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昴が新選組預りとなってから早くも一ヶ月が経ち。千鶴にも自分が女性だと知られると、互いの部屋を行き来するようななる。しかし隊士らの監視状態の下あまり会う時間もなく、食事をする時くらいに顔を見るのがほどんどで。そんなある日、千鶴が鬱屈とした気持ちで中庭に出ると偶然昴と居合わせた。

「昴さん!」

「千鶴さん、こんにちは」

そんな昴はいつ見ても袴を見事に着こなし、中性的な相貌も相まっての人の目を惹き付けるその姿。艶やかな黒髪を頭上で結い上げ、背中にさらりと流れ落ちる様は綺麗で、また異国の人を思わせる碧い瞳は海のように濃く煌めく。そこに立っているだけで絵になるその人は、千鶴にふわりと微笑むとすぐに何か気付いたようだった。

「元気がないようだけど……お父様の件、まだ何も?」

そう、あれから千鶴はすぐに自分が何故京の都に来たかを新選組に伝え、その父親が新選組と関わっていたことが分かれば環境が変わり。彼らも父親を探していたと知り、捜索する上での数少ない参考人として監視が少し緩む。
だが行方不明になって以降、新選組もその所在を突き止めることが出来ず、外出することを許されていない千鶴の不安は更に募るばかりだった。

「土方さんたちが市中を巡回している時に情報を集めようと動いているみたいなんだけど、まったくその情報が入ってこないって。沖田さんが教えてくれて……」

できれば自分の足で探したいのだと、悔しげに呟く彼女。そもそもそのために江戸からここまで来たというのに、こうして外出することも出来ず、日長部屋で過ごすことに耐えられるはずもない。

「そうか………」

けれど気の利いた言葉など、逆に千鶴に気を遣わせるだけだと理解しているから昴はポツリと呟いただけで。暫く沈黙が落ち、空を見上げていると名を呼ばれた。

「昴さんは……不思議な人ですね……」

「…………?」

突然のことで、驚きを隠せず目を少し見開けば見上げてくる少女。自分より歳が下なのもあり、まだ幼さを残すその顔を見つめるとふいに頬が染まり。

「こうしてここに連れて来られた時も思ったんだけど……。あなたの傍にいると、不思議と落ち着くなって!明日にはどうなるのか分からなかったあの時でさえ、昴さんの笑顔を見ると不安が取り除かれるみたいで……」

きっと大丈夫だと、そう思えてしまう。

「そして今も……父様がどこにいるのかも分からなくて、何もできない無力感に押し潰されそうになってるのに……。こうしてあなたの顔を見たら、まだやれることはあるって、そう思えるの!」

諦めるなと、無言で背中を押してくれている。そんな気がするから。

「昴さんに会えると、元気が出る!」

照れたように微笑み、それを聞いた昴はしかし逆だと心の中で囁いた。

「私の方が……何故この時代に存在しているか分からないのに………な」

「昴、さん?」

本当は二百年も後の世界からやってきたのだと、誰に言おうと信じてくれるような内容じゃない。ともすればそれは自分の足下の何と頼りないことか。それこそ己の存在意義が揺らぎそうで……。

「どうして……私はここ・・にいるのだろうな……」

切な気に微笑み、一瞬その姿が儚くも消え入りそうに薄くなれば千鶴の心臓が音を立て。

「昴さ──────」

思わず手を伸ばそうとしたその時、斎藤や原田らが急いだ様子で通り過ぎ、二人何かあったのかと眉を寄せる。そのまま示し合わせたかのように頷き、広間へと移動すれば井上がちょうど部屋に姿を現した所だった。
そして彼の口から伝えられたのは、江戸へ出張している土方からの文が届いたこと。そしてその内容は共に行動していた山南が左手に怪我をし、重症であるとのことだった。
それを聞いた幹部たちは皆一様に同じ表情を浮かべ、武士として刀を握ることはほぼ不可能だろうと憶測したのは言うまでもなく。
ふと息を吐いた沖田が、天を仰ぎながら口を開くと突いて出た言葉。

「この際、薬でも何でも使ってもらわなきゃ。山南さんは隊士でもいられなくなるってことだよね」

『薬』という言葉に千鶴が反応し、横では昴が目を細める。やはり新選組の隊士たちがあの姿になる"原因"があり、それが沖田の言った薬ではないのかと。

「でもさ、それで山南さんが血に狂っちまったらどうすんだよ?」

「そしたら、『新撰組』に行ってもらうほかねぇよな?」

しかも藤堂が難しい顔をすると永倉が答え、新たに聞こえてきた『しんせんぐみ』と言う言葉。

「え……山南さんはもともと新選組の隊士ですよね?」

千鶴が首を傾げ、呟くように言えば藤堂が宙で文字を書く素振り。

「ああ、"せん"の字が違うんだよ。新八っつぁんが言ったのは、"手"偏の─────」

何の気なしに言葉を発した、瞬間。

「平助!!」

原田が咄嗟に手を出し、藤堂を殴り飛ばすと床に倒れる。ガタン、と大きな音が響き、斎藤が息を吐くと沖田はまるで他人事のように苦笑するだけ。

「おい平助、二人がいる前では言うなって、言ってるだろ」

「っ………ごめん。俺も悪かったけどさ……。でも殴ることないんじゃねぇの?佐之さん」

「悪ぃ……思わず手が出ちまった」

しかし仲が良いのかこの三人はよく一緒にいるため、喧嘩になることはなかった。

「て言うか、この子の父親が新選組と関わってるのが分かってるんだ。そろそろ教えてあげてもいいんじゃないの?」

そこで沖田が面倒くさいとばかりに提案し、他の幹部たちが一斉にこちらを見つめてくる。だが千鶴は当事者であるが、昴は違うのだ。

「でもそれじゃあ、桜塚君を新選組から解放できなくなる。沖田君もそれを考えなきゃ駄目だ」

すると井上が眉を寄せ、昴を気遣うも沖田はニヤリと笑い。

「ですが、彼女・・は新選組にとって強力な助っ人なんですよ?あの隊士たち相手に、互角以上の戦いをしてましたし」

「え……総司、今こいつのこと何て言った?」

彼の発言に藤堂が反応すると斎藤もピクリと反応。そんな斎藤を尻目に、沖田がわざとらしくため息を吐くと昴をじっと見つめ。

「その人は女性だよ?ね?」

「…………どう、して…………」

同意を求められるも、昴本人が驚きを隠せなくて。そこでハッとした斎藤が顔を上げ、あの時かと呟く。

「さすが斎藤君。女性だと分かったのは、僕が彼女を引き寄せたあの時だよ。男にしては触れた感触が柔らかいなって思って。それに、男がこんな天女みたいな顔してたら逆におかしいでしょ」

「確かに線も細いし。触れたら折れちまいそうだもんな」

次いで原田が納得して頷くと、永倉は口をパクパクしていた。

「にしても、女の身で新選組の隊士相手に、しかも"あの"隊士と互角以上って……何かの間違いなんじゃねぇの?」

しかも藤堂の言葉は尤もであり、千鶴も護身術として小太刀を扱うことができるくらいなのだ。昴を見ただけでは想像すらつかず。
それでも、千鶴たちは昴が彼らと戦う姿を実際に見ているから。

「土方さんが帰ってきたら、彼女を巡察に加えるよう進言してみるよ。薬のことも話した上でね。それに、ここにずっと閉じ込めておくのもさすがに可哀想だし────」

「あの!それなら私も、参加させてください!!」

沖田が楽しそうに笑い、斎藤がやれやれとため息を吐くと千鶴が我慢できずに声を上げた。


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