広間は水を打ったように静まり返り、藤堂に抱き締められた千鶴は声もなく泣き崩れている。
昴は息絶えた山南の傍に膝をつき、頭を垂れると最大限の礼儀を尽くした。

「もうじき……全てが終わります。山南さん」

それは"未来"を知っているからこそ、心安らかにと願う祈りであり。『誠』の意志は最後まで折れることはないと、命尽きるその時まで貫かれたものだと、教える。
だからこそ、後世にまで新選組が生きた証が語り継がれているのだと……。
開いたままの目をそっと閉じ、己が新選組として生きた事を誇れと、無言で伝えた。

その時。

「姫様!!」

まだ終わってはいないとばかりに、千姫が昴に襲い掛かる。

「……………」

その動きを昴が捉え、しかし構えることもせず視線を向けると風間が童子切を振るった。

「──────!!!」

途端に千姫の腕が宙を舞い、無機質な音を立てながら転がると君菊が声もなく絶叫する主を抱き留める。

「貴様、たとえ鈴鹿御前の子孫であろうと、我が妻を亡きものにしようとしたこと万死に値するぞ」

そして青白く輝く刃を突き付け、凍えるような金色の瞳を向ければ告げた。

「ましてや私怨によるものならば、それ相応の報いは覚悟の上だろう?」

「しかし、風間様!我が姫は─────」

それでも君菊が食い下がろうと口を開くが、風間は彼女にも刃を向ける。

「俺は何度も断りを入れたはずだ。鬼の子孫を残すなどどうでもいい、と。その上で俺は俺の意志で、我が妻を選んだのだ。誰が何と言おうと、我が全身全霊で以て愛すると誓った者をな」

それが桜塚昴だと、断固とした声で告げると千姫の瞳から溢れた涙。

「君菊」

従者の名を呼び、屈辱で肩が震えていたがそこは鬼の誇り故か。菊君が落ちた右手を抱え、千姫に肩を貸すと背を向ける。
そうして闇に消えようとする間際、彼女が昴を振り返ると口を開いた。

『不幸になることは許さない』

それは千姫なりの思いだったか、昴が目を閉じると静かに頷く。

「ああ………」

姿は既に人間に戻り、その肩を風間が抱き寄せると視線を絡ませた。

「─────で、どうするんだ?お前ら」

そこで藤堂が軽く咳払いをし、控えめに問い掛けると二人して振り返る。千鶴は大分落ち着いたのか、昴を見れば気遣わしげな顔をする。

「もう十分に薩摩藩へ恩も返したことだ……。このまま昴と共に西国に戻り、人間と関わることなく生きていく」

その問いに答えたのは風間で、昴も頷くと藤堂が大きく息を吐いた。

「そっか………。それじゃあ、ここでお別れだな」

「藤堂さんたちは?」

すると昴が質問し、若い二人が見つめあうと笑みを交わす。

「俺たちは千鶴の故郷に行くつもりだ。鋼道はどうやら変若変を薄めるのに陸奥の水を使ってたみたいなんだ」

その清き水がある場所で暮らせば、血に狂うこともなくなるのではないか、と。

「そうか。幸せにな、二人とも」

この二人なら、手と手を取り合って生きて行くのだろうと分かるから。昴が微笑み返すと、顔を真っ赤にした藤堂が負けじと言い返す。

「お、おう!……ってか、油小路で助けられたあの時、『生きることから逃げるな』って言ったのはお前だろ?昴。だから最後まで、千鶴と二人で足掻いてみせるさ!それと風間!昴を泣かせたら承知しねぇからな!!」

「ふん……。貴様のようなガキではないのだ。俺の傍で幸せにならぬ訳がなかろう」

しかし風間は涼しい顔で言い放ち、昴を促せば早々に立ち去ろうとする始末で。

「昴さん!どうかお元気で!!」

慌てて千鶴が声を上げると、昴がふわりと微笑む。

「千鶴さんも。あなたに出会えて良かった」

あの日、二人で新選組に連れて来られなかったら、こんな経験などしなかっただろう。
それこそ昴にとっては小説のような出来事であり、何より、心から大切だと想えるひとと出逢えた。
その『奇跡』に胸が熱くなり、ふいに目頭を拭えば風間が愛しげに見つめる。

「これでようやく、お前を俺のものにできる」

そして二人熱く見つめ合い、昴の目許を優しく拭えば言葉もなく頷き。


『さよなら。元気で』


互いに目一杯の笑顔を交わすと、それぞれの道を歩み出したのだった………。



続く
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