─────。

大阪城を後にした昴が何かに気付き、路地を曲がれば見えた影に反射的に駆け寄る。

「風間さん………!」

そこには怪我すらなく佇む男、風間千景が何故か不機嫌な表情で立っていて。

「………遅い」

「あ………す、すまな────!?」

そして思わぬ言葉に目を伏せた昴を抱き寄せたのはその時。
突然のことに頬が染まるのを止められず、俯けば風間の鼓動が耳に聞こえて更に気付いたこと。
西国の頭領であり、鬼のなかでも際立った強さを誇る彼を昴は信じている。それでも大切な人だからこそ、合流するまで気が気でなかったのだ。だからこうして無事な姿を確認し、思いの外安堵している自分に気付けばそっと男の背に腕を回した。
その動きに風間が低く笑い、耳許にそっと唇を寄せる。

「どうした……?そんなに俺が恋しかったのか?」

「っ……!私はっ、ただ……あなたが心配で……」

突然、甘やかな囁きが落ち、反応に困ればクスクスと笑う男。

「この俺がまがい者ごとき、傷ひとつ負わされることなどない。だがあの男……そのまがい者を寄越すだけ寄越した挙げ句、姿を消した。今天霧が探っている」

「そうだったのか……」

「それより……お前の方は話はついたのか?」

昴の艶やかな黒髪に指先に絡ませ、問い掛けるとその本人が離れて解ける。

「ああ。できるだけ詳しく話したつもりだ。やはり半信半疑だったが……羅刹のことも、鋼道さんのことも伝えた。あとは新選組の皆と千鶴さん次第だ」

「………あいつらもそこまで馬鹿ではないだろう。わざわざお前を行かせた意味を理解しているはずだ。好きにさせておけ」

そんな男を見つめ、微笑んだ昴が頷くと二人は移動を始める。仮にもここは旧幕府軍が集まる場所であり、今の戦況がどうなっているのか情報を集める必要があった。

しかし、その後も旧幕府軍は淀の戦いでも敗れることになる。そうして京にある石清水八幡宮が鎮座する男山の東西に分かれ旧幕府軍は布陣。その西側を本陣とし、土方が指揮する新選組もそこにいると天霧より一報を受けた。
昴と風間も移動しながらのことではあったが現地へと向かい、到着すると陣営の近くで様子を伺う。ここにきて鋼道の情報は途絶えている状態で、どこに現れるかも分からないのだ。
だがそうこうするうちに闘いの火蓋がきられ、土方率いる新選組が移動を開始する。山道を抜け、敵陣へと疾走する途中彼らが何者かの襲撃を受けたのはその時。新政府軍かと思いきや、白い髪と赤い目をした兵たちを引き連れて姿を現した鋼道。昴が教えてくれた通りに昼間でも動ける羅刹を作ったのか、血に飢えた狂戦士のようにその目をぎらつかせていた。

「やあ……久しぶりだね、千鶴。元気そうで何よりだ」

その羅刹たちを従えた鋼道がにこやかに挨拶すると、何とも場違いなその仕草に誰もが半ば呆れる。千鶴本人も表情を強ばらせ、言葉に詰まると困った娘だと苦笑する鋼道。
羅刹を連れている時点で何をしにきたか分かり、原田たちが千鶴を守るようにして立った。しかし鋼道は何かを探しているのか、素早く視線を走らせると首を捻る。

「おや、おかしいな……。新選組に会えば、"彼女"もいると思ったのだが………」

それは間違いなく昴のことであり、土方が真顔で誰だと質問した。

「あなたも分かっていてそのような事を聞くのですか?それは勿論、桜塚昴様ですよ。あの方はどうやら我らのような鬼とは違うようでして……羅刹を完全なる者にするにあたり必要な方なのです」

「完全なる者だと……?そりゃどうゆうことだ」

最早目の前の男は正気の沙汰ではなく、面白可笑しく羅刹の説明を始めると千鶴の唇が震えだし。

「こうして日中でも動けるまでにはこぎつけたんですが……やはり限界がある。これで血に狂うこともなく、私の言う事を完璧に遂行する真の羅刹となった時、完全なる者として完成するのです!そうなればこの国を支配するのは簡単。諸外国にさえも負けぬ国となる!!」

