翌朝。

部屋が明るくなり始め、昴がゆっくりと目を開け視界をはっきりさせると、目の前に現れた風間の寝顔。

「!?」

昨夜、抱き締められたまま眠りに落ちたまでは覚えていたが、ずっとしがみついていたとは思いもよらず。しかし風間の腕も昴の肩をしっかりと抱き、ひとつの褥で眠っているのを見れば撃沈した。

「……………」

それでも昴は眠る男の顔を見つめ、頬を染めながらもいまだ胸に宿る熱をひしと感じる。何より、互いに秘めていた想いを確認し、更に強く結ばれたことが嬉しくて。こんなにまでも満たされたのは生まれて始めてだったから。
まだ夢のような感覚のなか、そっと息を吐いた。

「………ん、どうした………?」

そこで風間の瞼が震え、寝起きで掠れた声を出すと昴を更に抱き寄せる。そうしてやっと目を開け、顔を覗き込むようにするとフッと笑みをこぼし。

「まだ時間も早い……。もう少し寝ておけ」

昴の白い頬から首筋へと、優しく手を這わせると温もりを求めるように更に抱き込んだ。

「っ!わ……わかった……」

まだ寒さも厳しい季節であり、ひんやりと冷たい空気の中、寄り添って眠る何と幸せなことか。愛しい男に抱かれ、吐息が触れる距離にまで近付くことができるなど、本当に奇跡としか言いようがない。
そんな幸せを噛み締め、言われた通りに目を閉じれば風間の静かな寝息が聞こえる。よほど安心しているのか、すぐに寝入るのは昴に心を許しているからこそだから。

「ゆっくり休んでくれ……風間さん」

それがただ嬉しくて、起こさないよう小さな声で囁くと、昴もまた眠りに落ちた。

それからまた時間が経ち、客たちの声が廊下に聞こえ始めると目が覚めたのは風間のほう。外気の寒さなど感じることのない温もりは、腕に抱いた昴がいるから。その女性を見つめ、小さく洩らす寝息に笑みを浮かべる。
こうして何度、彼女を腕に抱き眠る夢を見たか知れず、しどけなく眠る昴の額に口付け、涼やかな香りに酔いしれた。
そして昨日の事を思い出せば、拙くも想いを伝えようとする必死な姿は風間でもってしても理性を総動員する他なく。好いた女から求められることがこんなにまでも己を狂わせると、生まれて始めて味わう感覚だった。
けれどそれさえも心地好く、それは昴にしかできないことで。

「この俺をここまで夢中にさせるとは……困った姫だ……」

桜色の小さな唇を優しく撫で、低い声色で囁くと、その姫が目覚める。

「ん…………」

何度か瞬きを繰り返し、そらを思わせる碧い瞳が覗くと風間を見つめ微笑んだ。

「お、はよう……風間さん」

しかもまだ寝惚けているのか、抱き合っているのも忘れている無防備な笑顔は、彼女の心からの笑み。

「おはよう……よく眠れたようだな」

そんな可愛らしい反応に風間も微笑み、下ろされた黒髪を頬から払ってやればどうやら我に返った昴。みるみる内に頬を染め、間近で見る彼の顔を直視できないのか風間の胸に顔を埋めてきた。

「どうした?これくらいで恥ずかしがってどうする。昨夜はあんなにも俺を求めてきたと言うのにな……?」

そこで風間がクスクスと笑い、艶やかな黒髪に指を差し込むと優しく自分の方を向かせる。そして吐息が触れるほどに近付き、しどろもどろになっている昴の唇を優しく食んだ。

「ん────」

短い接吻を終え、緊張で身体を小さく震わせていた彼女の胸元へ指を這わせると触れた朱色の華。己のものだと、所有欲も露につけた"しるし"。だが鬼である身体は、そのしるしでさえすぐに消してしまうだろう。けれど何度でもこの柔らかな肢体に刻み付ければいいと、消える度に消えない刻印を残せばいい。
それは男としての独占欲に近かったが、互いの存在をなくてはならないものと確認しあった今では、片時も離れることなど許しはしないと。

「これからお前が行こうとしている道は、更に厳しいものになるだろう……」

ふと風間がこぼすと昴の表情が凛としたそれに変わり、分かっている……と囁く。
彼女が新選組を追う限り、いまや賊軍となった彼らを待ち受けているのは茨の道しか残されていないのだ。
それでも、昴は決して止まることをしないだろう。それは鋼道を追うことも然り、新選組の行く先に必ず現れるから。

