三
それから新政府軍らの攻撃を皮切りに戦闘が始まり、洋式銃の扱いに長けた新政府側が新選組の隊士たちを倒していく。その内に新政府軍の大砲が新選組の持つ大砲に直撃し、無残にも破壊されると撤退を始める。それを機に更に隊士たちは敵前逃亡を始め、最早隊は散り散りになろうとしていた。
「…………来い、昴」
そしてふと風間が名を呼び、動かない女性を引き寄せると肩を抱く。何故なら、声も出さず、目を反らすこともなく、拳を握り締めた彼女の碧い瞳から涙が伝うのを見たから。
今、昴の心に吹き荒れる感情の嵐を少しでも和らげようと、風間は強く抱き締める。
「近藤さんは……近藤さんはこの戦を甘く見すぎだ……!」
何故、新政府軍よりも先に幕府直轄地である甲府城に入らなかったのか。何故、後手に回るようなことをしたのか。
そう、近藤は幕府から支給された五千両もの軍資金を元にここに来るまでの間、まるで旅行のように豪遊していたのだ。それによる進軍の遅れと、天候悪化による時間の空費。
更に銃を扱えるようにする訓練も己の力を過信してろくに行わず、預かった大砲六門の内四門を移動の邪魔になると置き去りにした。
結果、抑えておくべき拠点である甲府城入りを新政府軍に許し、稚拙な戦いをした為にこうなったのだと。
「人間とは、本当に愚かな生き物だ……。ひとたび幕臣になれば、今度は己の欲に取り憑かれ他を省みることさえなくなる。所詮、権力や地位、金の前では人間などただのクズだ」
そんな人間の為に、涙を流している昴を見れば風間の苛立ちは最大限に達していた。
「………すまない。風間さん」
その昴は涙を拭い、自分の為を思い強く人間を批判した彼の肩に頭を預ける。
確かに、自分がいた世界にもそんな人間はいた。けれど、土方のように己の志を貫き、真っ直ぐと歩み続ける人間もまたいるのだ。
昴が涙を流したのは、ただ近藤の所業が悲しかった訳ではない。そんな彼をもっと高い場所に連れて行きたいと、誰よりも思って動いていた土方を思えばこそ、悔しくてたまらなかったのだ。
それを風間も分かっているから、それ以上は何も言わなかった。代わりに昴のまだ濡れた頬を優しく拭い、落ちくまで待ってくれる。
彼女の視界の隅にはまだ敗走する新選組が映っていたが、そのまま江戸に帰還する彼らを他所に、風間と共にまた移動を始めた。
千姫の動向も警戒しなければならず、また山南の動きも気になるからだ。
そんな中、宿場町へと向かっていた昴たちが藤堂平助らしき人物を見つける。しかも千鶴も同行していることに驚けば、宿を取る前に二人から話を聞くことになった。
「にしても、昴に会うの久し振りだよな!」
「ああ。藤堂さんも元気そうで良かった」
四人はひとまず茶屋に入り、座敷へと案内されるとすぐに藤堂が声を掛ける。既に時間も遅く、羅刹である彼からきつそうな表情はひとまず消えた。
「それに油小路の後からまた姿消しちまうし。まさかコイツと一緒だったなんて驚きだぜ!?何か嫌な事とかされてねぇ?大丈夫か?」
コイツとは正に風間千景であり、その本人は目を閉じたまま五月蝿そうに眉を寄せる。
「この俺が昴の嫌がることなどするわけもない。それよりその五月蝿さをどうにかしろ」
途端に藤堂が噛み付きそうになり、千鶴も押さえてと慌てると昴がクスクスと笑った。
「相変わらずだな、二人とも」
「お、俺らのことはいいんだよ!でもこうして見ると……お前らってほんとお似合いだよなぁ」
昴の横に風間が座り、二人とも洋装の姿だとより引き立てているようで。ここに案内されている時でさえ、人の目を惹いていたのだ。しかも昴を見て騒いでいたのは女性客が多く、風間と並ぶことで美男子が二人いるようだった。
「………そうか?私は藤堂さんと千鶴さんもお似合いだと思う」
そんな昴はやはり気付いてないのか、千鶴たちを見て微笑む。しかし我慢の限界がきたのか風間が目を開け、世間話はそこまでだと言った。
「っと、そうだったな。悪ぃ!実はさ……俺と千鶴は新選組から抜けたんだ」
そして藤堂が詳細を話し出すと、昴が驚いて目を見開く。それをよく土方が許したと聞けば、山南のことを任されたのだと説明し。