「あいつ……本気で言ってんのかよ……!」

それを聞いた永倉が吐き捨てるように言い、斎藤が静かに首を振る。

「そんな国になどさせるわけがない」

「俺も同感だ。あんな血も涙もねぇ奴らに、この国渡してたまるかよ」

そして原田は槍を構え、土方が千鶴を呼ぶと覚悟はできたかと聞く。

「お前……昴から鋼道のことを聞いただろ?あいつはもうお前の親父さんなんかじゃねぇ。父親の面した『羅刹』だ!」

「────っ」

すると歯を食い縛り、地面を睨むようにして見た千鶴。
分かっていた。それは昴から聞いた時に、分かっていたのだ。けれど心のどこかでまだ鋼道を信じていた自分がいて、また昔のように戻れると……その願いを捨てきれなかった。
だが目の前で嬉々として語る男はもう、土方の言うとおり父親ではない。

「昴様がいないのであれば……千鶴、お前でもいいのだよ?お前は雪村の名を継ぐ純血の鬼だ。この私よりも遥かに強い。さあ……この父のために、力を貸してくれるな?」

「父、様………っ」

こちらを見つめる眼差しは確かに父だったけれど、やはり違う。拳を握り締め、キッと睨み付けると鋼道の顔が歪んだ。

「千鶴……まさか父の言う事を聞けぬと言うのか?」

今や千鶴を見る顔は父親の面影すらなく、別人となり果てている。そして後ろに控えていた羅刹たちに合図すると、森の中からも現れた彼らに囲まれた。

「おいおい……まだ隠し持ってたのかよ!」

「新八、そんな事言ってる場合かって!」

こうなると突破する以外に逃げる方法はなく、原田が舌打ちすると斎藤が前に出る。

「俺が引き付ける。その間に雪村を連れて土方さんたちと行け」

「駄目だ、斎藤。てめぇだけ残るのは俺が許さねぇ」

だが土方が一喝し、じりじりと包囲網を縮めてくる羅刹を睨み付けて刀を抜いた。

「くくっ!!なんと愚かな!羅刹相手に人間が敵うはずもない!!それを身をもって証明するつもりですか!」

「うるせぇよ……。今さら羅刹だろうが何だろうが、斬ることに変わりねぇ……。ただ数が多いだけだろうが」

その姿に鋼道が笑い、土方がきっぱりと言えば新選組の隊士たちも一斉に構え。

「少しでもいい。隙が見えたら突破口を開け。退却するぞ」

「そうでなくちゃな!」

しかし諦めてない土方に原田が笑みを浮かべ、一瞬の静寂が辺りを包んだ。

瞬間。

「ご託はそこまでだ………鋼道」

羅刹の向こうに誰かが現れ、誰もが息を飲む。

「おや、風間様と……おお!待っておりましたよ!」

途端に鋼道が喜び、土方がため息を吐けば思い浮かぶは二人の人物。

「彼らを殺させはしない……」

涼やかな声と、凛とした姿は昴。その橫には風間千景が立ち、土方らを見れば薄く笑った。

「ここまでお越し頂けるとは……さあ、私と共に来て下さいますな?そうすれば、彼らを解放いたしますぞ」

しかも姑息にも鋼道が交換条件を突き付け、ニヤリと笑う。

「貴様に昴をくれてやる気などないと……何度も言わせるな」

だが風間があっさりと答え、笑みから一転殺気をほど疾らせると、声も高らかに命令した。

「ならば今度こそ力ずくで奪うまで!お前たち、新選組もろともやってしまいなさい!」

同時に羅刹が一斉に襲い掛かり、原田が槍を振るうと忌々しげに呟く。

「風間の奴……覚えとけよ!」

そこで一陣の風が吹き荒れ、土方たちの間を薙いでゆけば昴の声が響いた。

「玄武の名に於いて命ずる。出でよ……前鬼、後鬼!」


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