三
翌日、仙台城を探るべく昴が行動していると、藤堂と千鶴たちも到着していたのか遭遇することになる。この時風間は別ルートから仙台城を偵察し、潜入できる場所を探していた。
「そう言えば、藤堂さんはどうやって仙台城から抜け出したんだ?」
「ああ、それなら城の外堀にある枯れ井戸からだぜ。そこから城内に入る通路があって、まぁ敵に攻め込まれた時の逃げ道ってやつだ」
しかし日中だという事もあり、強行軍で来た彼の消耗は激しい。今も顔色が悪く、明らかにきつそうだった。
「分かった。取り敢えず、私は風間さんに伝えてから動く。藤堂さんは休んだほうがいい」
しかし藤堂は首を振り、夜まで待っている暇などないと返す。
「今の羅刹は日中でも動けるんだ。ここで俺だけ休んでたら何のために来たのかわかんねぇだろ?」
「ああ………そうだったな」
それもまた藤堂らしいと、昴が頷くと千鶴は心配そうで。
「千鶴さん、いざと言う時は私が守る」
男顔負けの爽やかな笑みを浮かべると、藤堂が悔しそうにした。
「反則だぞ、ちくしょう!その顔で言うなっての!」
そうして二人と別れ、風間がいる方へ戻っていると微かな気配を感じる。
「…………」
素早く辺りに視線を走らせ、羅刹かと警戒するが彼らに隠密行動ができるとは考えにくい。しかし仙台藩主は既にいないように見え、兵と共に城を開け渡しているようなのだ。
だとすれば鋼道か、或いは山南か。
山道の途中で立ち止まり、刀の束に手を掛けようとした。
瞬間────
ガッ!という鈍い音が耳許で聞こえ、誰かに頭を殴られたと理解した時には意識が途切れる。そのまま砂利の上に倒れ、静けさだけが残ると複数の足音。
「桜塚昴……やっぱり生きてたようね。君菊、どう?」
倒れた昴を見下ろし、憎らしげに声を絞り出したのは千姫。その横には君菊という彼女に仕える女鬼が佇み、昴へ近付くと息があるのを確認してどこかに合図をする。
「これがあの伝説上でしか語られなかった純血種の鬼、玄武。鋼道に捧げるに相応しい。さ、姫様。戻りましょう」
「ええ、行くわよ」
すると数人の羅刹が現れ、昴を抱え上げれば城へと戻り。千姫と菊君も続くと、何事もなかったのような風景だけが残った。
その頃。
昴とは反対側を探っていた風間が城から離れ、彼女と落ち合う場所へと向かう。どうやらこちら側には潜入できる経路はなく、昴が行った方にあると推測された。
その報告を聞こうと、城下町に近い道で立ち止まるとまだ昴の姿はない。ここで落ち合おうと決め、二人ともに同じ時間帯に戻って来れると思っていたが、どうやら時間が掛かっているのか。
しかし何か嫌な予感に襲われ、眉を寄せると向こうから歩いてくる二つの影。
「風間じゃねぇか!」
「貴様は……藤堂と言ったか?」
千鶴の姿も認め、この二人も到着していたと分かれば藤堂が辺りを見渡していた。
「あれ?昴はどうしたんだよ?さっき彼女に会って、お前のとこに戻るって別れたんだけど」
「何……?昴はまだ戻って来てないが。会ったのはいつだ?」
途端に風間の表情が険しくなり、睨むように見ると藤堂がしどろもどろになりながらも答える。
「えっと、確か四半時くらい前だと思うけど……」
「─────!」
瞬間、風間が再び城へと歩き出し、藤堂も何かに気付くと後を追う。
「まさか、山南さんとか言わねぇよな!?」
「………いや、昴を攫うとなれば鋼道か……千姫か……」
ここで仕掛けてきたかと舌打ちし、昴をひとりにした己を呪う。そうなれば一刻の猶予もなく、藤堂に案内されるまま枯れ井戸の元に着くと城へと侵入した。
地下通路を抜け、城内に入ると立ち込める禍々しい空気に眉を寄せ。
「俺がいた時よりももっと空気が悪くなってやがる……」
藤堂も思いっきり顔をしかめると、千鶴を気遣う。しかし風間は振り返ることなく前進し、ひとつの部屋の前で止まると襖を開けた。
「おい!何し────て、刀?」
