「うーん、確かにそうなんだがなぁ。見ただけであれば、今すぐに命をどうこうまではしなくてもいいんじゃないか?トシもそう思うだろう?」

すると近藤も同様に頷き、土方が顔をしかめるとクスクスと笑う短髪の男。

「でも、やっぱり見たからには野放しなんかにはできないですよね?しかも実際に闘ってるのもある。それでなくても町の治安を守ってる新選組の中に、ああいう輩がいるって噂でも流されたらたまらないし」

尤もなことを言い、昴たちを見つめるその視線にはやはり殺気が潜む。それはあくまで自分たちを守るためであり、ほんの少しの憂いがあってはならないのだ。だからこそ神経質にもなり、不利になるようならその憂いを排除しなければならない。
そうしてずっと黙り込んでいた土方が大きく息を吐き、昴たちの方へ視線を投げると告げた。

「今の段階では殺しはしねぇ。だが、お前ら二人はあくまでも新選組預りだ。もし妙な動きを見せてみろ。その時は容赦しねぇから、そのつもりでいるんだな。近藤さんも、お前らも、それでいいな?」

「ああ。それで構わん。良かったな!二人とも」

「土方さんがそう言うなら、僕は別にいいですけど?」

土方の決断によりようやく命の保証がなされ、昴と千鶴が視線を交わせば頭を下げる。今はまだ首の皮一枚で繋がっているに過ぎないが、それでも生きた心地がしなかったのだ。そして手の拘束も解かれ、井上も笑顔で頷くと土方が声を掛けてくる。

「おい、お前ら。そういや名前をまだ聞いてなかった。教えろ」

「えと……雪村千鶴です」

「桜塚……昴と言います」

二人順に答え、昴が教えると珍しい名に誰もが興味を示し。

「僕は沖田総司と言います。よろしくね?」

短髪の男がニッコリと笑みを浮かべると、昨夜一緒にいた長髪の男が静かに頭を下げる。

「斎藤一だ。よろしく頼む」

「俺は永倉新八。よろしくな!」

「原田佐之助だ。よろしく」

「俺は藤堂平助って言うんだ。よろしく!」

次にハチマキを巻いた男がニヤリと笑い、最後に朱色の髪の男と少年らしき男が名乗った。

「で、桜塚って言ったか。お前が持ってる刀だが、まだこっちで預からせてもらう」

しかしまた土方が昴を呼び、没収された日本刀の事を言えば永倉がじっと見つめてくる。

「しっかし……俺も見てみたかったなぁ。あんたの戦う姿。あの斎藤も一目置いてるし」

「あ、それなら俺も気になる!明日でいいからさ、ちょっと手合わせしてくれよ!」

「あ、あの………っ」

次いで藤堂も食い付き、昴が困惑すると沖田がいきなり肩を引き寄せ。

「そんな勿体ないこと、しなくていいよ。あんな綺麗・・な姿、永倉君に見せると目が潰れるかも」

ね?と、意味ありげな視線を向けてくると絶句し。

「はぁ?意味わかんねぇし。それに綺麗って何だよ!?戦い方に綺麗も何もあるかって」

「それにしても、ほんと異人さんかと思うくらい目が碧いよね?その桜塚昴って言う名前も、こっちのほうの"偽名"だったりしない?」

そんな声も無視した沖田が問い掛けると、昴は否定する。

「いえ、両親はれっきとした日本人です……」

「へぇ……そうなんだ?」

突然顔を近付け、笑みを浮かべている彼だがまるで探りをいれているようで。そこでふいに斎藤が近付くと沖田から引き剥がした。

「いい加減離してやれ。困ってるだろう」

「はいはい。それじゃ、僕はこれで」

そして沖田が手を振りながら部屋を出て行き、近藤も何か不自由なことがあれば言えと気を遣ってくれる。しかし土方が出来る範囲でと付け加え、二人一緒に出て行くと井上が昴と千鶴を呼び寄せた。

「さて、二人にはすまないが部屋に戻ってもらうよ。あと桜塚君は別の部屋を用意したから、そっちに移ってくれ。後で着替えを届けさせよう」

「分かりました。有り難うございます」

「良かったですね、昴さん」

これでようやく一安心だと、千鶴が小さな声で囁くと昴も頷く。たぶん千鶴の性別は新選組のほとんどにバレているだろうが、自分はまだ男だと思われているようで。しかし男装している方が動く時も便利だと思えば、苦にも感じない。
この部屋に呼ばれ、そう時間は経ってないはずだろうが、半日ほど拘束されていたような疲れを感じれば今は早く部屋に戻りたくて。井上に案内されるまま中に入り、ひとりになれば息を吐く。けれど控えめに声が聞こえ、相手が斎藤一だと分かればすぐに返事をした。

「着替えを持ってきた」

「すみません!言ってくれたら取りに行ったのに………」

「その必要はない。これでもお前とあの者には監視が交代でつくことになっているのでな。外に出るのは簡単には許されないと思え」

腕に着物を抱えた斎藤が中に入り、慌てて昴が受け取るも自分の立場を再認識させられる。それでも昴にとっては彼の気遣いに感謝し、頷きながら着物を受け取るも斎藤は出ていく気配がない。

「あの……今から着替えるので……」

「ああ。お前のその体格に合うか分からんのでな。念のため着て見せて欲しい」

「っ…………!」

しかも目の前で告げる男は視線を外すこともなく、サイズが違えば変えると言う。だが昴にとっては最大の難関が立ちはだかったも同然で。

「どうした?もしや、着替え方が分からぬのか?」

固まってしまった昴を見つめ、手を伸ばせばジャケットに手を掛けられて我に返った。

「さ、斎藤さ……っ、ひとりで大丈夫ですから!もし合わなかったら言いに行きますっ」

「何だ……この着物は……。あんたはこんなもの着てよく苦しくないな?」

そんな抵抗も虚しく、手先が器用なのか斎藤がジャケットを脱がせるとふと動きが止まる。何故なら、下に着ていたシャツからでも分かる女性の膨らみは隠しようがなくて。

「まさか………女………?」

「……………っ」

俯き、言葉を紡ぐことさえできない昴が小さく身体を震わせると、すまないと小さな声が耳に届いた。

「あの男たち相手に戦っていた者が女だったとは……本当に驚きだ」

「すみません……騙していたわけでは、ないんです」

だからか、すぐに離れた斎藤が目を反らし、昴が謝ればその必要はないと返ってくる。

「ここにいる以上、男装しているに越したことはないからな……。もし新選組が女を匿ってるとなれば、それもまた問題となる。たが副長にはこの事を伝える。いいな?」

「はい………」

それは勿論のこと、昴に拒否する権利などなく。斎藤とて男にしては線が細いとは思っていたが、まさか本当に女性だったとは夢にも思わなかったのだ。

「なるべくお前に合いそうなものを持ってきたつもりだ。一度腕を通してみてくれ。俺は廊下にいる」

だが女性とわかった以上、接し方が変わるのは必然で。廊下へと向かい、背を向けたまま着替えるよう促すと礼を言う彼女の涼やかな声が聞こえる。そのまま斎藤は障子を閉め、息を吐けば熱くなった頬をどうするか思案するのだった。


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