激しい戦闘が繰り広げられるなか、昴は懸命にぼやける頭をクリアにするべく抗い続ける。それは千姫から洗脳に近い"呪い"のようなものをかけられたからでり、さすがは鈴鹿御前の子孫か簡単には破ることができない。
けれど完全には支配できないのはやはり昴が玄武たる所以か。
目の前では風間が羅刹を薙ぎ払い、その向こうでは藤堂が山南と斬り結んでいた。
その間にも千姫が結界の中に入り、持っていた刀を抜き放てば昴へと突き付けて妖艶な笑みを浮かべる。

「あのまま死んでたら、こんなことにはならなかったのに……馬鹿な女。だからここで死んでもらうわ。そうすれば、私は晴れて風間の妻になれる!」

そして玄武の血は残らず羅刹のために使われるのだと。

「っ…………」

それでも昴は千姫を真っ直ぐと見つめ、苦しみに耐えながらも唇を開く。

「千景さ……だけは……譲れ、な……い!」

それは彼女が生まれて初めて失いたくないと、ずっと傍にいたいと切に願うほどに好いた男だからこそ、出た言葉で。自分にここまで独占欲があったのかと、思うほどの切実な想いに一度でも気付けば止めることができない。
だがそれは逆に千姫を刺激するだけで、彼女も鬼の姿になれば刀を高く振り上げ。

「なら尚更死んでもらわなくちゃね!!」

「昴!!」

結界に阻まれ、風間が怒りをほどばしらせながら叫んだ瞬間。
振り下ろされた刃から庇うように昴が拘束された手を出しながら、身体を転がすようにして避ける。だが千姫には不様にも逃げているようにしか見えなかったのか、声も高く笑った。

「北の鬼門を守る玄武ともあろう者が、命欲しさに逃げ惑うなんて!!滑稽ね!」

「………私が、ただ……逃げているだけだと見えるの……なら、あなたの目は……節穴、だ」

「は?今さら負け惜し…………っ!」

しかも昴が小さな唇に笑みを乗せ、千姫を見れば青筋を立てながらも彼女が何かに気付き。

「な、まさか……今の攻撃で……?」

昴の手が自由になっているのに目を見開き、更に足の拘束まで解けていれば歯を軋ませる。
そして昴は銀色の髪をサラリと揺らし、真紅の瞳をゆるりと細めればふわりと唇を開き。

「西の白虎は"軍神"だが、北の玄武も"武神"。私はあなたたちのような『女鬼』とは違う」

自らもまた闘う四神最強の"玄武"なのだと。

「千景さん。鬼丸で結界を斬れ」

千姫の背後を隙なく捕らえていた風間を見つめると、なるほど、と微笑む男。

「この刃で斬れぬものなし……か」

そう言うが早いか、目にも止まらぬ速さで刀を振り抜けば、乾いた音と共に結界が消え。

「主様!」

現れた前鬼が昴を抱き上げると、風間の横にそっと立たせた。

「昴!」

そうして風間が彼女を抱き寄せ、愛しい存在を確かめると持っていた刀を渡す。

「動けるか?」

「ああ。身体もかなり軽くなった」

そう言って受け取った二本の刀を、昴が己の両腰へと差せば風間が千姫を見ながらフッと笑った。

「どうやら……我が妻を怒らせたようだな?」

何故なら、常に左側に刀を装備していたのが昴の戦い方だと誰もが思っていたから。しかし、今の装備ではまるで彼女が両利きだと言っているようなもの。

「さすがは玄武ですか……。二天一流とは、畏れ入る」

それを見た山南が嬉々とした表情を浮かべ、千姫が俄に青ざめた。

「千鶴さん、あなたには申し訳ないが鋼道さんは───」

そして昴が静かに鋼道のことを告げようとすれば、遂に頷く。

「わかっています……!もう、あの頃の父様じゃないことは……っ」

もうあの頃に戻れないと、本当に羅刹へと堕ちてしまった哀れな男だと。半ば叫ぶように言うと、藤堂が真剣な表情で告げる。

「昴!鋼道は俺に任せてくれ!!」

それが千鶴の問題であれば、自分のことでもある。だから決着は自分がつけると、強く頷くのが見えれば昴もまた頷き返した。
すると山南が興味を示したのか千姫の前に立ち、羅刹となったまま刀を構える。

