翌朝。

痛む身体で目が覚め、畳の上で身じろぎすると明るい部屋を見渡す。見たことのない風景と、身体を縄で縛られているのを見ればやはり夢でなく。しかも自分を連行したのは紛れもない新選組であり、歴史の授業でしか聞いたことのなかった彼らとこうして合間見えることになるとは、天地がどうひっくり返ろうがなかったはずだった。
だが現実は残酷で、昨夜の出来事を思い出せば浪人たちを襲っていたのは新選組の隊士たち。しかもその彼らを成敗したのもまた新選組であり、土方歳三らが駆け付けた。それはどう転んでも外に漏れてはならない"事"のようで、それが原因でこうして捕らわれたらしく。
昨日から全く理解できない事ばかりが起き、成す術さえない、その状況に碧い目をグッと閉じた時。

「あの……起きてますか?」

背中から声が聞こえ、目を開けると何とか寝返りをうつ。そこには昨夜、自分が助けようとした少年……いや、男装している少女も同じように縛られていて。眠れなかったのか、やつれた姿でこちらを見ていた。

「おはよう、千鶴さん」

「お、おはようございます、昴さん」

互いに自己紹介したのはここに連れて来られた時で、彼女が男装していたのはすぐに気付いていたが、相手のほうは自分が女だとは全く気付いてなく。

「大変なことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい……っ」

ふいに瞳を潤ませ、謝る姿にゆるりと首を振る。

「謝らないでください。困っている人を助けるのは当たり前だから。千鶴さんが無事で、本当に良かった」

次いでふわりと微笑むと千鶴が目許を染め、中性的な顔立ちに見惚れるも慌てて頭を振り。

「わ、私………あなたをここから出してもらうよう、新選組の人に頼みます!あなたは何も悪くないんだから!」

助けてくれた恩人なのだからと、内心は恐怖を感じているだろう健気な少女を見れば胸が痛み。

「私のことは気にしないでください。それより、千鶴さんはやらなければならないことがあってここに来たはずです。それを忘れては駄目だ」

凛とした眼差しで伝えると、障子がガラリと音を立てて開いた。

「やあ、おはよう。こんな形で拘束してすまないねぇ」

すると初老の男が姿を見せ、縄で縛られた二人を見るとすぐに近付く。そして腕の拘束以外を解き、二人が驚きを隠せないでいると微笑んだ相手。

「ああ、自己紹介が遅れたね。私は井上源三郎と言う。新選組の中でも古いほうで……と、局長や幹部の者たちが君たちを呼んでいるんだ。申し訳ないが、来てもらおうか」

立てるかい?と促され、二人がゆっくりと立ち上がるとすぐに部屋を出る。そのまま廊下を進み、広間に到着すると引き戸を開けた。

「局長、連れて来ました」

「うむ、ありがとう。源さん」

そこで上座に座っていた男が顔を上げ、現れた二人を見ると中に入るよう促す。だが両脇に座っている幹部と言われる男たちの視線に射抜かれ、ビクリと怯えたのは千鶴。胸の前で手を握りしめ、けれど昴は凛として立つ姿。

「へぇ……総司や斎藤の言う通り、俺らを前にしても怯える様子もねぇ」

短く切り揃えられた髪と額にハチマキのようにして布を結んでいる男が見つめると、土方が早く座れと促した。

「ふむ、君たちが昨夜の……。ああ、自己紹介が遅れたな。私は新選組局長の、近藤勇だ。宜しく頼む」

そして上座に座っていた男、近藤がニッコリと笑みを浮かべ、名を名乗れば土方が思いっきり眉を寄せる。

「なに自己紹介してんだ、近藤さん」

「ん?駄目だったの、か?すまない」

ははは、と苦笑いをした近藤に呆れ顔の土方が続きを促し、咳払いをした彼が昴たちを見れば神妙な面持ち。

「トシからも大方は聞いているが……。二人がそれぞれ何を見たのか……教えてもらおうか」

静かに語り掛けると、千鶴が横で視線をわずかに泳がせる。昨夜、何を見た・・のか。それは新選組が隠しておきたいことであり、見たと証言すれば容赦なく証拠隠滅されるであろうことは明白で。何を答えるかにより己の運命が決まると、向けられる密かな殺気が伝えている。だからこそ千鶴は見ていないと、はっきりと声に出せば次は昴に向かう視線。
少しの間目を閉じ、スッと息を吸えば、近藤勇を真っ直ぐに見つめた。

