴がようやく自白してな。近くその攘夷派の者どもが集まり、会合を開くことを突き止めた。その場所が池田屋か四国屋のどちらかであり、それが今日だ」

その報告を聞き、改めて幹部がそれぞれに表情を引き締めたのはその時。

「ようやく僕たちの出番ってわけですね。正直、待ちくたびれましたけど」

「これでやっと新選組の名が京に轟くってもんだな!」

沖田や永倉が笑顔を見せ、斎藤は目を閉じたまま静かに佇む。
いくら京都守護職より拝命した組織であっても、ただのゴロツキと同じような扱いを受けてきた彼らなのだ。幕府のため、尽力していると知れ渡れば御の字だと。この場にいる誰もが気合いを入れるのを見れば、土方は作戦を練り上げていく。しかも監察方である山崎烝の報告によれば、会合が行われる場所は四国屋が濃厚だと聞いていて。

「────で、桜塚だが……お前は俺と一緒に四国屋に来い」

昴の腕を直に見ているからか、激戦となる方を選んだ。

「土方さん、それについてお願いがあります」

その時、スッと顔を上げた昴が唇を開き、願い出た姿に誰もが驚く。その本人は碧い瞳に何か強い光を宿し、真っ直ぐに見つめると告げた言葉。

「私を………四国屋ではなく、池田屋へ行かせてください」

凛とした声が広間に響き渡れば、沈黙が落ちた────。


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