「桜塚君、私はずっと君と戦ってみたかったんですよ」

しかも羅刹隊がまだ潜んでいたのか、ぞろぞろと姿を現すと真っ赤な目をぎらつかせた。

「やれやれ……まがい物は所詮まがい物だと言うのが、まだ分からぬか?」

そんな状況でも風間は口の端を上げ、童子切を振り上げると襲ってきた羅刹を瞬殺。それが合図となったのか、山南が踏み出せば昴へと斬り掛かった。
が、初動さえ見えず、山南の斬檄を抜き放った左の刀で受け止める。

「くっ!速すぎて見えません、ね……!?」

同時に昴が右側にあった刀の束に手を掛けていて、居合い抜きのように放たれた一撃。
それは山南の首を捕らえ、唸るような音と共に斬り離そうとするが畳に転がるようにして辛うじて避けた。

「チッ!何て速さだ……!踏み込まずしてあの距離で刀を抜くとは!!」

だが山南の首筋から血が滴り、服を染めると血走った目で目の前の女性を睨む。刀を両の手に持ち、一分の隙もなく佇むその姿はまさに鬼神。
山南に加勢しようと、君菊が短刀を構えたが昴の真紅の瞳が向けられ、金縛りにあったかのように動けなくなった。

「余所見は駄目ですよ?桜塚君!!」

その一瞬の動きを見逃さず、羅刹の跳躍で山南が踊り掛かるが左で弾き返される。その重い一撃で手が痺れ、顔をしかめると右の刀が既に心臓を捉えていた。

「ぐ、ぅ………!!!」

それでも身体をずらし、心臓を外せば左胸を貫かれる。己が羅刹でなかったなら、今の一撃で確実に死んでいたと思えば改めて昴の強さに畏怖を感じた。
そこでようやく異変に気付いたのか、山南が首筋に手を当てるとぬめる感触。

「傷が……塞がってない、だと……?」

羅刹であれば傷などすぐに塞がるはずなのに、未だ血を流し続けている傷口。何がどうなっているのかと、額に汗を滲ませると羅刹隊を片付けた風間が笑う。

「昴の持つ鬼丸は、俺が持つ童子切と同じ。その昔、"鬼"を斬ったとされるものだ。まがい物でも鬼と名乗るのなら、その傷が塞がることはない」

「ぐぅ……おのれ……おのれぇ!!!」

そうなれば追い込まれたも同然か、山南が絶叫すれば今までにない速さで斬り掛かる。地を蹴り、神速を誇るかの如くその一撃は必殺となり。
昴の心臓目掛けて突き出された刀身が、半分消えたと思った瞬間、耳に響いた金属音。

「な……に────っ」

真っ二つに斬られた・・・・それが、高速で回転しながら畳に突き刺さり。

「が……っ───!!」

山南の身体に衝撃が伝わると、今度こそ胸の中心を貫く鬼丸國綱。
紅い目と、真紅の瞳が出会い、込み上げた血を吐いた山南が膝をつく。

「く……くくっ……風間君、の……言うと……り。所詮……まがい、"者"は……まが、い……"者"」

どれだけ強くなろうとも、人間では及ばない力を手に入れようと、所詮、本物の『鬼』になれはしない。
ちらりと、奥の方を見れば、藤堂によって倒された鋼道の姿。彼もまた自ら変若水を飲み、羅刹となっても敵わなかったのだ。
それが何よりの証拠であり、ただ長い夢を見ていたに過ぎなかった。

「……っふふ……情けな、い……。新選組の、ためと……思い、やって……きた、のが……この結果」

一体どこで、間違ってしまったのか。

「あぁ……あの頃、が……懐か、し……………」

山南の目に映るのは、まだ壬生浪士組として生きていたあの頃。必死になって、彼らと共に駆けずりまわっていたあの頃で……。
もう何もかもが霞んで、よく見えなかったけれど。

「………………」

ぐらりと身体が傾き、畳の上に倒れた時には既に、山南の息は絶えていた────。


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