「俺も山南さんと一緒に羅刹隊を連れて先に仙台に行ってたんだ。でも仙台城に入ってから山南さんが居なくなることが増え始めてさ。そうこうする内に羅刹の数が増え出したんだ……。さすがにこれじゃまずいと思って、山南さんの目を盗んで一度江戸に戻った」
かと言って山南を野放しにする訳にもいかず、土方は藤堂へ山南の処遇を任せた。今の新選組では、羅刹である藤堂以外に動ける者がいないのだ。
「いずれこうなることは予想できてたし。山南さんだけを追うなら新選組はもう関係ねぇ。だから俺ひとりで山南さんを止めようと思って、出て行こうとしたんだ」
「それで千鶴さんも?」
そこで千鶴が藤堂のことを好いていたことは昴も知っているから、本人へ聞けば頷く。
「はい。もし山南さんが父様とも接触しているのであれば、私にも関係あることです。それに……ずっと一緒にって、約束したから。だから私も連れて行ってくれって、頼んだんです!」
「………やはり、鋼道が絡んでいるか」
そして黙って話を聞いていた風間が呟くと藤堂が小さく吐息。けれど千鶴が顔を上げ、昴を見れば一瞬唇を噛み躊躇う仕草。それでも意を決したように、大きく息を吸えば話を切り出した。
「私はずっと、父様と会った時にどうするか考えてました。羅刹を作り出し、今も研究をしているのなら……何が何でも止めないとって。でも心のどこかでまだ、信じてる自分がいるんです……。優しかったあの父様がまだいるはずだって!」
その時、風間が真紅の瞳を細め、微かに苛立ったの感じ取った昴。鬼であることを誇っている彼だからこそ、また同じ鬼である鋼道が道理から外れたのが許せないのだ。それがたとえ親であろうと同族であろうと、風間は決して容赦はしない。だから千鶴の言うことは甘えに過ぎず、彼を苛立たせていた。
しかも藤堂もピクリと反応していて、彼の様子を伺うように見た時。
「………………」
昴がそっと風間の手に己の手を重ね、その男の唇が緩く弧を描く。それは藤堂や千鶴からは死角、机の下でのやり取りであり、昴の思いを感じ取った彼の雰囲気が和らぐのを感じた。
「だが忘れるな……雪村。鋼道がやはり改心せず、羅刹を生み出そうとするのなら俺は奴を斬る。それは昴も同じだ」
代わりに千鶴を冷ややかに見やり、最後通告のように言い渡せば彼女が顔を蒼白にする。しかし藤堂も反論せず、やむを得ない時は自分が背負うと決めていたのだろう。だから千鶴も肩を震わせながら頷き、藤堂がその肩に優しく触れると何とか微笑み返していた。
「話は分かった。行くぞ、昴」
そうして風間が立ち上がり、自分たちの分の金を机の上に置く。
「ちょ、もう行くのかよ!?」
それには藤堂も驚き、頼んだものがまだ来てないと言うも昴も苦笑しながら頭を軽く下げた。
「すまない、藤堂さん。あまり長居はできないんだ。それじゃあ、二人とも気を付けて」
「は、はい!昴さんたちも!」
本当に束の間の出来事だったけれど、昴と風間が連れだって座敷から出ると藤堂が呼ぶ。そして昴の前に立ち、声を潜めると質問した。
「お前……今、幸せか?ま、まぁ事情が事情だから……変な質問になるけど」
新選組に居た時の彼女を思えば、いつも何処か自分の"居場所"のようなものを探していて……いつか儚く消えてしまいそうな、そんな気がしてならなかったから。
その質問に昴が微かに目を見開き、けれどフワリと微笑むと頷く。
「ああ、幸せだ……」
あまりにも綺麗な、心からの笑みはとても眩しくて、彼女をこんな笑顔にさせることができるのはきっと、風間千景以外いないのだろうと。
「そっか。なら、いいんだ。じゃ!」
羨ましいもんだと笑みを浮かべ、今度こそ去っていく二人を見送ると千鶴が横に並んだ。
「昴さんと風間さん……二人とも心からお互いを想い合ってる。何も言わなくても、もっと深い所で繋がってる……そんな強い結び付きって、あるんだね」
「ああ………そうだな。だってさ、あの冷酷無慈悲な風間が昴の前ではただの男だもんな!ここに来るまでだって、彼女に色目使ってたやつら相手に殺気飛ばしてたし」
そう言えば藤堂が思いだしたのか、肩を震わせて笑えば桜塚昴はやはり凄いやつで。
「ま、俺たちだって、負けてねぇけどな!」
ニヤリと笑いながら千鶴を見れば、顔を真っ赤にした彼女が小さく頷いたのだった。