その部屋にはまるで投げ捨てられたかのように刀が二つ放られており、その内のひとつが青白い光を発しているのを見れば風間が手に取る。
「昴のものだ」
「昴の?何で分かるんだよ?」
それを見た藤堂が首を傾げ、風間がフンと鼻で笑えば刀身を露にした。
「この刀は代々の玄武に引き継がれてきた宝刀、名を鬼丸國綱と言う。こうして青白く光るのがその証拠だ」
「と言うことは……この小太刀のように雪村家に伝わるものと同じなんですね?」
そして無言で頷いた男が二本とも持ち、また歩き出すと更に瘴気が濃くなったように感じる。その大元である部屋に昴がいると、広間らしき場所に辿り着くと勢い良く襖を開け放った。
「………おや、こんなに早く見つかるとは。さすが西国の頭領であられる風間様」
「貴様ら……」
そこにはやはり鋼道を始め山南が並び、風間が殺気を浴びせたのは他でもない千姫。
そして手足を拘束された昴を捉えると、鬼化している姿。意識はまだないのか苦悶の表情を浮かべている彼女は、まるで何かと戦っているようで。
「我が妻に何をした……?」
奥歯を噛み締めるように、地を這うような声で問い掛けると山南が困ったように肩を竦めて見せた。
「まだ何もしてませんよ……。と言いますか、彼女に触れようとしたら得体の知れない者に襲われそうになりましてね。羅刹隊が少々犠牲になりましたが、今は彼女の強固な精神を崩そうとしているところですよ」
「前鬼と後鬼か」
得体の知れない者とは昴が使役する古代の鬼と分かり、主を守ったのだと理解する。彼らがいる限り、昴に触れることは愚か、逆に殺されるのがおちだ。
「ほんと、手こずらせてくれるわね。でも、それでこそ玄武かしら。この"血"と"力"があれば、羅刹が鬼を越えるなんて容易いと思うわ」
そこで千姫がクスリと笑い、鋼道が狂喜に満ちた表情で喜びを露にすると千鶴が何とか呼び掛ける。
「止めて!父様!!羅刹は失敗なの!山南さんも、分かってるはずです!!」
「う、うるさい!私はお前の為に羅刹の研究をしてきたのだ!!一族の復興と、そして鬼の世を作る為に!」
だが鋼道は目を血走らせ、昴を見れば気違いじみた声で笑い。
「見てみなさい、千鶴。昴様の目を!これが我らとは異なる種である鬼の証!」
「え………?」
意識を取り戻したのか、昴がゆっくりと瞼を上げると見えたのは真紅の瞳。
「銀色の髪と、紅い眼……。そしてただひとつの角!これが四神のうち最強の鬼、玄武だ!」
まるで羅刹と同じような目は燃え盛るように紅く、妖艶に煌めいた。
「黙れ、下郎が。まがい物と玄武を同じにするなど愚の骨頂。神代より鬼門を守りし鬼を支配しようなど、神を冒涜するも同じだ。今すぐ妻を返してもらうぞ」
が、風間が激昂したのは言うまでもなく、肉眼で捕らえられない速さで横たわる昴の元へ移動し、手を伸ばしたが弾かれる。
「っ……なに!?」
「残念ですね、風間君。彼女の回りには千姫が築いた結界があるのです。そう簡単に奪われては困りますからね」
同時に山南が笑みを浮かべ、どこからか羅刹が現れるとあっという間に藤堂たちを囲んだ。
「平助君!!」
「分かってるって!俺の傍から離れるなよ!」
やはり鋼道も山南も、戻れない所まで墜ちたのだと。涙をためた目で千鶴が鋼道を見るが、男は抵抗する昴だけしか眼中にない。
乱戦になるのは必至で、藤堂に向かって羅刹が襲い掛かれば次々と薙ぎ倒す。そして風間もまた行く手を阻まれ、彼の家に代々伝わる宝刀である童子切安綱を抜けば羅刹を一撃のもと叩き伏せた。
「藤堂君、君も君ですよ。姿が見えなくなったと思えば、私を殺す命令でも土方君から受けましたか!?」
千鶴を庇いながらも羅刹を倒していた藤堂に、羅刹と化した山南が襲い掛かったのはその時。瞬時に藤堂も羅刹となって剣檄を受け止めるとニヤリと笑い。
「そうだよ!あんたを止められんのは、俺しかいねぇだろっ!!」
力一杯に刃を弾き返すと反撃に転じた。