「私は昨日ここに来たばかりで……。宿をどうしようか迷っていると、浪人らしき男が三人、彼に絡んでいるのを見つけました」

「それで………?」

「このままでは彼が危ないと、そう思い止めようとしたら彼が逃げたので。大丈夫かと思ったのですが、それでも浪人たちが後を追うのが見えて、何とか助けなければと……私も後を追いました。そして彼は路地裏にうまく逃げ込んだのか姿はなく、諦めの悪い浪人がしつこく探そうとすると目の前にまた別の男たちが現れたんです」

ここから先を話せば最後、彼らに消されてしまうやもと。けれど昴は近藤を見つめたまま、決して目を反らしはしない。

「浪人は目の前に立ちはだかった男たちに邪魔だと告げ、退くように促しましたが動く気配がなかった。それで逆に怒った浪人が刀を抜き、男たちに襲い掛かったんです」

そこから見たものはまさに『地獄絵図』だったと。まざまざと浮かぶ光景をありのままに話し、隣で千鶴がそれ以上話しては駄目だと目で訴えてくる。それでも止めず、目の前で繰り広げられた事を伝えると膝の上に置いた手を強く握り。

「既に息耐えているにも関わらず、それでも楽しむかのように切り刻む彼らは最早"人"ではなかった……!だから私は止めた。それ以上は許さないと」

昴の涼やかな声だけが響き、重苦しい空気が漂うも話は続く。

「そうして標的が私に移り、刀を振りかざした彼らは私に襲い掛かった。そこから先は、土方さんたちがご存知のはず。それと彼は安全が確認されるまで身を潜めていたんです。だから彼の言うとおり、見てないと思います」

最後に千鶴を見つめ、近藤へと視線を戻せばそれが全てだと伝えた。
しん、と部屋に沈黙が落ち、近藤が参ったと頭をかくとチラリと土方へ視線を向け。

「……これは参ったなぁ……。しかも三人いた男らのうち二人を、倒したのはお前だと。それは本当か?」

「………はい」

『っ!?』

尋ねられた事に頷くと、昨夜の三人以外の全員が驚愕の表情。

「血に狂ったやつら三人相手に、しかも二人もやっちまうなんて……あんた、化け物か」

すると短髪にハチマキ姿の男が呟き、横に座っていた朱色の髪の男がすかさず肘で腹をど突く。

「余計なことを話すな、新八」

「っ……でも、見てるんだよな?しかもそいつらが羽織を着てたっての」

しかしゲホゲホとむせながらも昴を冷ややかに見つめ、新八と呼ばれた男が核心をつけば一瞬時が止まり。

「………確かに、羽織を着ていました」

その視線から逃げずに答えた瞬間、横に座っていた千鶴が身を乗り出した。

「それなら………私も見ました!!」

「千鶴さん!」

途端に昴が小声で遮り、それでも首を横に振った彼女は必死に訴え。

「彼は私を守ろうとしてくれたんです!もしあのまま見捨てられてたら、あの浪人の次は私だったかもしれないんです!それでも駄目だと言うなら、私も同罪ですから!」

悲痛なほどの叫びが部屋に響くと、千鶴と年が近そうな少年がポツリと呟いた。

「なぁ、この二人はその三人を見ただけなんだろ?どうしてあんな風になってたかまでは知らないんだし、解放してやってもいいんじゃねぇの?」


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