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「…………来い、昴」
そしてふと風間が名を呼び、動かない女性を引き寄せると肩を抱く。何故なら、声も出さず、目を反らすこともなく、拳を握り締めた彼女の碧い瞳から涙が伝うのを見たから。
今、昴の心に吹き荒れる感情の嵐を少しでも和らげようと、風間は強く抱き締める。
「近藤さんは……近藤さんはこの戦を甘く見すぎだ……!」
何故、新政府軍よりも先に幕府直轄地である甲府城に入らなかったのか。何故、後手に回るようなことをしたのか。
そう、近藤は幕府から支給された五千両もの軍資金を元にここに来るまでの間、まるで旅行のように豪遊していたのだ。それによる進軍の遅れと、天候悪化による時間の空費。
更に銃を扱えるようにする訓練も己の力を過信してろくに行わず、預かった大砲六門の内四門を移動の邪魔になると置き去りにした。
結果、抑えておくべき拠点である甲府城入りを新政府軍に許し、稚拙な戦いをした為にこうなったのだと。
「人間とは、本当に愚かな生き物だ……。ひとたび幕臣になれば、今度は己の欲に取り憑かれ他を省みることさえなくなる。所詮、権力や地位、金の前では人間などただのクズだ」
そんな人間の為に、涙を流している昴を見れば風間の苛立ちは最大限に達していた。
「………すまない。風間さん」
その昴は涙を拭い、自分の為を思い強く人間を批判した彼の肩に頭を預ける。
確かに、自分がいた世界にもそんな人間はいた。けれど、土方のように己の志を貫き、真っ直ぐと歩み続ける人間もまたいるのだ。
昴が涙を流したのは、ただ近藤の所業が悲しかった訳ではない。そんな彼をもっと高い場所に連れて行きたいと、誰よりも思って動いていた土方を思えばこそ、悔しくてたまらなかったのだ。
それを風間も分かっているから、それ以上は何も言わなかった。代わりに昴のまだ濡れた頬を優しく拭い、落ちくまで待ってくれる。
彼女の視界の隅にはまだ敗走する新選組が映っていたが、そのまま江戸に帰還する彼らを他所に、風間と共にまた移動を始めた。
千姫の動向も警戒しなければならず、また山南の動きも気になるからだ。
そんな中、宿場町へと向かっていた昴たちが藤堂平助らしき人物を見つける。しかも千鶴も同行していることに驚けば、宿を取る前に二人から話を聞くことになった。
「にしても、昴に会うの久し振りだよな!」
「ああ。藤堂さんも元気そうで良かった」
四人はひとまず茶屋に入り、座敷へと案内されるとすぐに藤堂が声を掛ける。既に時間も遅く、羅刹である彼からきつそうな表情はひとまず消えた。
「それに油小路の後からまた姿消しちまうし。まさかコイツと一緒だったなんて驚きだぜ!?何か嫌な事とかされてねぇ?大丈夫か?」
コイツとは正に風間千景であり、その本人は目を閉じたまま五月蝿そうに眉を寄せる。
「この俺が昴の嫌がることなどするわけもない。それよりその五月蝿さをどうにかしろ」
途端に藤堂が噛み付きそうになり、千鶴も押さえてと慌てると昴がクスクスと笑った。
「相変わらずだな、二人とも」
「お、俺らのことはいいんだよ!でもこうして見ると……お前らってほんとお似合いだよなぁ」
昴の横に風間が座り、二人とも洋装の姿だとより引き立てているようで。ここに案内されている時でさえ、人の目を惹いていたのだ。しかも昴を見て騒いでいたのは女性客が多く、風間と並ぶことで美男子が二人いるようだった。
「………そうか?私は藤堂さんと千鶴さんもお似合いだと思う」
そんな昴はやはり気付いてないのか、千鶴たちを見て微笑む。しかし我慢の限界がきたのか風間が目を開け、世間話はそこまでだと言った。
「っと、そうだったな。悪ぃ!実はさ……俺と千鶴は新選組から抜けたんだ」
そして藤堂が詳細を話し出すと、昴が驚いて目を見開く。それをよく土方が許したと聞けば、山南のことを任されたのだと説明し。
「俺も山南さんと一緒に羅刹隊を連れて先に仙台に行ってたんだ。でも仙台城に入ってから山南さんが居なくなることが増え始めてさ。そうこうする内に羅刹の数が増え出したんだ……。さすがにこれじゃまずいと思って、山南さんの目を盗んで一度江戸に戻った」