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「そう言えば、藤堂さんはどうやって仙台城から抜け出したんだ?」
「ああ、それなら城の外堀にある枯れ井戸からだぜ。そこから城内に入る通路があって、まぁ敵に攻め込まれた時の逃げ道ってやつだ」
しかし日中だという事もあり、強行軍で来た彼の消耗は激しい。今も顔色が悪く、明らかにきつそうだった。
「分かった。取り敢えず、私は風間さんに伝えてから動く。藤堂さんは休んだほうがいい」
しかし藤堂は首を振り、夜まで待っている暇などないと返す。
「今の羅刹は日中でも動けるんだ。ここで俺だけ休んでたら何のために来たのかわかんねぇだろ?」
「ああ………そうだったな」
それもまた藤堂らしいと、昴が頷くと千鶴は心配そうで。
「千鶴さん、いざと言う時は私が守る」
男顔負けの爽やかな笑みを浮かべると、藤堂が悔しそうにした。
「反則だぞ、ちくしょう!その顔で言うなっての!」
そうして二人と別れ、風間がいる方へ戻っていると微かな気配を感じる。
「…………」
素早く辺りに視線を走らせ、羅刹かと警戒するが彼らに隠密行動ができるとは考えにくい。しかし仙台藩主は既にいないように見え、兵と共に城を開け渡しているようなのだ。
だとすれば鋼道か、或いは山南か。
山道の途中で立ち止まり、刀の束に手を掛けようとした。
瞬間────
ガッ!という鈍い音が耳許で聞こえ、誰かに頭を殴られたと理解した時には意識が途切れる。そのまま砂利の上に倒れ、静けさだけが残ると複数の足音。
「桜塚昴……やっぱり生きてたようね。君菊、どう?」
倒れた昴を見下ろし、憎らしげに声を絞り出したのは千姫。その横には君菊という彼女に仕える女鬼が佇み、昴へ近付くと息があるのを確認してどこかに合図をする。
「これがあの伝説上でしか語られなかった純血種の鬼、玄武。鋼道に捧げるに相応しい。さ、姫様。戻りましょう」
「ええ、行くわよ」
すると数人の羅刹が現れ、昴を抱え上げれば城へと戻り。千姫と菊君も続くと、何事もなかったのような風景だけが残った。
その頃。
昴とは反対側を探っていた風間が城から離れ、彼女と落ち合う場所へと向かう。どうやらこちら側には潜入できる経路はなく、昴が行った方にあると推測された。
その報告を聞こうと、城下町に近い道で立ち止まるとまだ昴の姿はない。ここで落ち合おうと決め、二人ともに同じ時間帯に戻って来れると思っていたが、どうやら時間が掛かっているのか。
しかし何か嫌な予感に襲われ、眉を寄せると向こうから歩いてくる二つの影。
「風間じゃねぇか!」
「貴様は……藤堂と言ったか?」
千鶴の姿も認め、この二人も到着していたと分かれば藤堂が辺りを見渡していた。
「あれ?昴はどうしたんだよ?さっき彼女に会って、お前のとこに戻るって別れたんだけど」
「何……?昴はまだ戻って来てないが。会ったのはいつだ?」
途端に風間の表情が険しくなり、睨むように見ると藤堂がしどろもどろになりながらも答える。
「えっと、確か四半時くらい前だと思うけど……」
「─────!」
瞬間、風間が再び城へと歩き出し、藤堂も何かに気付くと後を追う。
「まさか、山南さんとか言わねぇよな!?」
「………いや、昴を攫うとなれば鋼道か……千姫か……」
ここで仕掛けてきたかと舌打ちし、昴をひとりにした己を呪う。そうなれば一刻の猶予もなく、藤堂に案内されるまま枯れ井戸の元に着くと城へと侵入した。
地下通路を抜け、城内に入ると立ち込める禍々しい空気に眉を寄せ。
「俺がいた時よりももっと空気が悪くなってやがる……」
藤堂も思いっきり顔をしかめると、千鶴を気遣う。しかし風間は振り返ることなく前進し、ひとつの部屋の前で止まると襖を開けた。
「おい!何し────て、刀?」
その部屋にはまるで投げ捨てられたかのように刀が二つ放られており、その内のひとつが青白い光を発しているのを見れば風間が手に取る。