「風間さん………もし、もし私がいなくなった時は────」

だからもしもの時などと、真っ直ぐと見つめて告げるその言葉を風間は視線だけで黙らせる。

「もしもなどない。お前は俺の妻となる女だ。その身に危険が及ぶことあればすぐにでも西国へ連れ帰り、二度と俺から離れられぬようにしてやる」

鋭くも命令するような口調は彼の想いそのもので、焼けるような視線に射抜かれて昴は言葉を失い。それでも風間千景という男の剥き出しの感情に胸が震え、嫌と言うほどに思い知らされる。
『捕らわれる』とは、こうゆうことなのだと。それは池田屋で逢ったあの時に、既に始まっていたから。
怒りにも似た熱を孕んだ真紅の瞳に見惚れ、今度は昴が手を伸ばす番。

「済まない……。あなたから離れるなど……考えられないのは私も同じ。それにあなたが私を妻と言うのなら、あなたは私の夫。違うか……?」

一瞬の躊躇いのあと、風間の頬に手を添えると再び男が顔を寄せる。鼻先が擦れ、けれど反らすことなく彼を見れば、形の良い唇がゆっくりと弧を描き。

「そうだ。俺の心を捕らえて離さぬ女は、これまでもこれからも、ただひとり……お前だけだ」

ひとつの褥の中で交わす約束は、秘めやかにも濃密で。このひとときを愛しむように二人、温もりをひしと感じあった…………。



厳しい寒さも少しずつ和らぎ始めた二月末のこと。
新選組は幕府から幕臣として取り上げられ、近藤勇は晴れて大名となった。それと同時に新たな名を拝命し、甲州の鎮撫を命ぜられたことにより甲府城へ向かうことになる。
それに続き新選組の名が知れ渡っているため名を甲陽鎮撫隊と変え、姿も和装から一新、洋装へと変わった。

「新選組は近藤さんが前線に復帰したようで、今回の遠征での指揮を取るらしい」

その情報を集めたのは昴であり、江戸に戻った彼女は一般市民を装い片っ端から話を聞いていたからで。何故なら、いつも薩摩を通じて動向を探ってくれている風間たちの手を煩わせるのが嫌だった為。だが最初は単独での行動を風間が猛反対し、ひとりでも大丈夫だと昴が説得した結果相手が折れたのだ。
けれど自分の身を案じてくれる彼の気持ちが何よりも嬉しくて、屋敷に帰る途中で風間の好きそうなものを買えば、そっと差し出した。

「それと風間さん、良かったらこれを……」

この時代であれば土産と言っても昴がいた現代のようにはいかず、やはり食べ物になってしまうのは忍びなく。包まれていた落雁など色鮮やかな茶菓子を風間が見れば、少し目を見開いて言葉を失う。

「甘いものが苦手かと思って……店の主人に聞いて選んだんだ。でも茶菓子しか思い浮かばなくて……嫌いだったなら、侍女の皆にでもあげて構わないから」

無理を聞いてくれて有り難うと、頭を下げると部屋から出て行こうとする。何故なら生まれてこのかた男性に贈り物さえしたことがなく、反応のない彼を見てやはり失敗だっと思えば早く消えたくて。
襖を開け、廊下に出ようとすると風間が声を掛けてくる。

「どこに行く?昴」

「?……自分の部屋だが……」

しかし風間は戻って来いと、目で合図をすると今度は横に座れと言い。不安そうに瞳を揺らしながら戻ってきた昴が横に座ると、男は柔らかな頬を指先で撫でる。

「確かに……自ら好んで食べるわけでもないが。茶菓子は嫌いではない。ましてやお前が俺のために選んでくれたのだろう?他の者にくれてやる必要などない」

「っ、本当か?……良かった!」

途端に昴が花開くように微笑み、嬉しそうにする姿を見た風間が目を細める。

「口を開けろ」

そしておもむろに落雁を摘まみ、きょとんとしながらも昴が口を開けると食べさせた。

「────!?」

「美味いか?」

「ああ……じゃなくて、それは風間さんのだ!」

突然の事で、思わず食べてしまったと慌てながらも軽く睨み付けると風間が楽しそうに笑い。

「お前と一緒に食べるのも悪くない。ほら、もう一度口を開けてみろ」

次はこれだと手に取る彼は上機嫌で。

「駄目だ。あなたが食べないと意味がない」

男の手を掴み、押し返そうとするとじっと見つめてきた。

「………風間さん?」

すると動きが止まったのに気付き、昴が瞬きすれば次の瞬間にはニヤリと笑う男。

「では……食べさせてもらおうか」

そう言って彼女の手のひらに乗せると、みるみる内に頬が染まる。それでも昴はそっと摘まみ、風間を見つめると意を決して口許へと持っていき。

「どうぞ」

彼の形の良い唇が開けば、落雁を食べさせた。
そして沈黙が落ち、ゆっくりと味わうようにして風間が食べるのを見守る。互いに食べさせあうなど、それだけでも昴の心臓は止まりそうなのに。目の前の男はフッと微笑みを浮かべると、

「ちょうど良い甘さだな。美味いぞ」

とどめとばかりに甘く囁いた。


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