かと言って山南を野放しにする訳にもいかず、土方は藤堂へ山南の処遇を任せた。今の新選組では、羅刹である藤堂以外に動ける者がいないのだ。
「いずれこうなることは予想できてたし。山南さんだけを追うなら新選組はもう関係ねぇ。だから俺ひとりで山南さんを止めようと思って、出て行こうとしたんだ」
「それで千鶴さんも?」
そこで千鶴が藤堂のことを好いていたことは昴も知っているから、本人へ聞けば頷く。
「はい。もし山南さんが父様とも接触しているのであれば、私にも関係あることです。それに……ずっと一緒にって、約束したから。だから私も連れて行ってくれって、頼んだんです!」
「………やはり、鋼道が絡んでいるか」
そして黙って話を聞いていた風間が呟くと藤堂が小さく吐息。けれど千鶴が顔を上げ、昴を見れば一瞬唇を噛み躊躇う仕草。それでも意を決したように、大きく息を吸えば話を切り出した。
「私はずっと、父様と会った時にどうするか考えてました。羅刹を作り出し、今も研究をしているのなら……何が何でも止めないとって。でも心のどこかでまだ、信じてる自分がいるんです……。優しかったあの父様がまだいるはずだって!」
その時、風間が真紅の瞳を細め、微かに苛立ったの感じ取った昴。鬼であることを誇っている彼だからこそ、また同じ鬼である鋼道が道理から外れたのが許せないのだ。それがたとえ親であろうと同族であろうと、風間は決して容赦はしない。だから千鶴の言うことは甘えに過ぎず、彼を苛立たせていた。
しかも藤堂もピクリと反応していて、彼の様子を伺うように見た時。
「………………」
昴がそっと風間の手に己の手を重ね、その男の唇が緩く弧を描く。それは藤堂や千鶴からは死角、机の下でのやり取りであり、昴の思いを感じ取った彼の雰囲気が和らぐのを感じた。
「だが忘れるな……雪村。鋼道がやはり改心せず、羅刹を生み出そうとするのなら俺は奴を斬る。それは昴も同じだ」
代わりに千鶴を冷ややかに見やり、最後通告のように言い渡せば彼女が顔を蒼白にする。しかし藤堂も反論せず、やむを得ない時は自分が背負うと決めていたのだろう。だから千鶴も肩を震わせながら頷き、藤堂がその肩に優しく触れると何とか微笑み返していた。
「話は分かった。行くぞ、昴」
そうして風間が立ち上がり、自分たちの分の金を机の上に置く。
「ちょ、もう行くのかよ!?」
それには藤堂も驚き、頼んだものがまだ来てないと言うも昴も苦笑しながら頭を軽く下げた。
「すまない、藤堂さん。あまり長居はできないんだ。それじゃあ、二人とも気を付けて」
「は、はい!昴さんたちも!」
本当に束の間の出来事だったけれど、昴と風間が連れだって座敷から出ると藤堂が呼ぶ。そして昴の前に立ち、声を潜めると質問した。
「お前……今、幸せか?ま、まぁ事情が事情だから……変な質問になるけど」
新選組に居た時の彼女を思えば、いつも何処か自分の"居場所"のようなものを探していて……いつか儚く消えてしまいそうな、そんな気がしてならなかったから。
その質問に昴が微かに目を見開き、けれどフワリと微笑むと頷く。
「ああ、幸せだ……」
あまりにも綺麗な、心からの笑みはとても眩しくて、彼女をこんな笑顔にさせることができるのはきっと、風間千景以外いないのだろうと。
「そっか。なら、いいんだ。じゃ!」
羨ましいもんだと笑みを浮かべ、今度こそ去っていく二人を見送ると千鶴が横に並んだ。
「昴さんと風間さん……二人とも心からお互いを想い合ってる。何も言わなくても、もっと深い所で繋がってる……そんな強い結び付きって、あるんだね」
「ああ………そうだな。だってさ、あの冷酷無慈悲な風間が昴の前ではただの男だもんな!ここに来るまでだって、彼女に色目使ってたやつら相手に殺気飛ばしてたし」
そう言えば藤堂が思いだしたのか、肩を震わせて笑えば桜塚昴はやはり凄いやつで。
「ま、俺たちだって、負けてねぇけどな!」
ニヤリと笑いながら千鶴を見れば、顔を真っ赤にした彼女が小さく頷いたのだった。
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