「昴のものだ」
「昴の?何で分かるんだよ?」
それを見た藤堂が首を傾げ、風間がフンと鼻で笑えば刀身を露にした。
「この刀は代々の玄武に引き継がれてきた宝刀、名を鬼丸國綱と言う。こうして青白く光るのがその証拠だ」
「と言うことは……この小太刀のように雪村家に伝わるものと同じなんですね?」
そして無言で頷いた男が二本とも持ち、また歩き出すと更に瘴気が濃くなったように感じる。その大元である部屋に昴がいると、広間らしき場所に辿り着くと勢い良く襖を開け放った。
「………おや、こんなに早く見つかるとは。さすが西国の頭領であられる風間様」
「貴様ら……」
そこにはやはり鋼道を始め山南が並び、風間が殺気を浴びせたのは他でもない千姫。
そして手足を拘束された昴を捉えると、鬼化している姿。意識はまだないのか苦悶の表情を浮かべている彼女は、まるで何かと戦っているようで。
「我が妻に何をした……?」
奥歯を噛み締めるように、地を這うような声で問い掛けると山南が困ったように肩を竦めて見せた。
「まだ何もしてませんよ……。と言いますか、彼女に触れようとしたら得体の知れない者に襲われそうになりましてね。羅刹隊が少々犠牲になりましたが、今は彼女の強固な精神を崩そうとしているところですよ」
「前鬼と後鬼か」
得体の知れない者とは昴が使役する古代の鬼と分かり、主を守ったのだと理解する。彼らがいる限り、昴に触れることは愚か、逆に殺されるのがおちだ。
「ほんと、手こずらせてくれるわね。でも、それでこそ玄武かしら。この"血"と"力"があれば、羅刹が鬼を越えるなんて容易いと思うわ」
そこで千姫がクスリと笑い、鋼道が狂喜に満ちた表情で喜びを露にすると千鶴が何とか呼び掛ける。
「止めて!父様!!羅刹は失敗なの!山南さんも、分かってるはずです!!」
「う、うるさい!私はお前の為に羅刹の研究をしてきたのだ!!一族の復興と、そして鬼の世を作る為に!」
だが鋼道は目を血走らせ、昴を見れば気違いじみた声で笑い。
「見てみなさい、千鶴。昴様の目を!これが我らとは異なる種である鬼の証!」
「え………?」
意識を取り戻したのか、昴がゆっくりと瞼を上げると見えたのは真紅の瞳。
「銀色の髪と、紅い眼……。そしてただひとつの角!これが四神のうち最強の鬼、玄武だ!」
まるで羅刹と同じような目は燃え盛るように紅く、妖艶に煌めいた。
「黙れ、下郎が。まがい物と玄武を同じにするなど愚の骨頂。神代より鬼門を守りし鬼を支配しようなど、神を冒涜するも同じだ。今すぐ妻を返してもらうぞ」
が、風間が激昂したのは言うまでもなく、肉眼で捕らえられない速さで横たわる昴の元へ移動し、手を伸ばしたが弾かれる。
「っ……なに!?」
「残念ですね、風間君。彼女の回りには千姫が築いた結界があるのです。そう簡単に奪われては困りますからね」
同時に山南が笑みを浮かべ、どこからか羅刹が現れるとあっという間に藤堂たちを囲んだ。
「平助君!!」
「分かってるって!俺の傍から離れるなよ!」
やはり鋼道も山南も、戻れない所まで墜ちたのだと。涙をためた目で千鶴が鋼道を見るが、男は抵抗する昴だけしか眼中にない。
乱戦になるのは必至で、藤堂に向かって羅刹が襲い掛かれば次々と薙ぎ倒す。そして風間もまた行く手を阻まれ、彼の家に代々伝わる宝刀である童子切安綱を抜けば羅刹を一撃のもと叩き伏せた。
「藤堂君、君も君ですよ。姿が見えなくなったと思えば、私を殺す命令でも土方君から受けましたか!?」
千鶴を庇いながらも羅刹を倒していた藤堂に、羅刹と化した山南が襲い掛かったのはその時。瞬時に藤堂も羅刹となって剣檄を受け止めるとニヤリと笑い。
「そうだよ!あんたを止められんのは、俺しかいねぇだろっ!!」
力一杯に刃を弾き返すと反撃に転じた。
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