「っ………」

まるで映画のワンシーンのように、血を流しながら息絶えたのは浪人のひとりで。血に飢えたような赤い瞳が嗤い、ニヤリと口の端を持ち上げたのは羽織を来た男。

「野郎……っ、何しやがる!!?」

残る二人が抜刀し、掠れたような声を出すが恐怖で震えるそれ。目の前であっけなくも死に絶えた男が地面にくずおれ、白く光りを反射した刀から滴り落ちたのは血。ビリビリと伝わる殺気と、蒸せ返るような血の匂いが辺りに充満すればそこはもう修羅場としか言い様がなく。二人の浪人が戦いを挑んだけれど、一瞬にして返り討ちに合った。

「ク……ククッ……!アヒャヒャヒャヒャぁ!」

が、そこで修羅場は終わることはなく。息絶えた死体を更に痛めつけ、斬りつけては狂ったように笑う男たち。羽織は帰り血で真っ赤に染まり、刀を振り上げては叩き付けるように肉を断つ。まさに『地獄』を見ているような、そんな残忍な光景に言葉も出ず、けれど怒りに震える唇から洩れた囁き。

「いい加減に……しろ……」

今目の前にいるのは最早"人間"ではなく。持っていた袋の紐を解き、取り出した二刀を腰に差すと羽織の男たちがゆっくりとこちらを見た。

「それ以上の冒涜ぼうとくは、許さない」

突き刺さるような殺気さえものともせず、標的が自分に定まると刀の柄に手を掛ける。時折吹く風が布を揺らし、目深に被ったそこから見えた碧い瞳が月光で煌めいた。

刹那、

「う、がぁぁぁ!」

地を蹴るようにして羽織の男三人が、一斉に飛び掛かってくる。が、突然彼らの視界を布が覆い、怯んだ瞬間にひとりの身体へ鈍い衝撃が疾った。

「……っ、あ、ガ……っ」

それは己の胸の中心に深々と突き刺さった刀によるものだと、認識した時には遅く。その一瞬で一人目が絶命すると、残る二人が間合いをとる。そして改めて目の前に立つ者を見れば、濡れたような艶やかな黒髪を靡かせた碧い瞳を持つ男。いや、男のように見えるのは中性的な面のせいか。男とも女ともつかないその容姿は人間離れしていて、静かに佇む姿を月が浮かび上がらせた。
しかし羽織の男たちは既に理性すらなく、再び刀を構えると容赦なく襲いかかる。二対一と戦況はどうみても不利だったがそれさえ凌駕する速さで斬擊をかわし、刃を弾き返すともうひとりを相手に目にも止まらぬ速さで刀を振り抜いた。

「あぐ………っ!」

その刃は首筋を捕らえ、血飛沫を上げるもそれを避けるようにして態勢を整えたが背後に感じた殺気。

「っ………!」

既に人ではない彼らの速さは尋常ではなく、一瞬の隙を狙うかの如く白銀の刃を振り下ろした、その時。

「ぎゃあああ………!」

突然悲鳴のような声を上げながら、目の前で倒れる。と同時に見えた新たな影に、まだ終わらないのかと、刀を静かに構えれば聞こえてきた声。

「いやぁこの人たち相手に掠り傷ひとつないなんて、凄いですねぇ!」

クスクスと笑いながら、前に出たのは短髪の男。

「………………」

やっとまともな人間が現れたのか、だが警戒を解くことなく見つめると横に並んだのは長髪の男。首元に白い布を巻き付け、左利きなのか刀を右に差す姿。ただ無言で見つめるその目の鋭さに、けれど真っ直ぐと向き合えば微かに目を見開く相手。

「見たこともねぇ格好してるそこのお前……、何者だ?」

そこでもうひとりの声が聞こえ、ゆらりと姿が見えると鮮やかに照らし出された三人。
襲ってきたあの男たちと同じ浅葱色の羽織と、額に巻かれた鉢金。
ハッと息を飲み、今目の前に立つ彼等があの歴史に名を残した集団と知れば。

「下手な動きはするな。すれば、容赦なく斬る」

スラリと抜き放った刃をひたと向け、凍てついた声で現実に引き戻された。

「ねぇ、僕すごく気になるんだけどさ。それどこの流派?あまり見かけないし……あ、言葉通じてる?」

「おい、横槍いれるんじゃねぇよ」

途端に短髪の男が興味津々の顔で話し掛けるも、自分の姿を見て確認してくる。その横では刀を向けた男がため息を吐き、どうでもいいとばかりに遮った。

「副長、この者たちをどうしますか?」

それよりも先にと、白い布を巻いた男が問い掛けると面倒くさそうな表情を浮かべる副長と呼ばれた男。

「羽織は脱がせておけ。死体はそのままにしておいても構わねぇだろ。このご時世、野盗か浪人に襲われたで誰も見向きやしねぇ」

「御意」

言われた通りに浅葱色の羽織を脱がせ、回収する姿を見ていると再び声がかかる。

「おい、おまえの疑いはまだ晴れちゃいねぇんだが?」

白い布を巻いた男と同じように髪は長く、項で結んだその男の威圧感は比でもなくて。どう考えても逃がす気などないようで、突き付けられた刀を瞳に映す。その碧い目が、副長なる男を捉えると唇を開き。

「信じてもらえないでしょうが……私も何故ここにいるのか分かっていません」

静かに答えると驚きで目を見開く三人。

「日本語……話してますよ、土方さん」

「………聞きゃ分かる。それよりいちいち呼ぶんじゃねぇよ!」

やはりこの男があの土方歳三なのだと、理解したがどうにかなるはずもない。

「突然気を失って……気付けばこの近くの森で倒れてたんです」

自分にできることなど限られているから、正直に話したが案の定信じてもらえるわけがなかった。

「それこそ怪しいと思うんだけどさ?自分の立場を危うくしてるだけだよね」

だから短髪の男が肩を竦め、鋭い視線を向けると白い布を巻いた男が口を挟む。

「その見たことのない格好からして信憑性はありますが……。ただそれだけのこと。一度連れ帰り、吟味してはどうでしょう?」

「それにあいつらと実際に戦ってたし……。このまま逃がすなんて出来ない話ですよ?」

続けて短髪の男も頷き、土方がまた難しそうな表情を浮かべるとため息と共に声を張り上げる。

「それともうひとり、隠れて・・・ねぇで出てこい!」

すると狭い路地からガタンと音がし、浪人に追われていた少年が姿を表すと顔を真っ青にしていて。最初から最後まで見ていたのだろう、ガタガタと震える様にけれど無事な姿を見て安堵した。

「お前はそこで安心してんじゃねぇよ」

「…………っ」

そんな心情さえお見通しなのか、土方が呆れた顔をするも微苦笑してしまう。

「すみません……。もともとその子を助けようと思って、追いかけたらこうなったので」

だから不可抗力だったと言えば、苦虫を噛み潰したような顔の土方。

「副長、速やかに移動したほうがいいかと」

「じゃ、この子も見ちゃってると思うから連れて行くよ。ほら、固まってないで、行くよ!」

そこでも白い布を巻いた男が淡々と告げ、震える少年を短髪の男が捕まえると歩き出す。

「そうだな。こいつら二人のことは明日どうするか決める」

そして土方がこちらを見据えると、また凍てついた瞳を寄越し。

「ま、期待はするだけ無駄だと思っとけ」

それだけを冷ややかに告げると、さっさと歩けと命令したのだった……。


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